株式会社常盤堂雷おこし本舗

約230年の歴史を持つ、株式会社常盤堂雷おこし本舗。東京・浅草の銘菓「雷おこし」を製造・販売し、長く人々に親しまれてきた老舗である。

同社の代表取締役社長である穂刈久米一氏は1996年の社長就任以来、バブル崩壊やコロナ禍といった幾多の危機を乗り越えてきた。特に景気後退時の苦境で穂刈氏が下した決断が、浅草という地域に密着したブランド価値の向上と事業の「コンパクト化」である。

この他、インバウンド需要に対する冷静な視点や老舗経営者に求められる覚悟などを、穂刈氏に聞いた。

穂刈久米一(ほかり くめかず)──代表取締役社長
1960年、東京都生まれ。1983年、学習院大学卒業、常盤堂雷おこし食品(埼玉県内の製造部門)入社。1984年、株式会社常盤堂雷おこし本舗入社。1988年に代表取締役副社長、1996年に代表取締役社長就任。
株式会社常盤堂雷おこし本舗
江戸時代後期、1795年ごろに創業。1950年、設立。菓子を製造・販売。浅草寺参拝土産として、古くから浅草の地で親しまれる。名実ともに「原料から販売まで」を一貫して行う他、浅草直営店舗を主体に展開している。
企業サイト:https://tokiwado.tokyo/

目次

  1. 社長就任で再構築した「浅草土産」としての価値
  2. コロナ禍の苦境によって得た、より強固な体質
  3. 穂刈社長が考えるインバウンド依存のリスク
  4. 必ずタスキをつなぐのが老舗経営者の使命
  5. 雷おこしの次なる可能性を見据える

社長就任で再構築した「浅草土産」としての価値

── 雷おこしの事業とともに、その中で穂刈社長がどのように経営をしてきたかも教えてください。

穂刈氏(以下、敬称略) 弊社、常盤堂雷おこし本舗は創業が1795年で、今から約230年前です。現在の雷門は四代目ですが、三代目の雷門が建立された際に、「雷おこしを買うと家も興して名も興せる」という縁起菓子として、誕生しました。

ただ、ずっと穂刈家が経営してきたわけではなく、さまざまな方が経営に携わっています。戦後、東京大空襲で浅草が焼失した後、私の祖父が雷おこしの原料を卸していたご縁で、当時の常盤堂雷おこし本舗を継承することになったのです。

当初は浅草だけで商売をしておりましたが、先代の父の代で大きく事業を伸ばしました。百貨店への進出や地方の営業所開設など、高度成長期には商売を多角化しました。

そして私が社長に就任したのは1996年、平成8年のことです。ちょうどバブルが弾けた後の厳しい時期で、父が病に倒れたことも重なり、会社を小さくする仕事から私の社長業は始まりました。

高度成長期が終わった時代には当時の事業展開は合わないと感じ、まず会社をコンパクトにすることに注力したわけです。

私は、東京土産、特に浅草寺参拝土産としての雷おこしは、浅草以外で売るとその価値が薄れると考えました。たとえば、東京駅で大阪へ行く方がお土産として雷おこしを買った際に、大阪にも雷おこしがあったら土産としての価値が薄れてしまいます。

そのため、商売を浅草中心、東京中心にしました。会社をコンパクト化したことが、私の社長業の始まりであり、29年間の社長業のスタートでした。

── 事業を縮小することによって、逆にブランド価値を高めていったという戦略が背景にあったのですね。

穂刈 そうですね。雷おこしのブランド、そして浅草に密着しているということを非常に大切にしてきました。他の観光土産品のお菓子屋さんも多くありますが、東京土産として常盤堂雷おこし本舗、浅草の雷おこしと認識されることを目指しています。

他の空港や駅で売られている東京土産よりも、より地元に密着したブランドであると自負しています。

コロナ禍の苦境によって得た、より強固な体質

── コロナ禍においては観光業に大きな影響があったかと思いますが、どのような状況でしたか?

穂刈 コロナ禍は、まさに壊滅的な状況でした。売り上げはコロナ前の3割まで落ち込みました。浅草の直営店、羽田空港、東京駅も、すべてが非常に厳しい状態に。借り入れもしたため、さらにコンパクト化を進める必要がありました。

特に、浅草の雷門本店と浅草寺の真裏にある「雷5656(ごろごろ)会館」という直営店は大きな打撃を受けました。雷5656会館は、1階がバス駐車場、3階・4階が飲食スペース、2階が雷おこしの売店という複合施設です。

しかし、コロナ禍で団体客の受け入れや大勢で食事をすることが難しくなり、飲食業からの撤退を余儀なくされました。

これはコロナ禍で学んだことの一つなのですが、雷5656会館はある意味で東京型ドライブインのようなもので、大勢で食事をするスタイルは現代に合わなくなりました。修学旅行の食事のスタイルなどが変化しているからです。

そこで、飲食スペースをなくし、その場所に雷おこしを製造する様子をガラス越しに見せる「浅草工房」にしました。これにより、本業である菓子製造販売業に徹することができ、コロナ前よりもさらにコンパクトな組織になったと感じています。

── 外部環境の変化に対応し、事業を再構築したのですね。その変化に対応できたことで、より筋肉質な会社になったのではないでしょうか?

穂刈 そうですね。コロナ禍は大変でしたが、もしコロナがなかったら、時代に合わない飲食業を継続していたかもしれません。ポジティブに考えれば、コロナのおかげで、より骨太な会社づくりができたといえます。

特に、飲食店が最も苦労している人材確保という点でも、菓子製造販売に徹したことでより効率的に人を配置し、収益を上げています。

穂刈社長が考えるインバウンド依存のリスク

── 政府は2030年までにインバウンド客数を6000万人まで伸ばす計画です。こうしたインバウンド需要の増加について、どのような効果を実感していますか?

穂刈 浅草は外国人観光客が多いといわれますが、弊社の顧客におけるインバウンドの割合はまだ15%程度です。東南アジアのお客様は雷おこしを好んでくださり、ヒジャブを着用されているイスラム圏の方々にもよくご購入いただいています。ただ、欧米のお客様はまだ少ないのが現状です。

短期的にはインバウンド対策を進めますが、長期的にインバウンド需要がずっと伸び続けるかについては、疑問も感じています。

浅草という街が今後どのようにお客様から親しまれる街になるかというと、長期的には高齢者対策が重要だと考えています。高齢化社会においては、高齢者が豊かに暮らせる街づくりが不可欠です。高齢者は元気で、ある程度、経済力もあるため、そういった層をターゲットにした街づくりこそが重要になりそうです。

インバウンドは、非常に不安定な要素も孕んでいます。たとえば、中国からの観光客が減少しただけで、多くの店舗が苦境に立たされています。そのため、インバウンドに短期的には対応しつつも、長期的にはインバウンドに頼らない商売をする方針です。

── インバウンドをプラスアルファとしてとらえ、国内のニーズに合わせた事業展開を重視されるということですね。

穂刈 その考え方です。インバウンド対策は行っていますが、たとえば語学堪能な人力車の方とタイアップするなど、あくまで短期的な施策として捉えています。これを会社の長期的な戦略とするのは危険性を伴うと考えています。

必ずタスキをつなぐのが老舗経営者の使命

── 創業から長い歴史を持つ老舗ですが、その中で常に成長を遂げられた秘訣や具体的なエピソードについて教えてください。

穂刈 まず、今の時代に合った経営をすることが、最も重要です。私が社長に就任したのは36歳と若かったことも、今の時代に合う会社づくりができたことにつながっていると思います。

老舗の場合、先代が健在で、後継者が社長になったとしても先代の考え方と新しい時代との間にギャップが生じることがあります。たとえば、地方営業所の閉鎖や工場の集約といった決断をする際に、先代から「私が銀行から借り入れまでしてつくったものだから閉めるな」といわれ、経営が立ち行かなくなる老舗を見てきました。

私は、先代を早くに失い社長に就任したので、助言を受けられない代わりにそのような制約がなく、今の時代に合った会社づくりができました。たとえば包装紙のデザインも、先代は雷門の柄ではない新しいデザインに反対しましたが、私は墓前で父に許しを請い、デザインを変更しています。

230年前の人と今の人とでは、食べるものも違います。時代に合った雷おこしをつくらなければなりません。老舗は常に変化し続けなければ、長く継続することはできません。今の時代に合う商品、今のニーズに合う商品をつくることが重要です。

私自身も66歳になり、あと2年で社長を引退するつもりです。私の息子が専務として会社を支えていますので、彼がまた新しい時代に合った雷おこしをつくってくれると信じています。

── 変化し続けること、そして次世代への円滑なバトンタッチが重要ということですね。

穂刈 はい。私はこの会社を自分で起こしたわけではありません。ご先祖様の会社だと思っています。だからこそ、絶対に会社を潰してはならないという使命感があります。会社の状況に応じて、規模を広げるときもあれば、縮めるときもある。景気情勢に合わせて、会社を絶対に倒さないことが、ご先祖様から受け継いだ者の任務だと考えています。

老舗の社長は、駅伝のランナーのようなものです。調子が良いときは早く走り、調子が悪いときはゆっくり走ることもありますが、絶対にタスキを次のランナーに渡さなければなりません。あと2年で、そのタスキを息子に渡そうと思っています。

雷おこしの次なる可能性を見据える

── 経営判断をする上で、社長が重要視されているポイントは何でしょうか。

穂刈 やはり「現場主義」です。私は社長室の椅子に座っているような社長ではなく、必ず土日は雷門本店に立ち、実演販売をしています。お客様と直接対話することで、ニーズや浅草、雷おこしに対する思いをうかがい、それを商品づくりに生かしています。

週の半ばは工場に行き、週末はお店に立つ。常に現場に身を置き、お客様のニーズや価値観を肌で感じ、それを商品化し、経営に生かすことが私の主義です。

── 今後の事業展開や、事業投資について、どのような戦略を考えていますか?

穂刈 他のマーケットに進出するというよりは、良いものをつくるための製造現場への投資を重視しています。より良い商品をつくるための設備投資は、積極的に行いたいと考えています。

── ものづくり企業である常盤堂にとって、強みは何でしょうか?

穂刈 弊社の強みは、お客様のニーズから逆算した商品開発です。

雷おこしは、お米を焙煎して膨張させ、水飴でつなぎ、ピーナッツや青のり、キャラメルなどを加えます。このお米を焙煎して膨張させる技術は、チョコレートのセンター(粒状のチョコレート菓子で、チョコレートの外殻に包まれたキャラメルやクリームなどの核の部分)やクランキーチョコのようなパフにも応用できます。

今後、雷おこしの原料である「おこしのパフ」は、スープの浮き身などさまざまな用途で活用できる可能性があると考えています。

── まさに、技術力を生かしつつお客様のニーズに応える姿勢が、強みとなっているのですね。

穂刈 見た目は「イケイケドンドン」に見えるかもしれませんが、会社を継いだ時の状況が厳しかったため、経営は非常に慎重です。石橋を叩いても渡らないような、堅実な経営を心がけています。

氏名
穂刈久米一(ほかり くめかず)
社名
株式会社常盤堂雷おこし本舗
役職
代表取締役社長

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