この記事は2026年9月7日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):日銀の利上げペースの拙速な加速」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. シンカー
    1. 米国:雇用は堅調も利上げを急ぐ根拠には乏しい
  2. 日銀の利上げペースの拙速な加速
  3. Key calls(政策)政府と日銀の連携で強い経済成長と安定的な物価上昇の両立を目指す(9月3日)
    1. 金融政策:強い経済成長と安定的な物価上昇の両立のデュアル・マンデート
    2. 財政政策:戦略投資拡大と高圧経済の方針の下で積極財政を推進して内需拡大に注力
  4. 長期金利が30年ぶりに3% アメリカが日銀の利上げに期待?(9月4日)
    1. 高市政権の積極財政による財政悪化懸念で長期金利を押し上げていることについてはどうご覧になっていますか?
    2. 日銀の利上げペースが加速するかもしれないことについてはどうみていますか?
    3. ベッセント財務長官が日銀に対して、対応を求めたことについてはどうご覧になっていますか?
    4. 日銀の独立性とは日本政府からだけ独立するという意味ではないのでしょうか?

シンカー

米国:雇用は堅調も利上げを急ぐ根拠には乏しい

8月の米国雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比16.2万人増と3月以来最大の伸びとなり、6月・7月分も合計5.5万人上方修正された。失業率は4.1%と前月から横ばいだった。ここ数ヵ月の雇用回復は設備投資を中心とした堅調な内需を反映しているとみられ、およそ2年間低迷していた製造業も3ヵ月連続で雇用が増加するなど、足元では持ち直しの動きがみられる。もっとも、FRBのウォーシュ議長はジャクソンホール会議での発言も含め、インフレ率の水準そのものよりも「2階微分」(モメンタム)を重視する姿勢を示してきた。前月比でみた消費者物価のモメンタムは鈍化基調にあり、中長期のインフレ期待も安定している。さらに、堅調な雇用環境や賃金上昇がインフレに波及するリスクを否定していることも踏まえれば、少なくとも9月のFOMCで利上げを決断する根拠は乏しいだろう。

失業率が低水準で推移している背景としては、移民の減少や高齢化に伴う労働供給の縮小、企業が解雇に消極的であることなどがしばしば指摘される。これに加え、国民所得に占める雇用者報酬の割合、すなわち労働分配率の低下も一因として考えられる。その裏側では企業部門の所得シェアが拡大しており、利益率の上昇や株価の上昇となって表れているとみられる。こうした労働分配率の低下と並行して、ストックである家計純資産をめぐる上位10%とそれ以外の層との格差も拡大している。背景には、中間層への所得分配比率の低下に加え、上位層が多く保有する株式の価値上昇や、中間層の資産の多くを占める住宅の価格上昇率の鈍化などがあるとみられる。

フローの指標である労働分配率の低下と、ストックの指標である家計純資産における中間層以下への恩恵の縮小は、いずれも消費の基調的な伸びに下押し圧力をかける。消費トレンドの鈍化は経済成長率を抑制し、結果としてインフレ率、ひいては政策金利にも影響を及ぼす。両指標が低水準で推移し家計の消費余力の弱さを示唆しているのであれば、政策金利にはそれに応じた引き下げ余地があることになり、この意味で両指標は大まかながら中立金利の代理指標として捉えることができる。実際、両指標にPCEデフレーターの前年比上昇率と2%のインフレ目標との差(「インフレギャップ」)を加えてFF金利を推計すると、家計消費に重きを置いた「中立金利」は金融危機後の長期停滞期の水準を上回る一方、1990~2000年代の水準は依然として下回っていることが示される。

雇用の伸びの鈍さを補うほど賃金が上昇して雇用者報酬全体が力強く増加するか、政府による家計支援策が打ち出されない限り、家計消費の伸びは低調な状態が続く可能性が高い。家計消費の伸びが鈍い状況ではインフレ圧力も高まりにくく、現行のFF金利は家計消費の観点からみれば依然として「引き締め的」な水準にあることが示唆される。(松本賢)

日銀の利上げペースの拙速な加速

  • 秋の臨時国会の序盤では、食料品の消費税率引き下げの法案が審議される。これまでは9月中旬の召集となるとみられていた。この法案の審議から年末の政府予算案の決定まで、日銀の利上げが影響を与えてはならない政治的に極めて慎重を要する期間となり、日銀の利上げの窓は閉じていた。しかし、秋の臨時国会の召集が10月上旬まで延期されそうだ。結果として、9月の日銀の利上げの窓が開いたことになる。日銀の次の利上げの予想を、来年1月からこの9月に前倒す。来年1月までは四半期程度に一度の利上げとなり、その後、半年程度に一回のペースに戻るだろう。利上げペースの拙速な加速は、経済成長率の下押しとなるだろう。高市政権の日本経済再生を経て、2029年までに、政策金利は2.5%のターミナルに達する予想に変更はない。利上げペースの拙速な加速は、経済成長率の下押しとなるだろう。

  • 政府は、日本成長戦略において、「需給ギャップは0%近傍となったが、景気は十分に強くなく、地方や中小企業まで景気回復の実感はまだ広がっていない。成長の果実が一部の高所得層や大企業、都市部に偏ることなく、中低所得者、中小企業、地方にまで広く行き渡るよう、国内投資を全国に拡げ、地域の産業・雇用・所得を底上げしなければならない。」とした。4-6月期に+0.7%となった需給ギャップを、官民連携の戦略投資と産業政策による投資需要の拡大で更に押し上げ、景気回復の果実を国民に届けようとしている。需給ギャップ0%は過去の弱いトレンドに追い付いただけで、景気回復は十分ではなく、需給ギャップ0%を基準とする過度な緊縮志向を断ち切ろうとしている。

  • バラマキではなく、投資需要の拡大による需給ギャップの押し上げは、将来の供給能力を拡大するため、高市政権で初の骨太の方針で示された「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく。」ことの実現につながる。日銀に対しては、「「経済財政運営は「強い経済」の実現を目指しており、そのためにも「安定的な物価上昇」の実現に資する適切な金融政策運営を伴うことが非常に重要である。日本銀行法第4条及び政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携することを期待する。 」とし、「「強い経済成長と安定的な物価上昇の両立」のデュアル・マンデートを求めている。

  • 日銀の展望レポートの見通しは、2%程度の物価上昇率の安定の下、実質GDP成長率が0%台後半で弱い。この状況で9月に利上げに踏み切り、ペースを半年程度に一回から四半期程度に一回に拙速に加速させれば、実質GDP成長率は目先0%台半ばの潜在成長率なみに抑制されてしまうリスクとなるだろう。CACIBの実質GDP成長率の2027年の見通しも、+0.8%から潜在成長率なみに下方修正することになるだろう。日銀の拙速な利上げにともない、実質GDP成長率の見通しは2025年の+1.2%、2026年の+0.8%、2027年の0%台半ばと減速が続くことになる。実質GDP成長率の1%台への到達は、日本成長戦略と骨太の方針が織り込まれる政府予算による、官民連携との戦略投資と産業政策の推進の効果を待つことになる。

図1:日銀の見通し

日銀の見通し
(画像=出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

図2:企業貯蓄率と内閣府需給ギャップ

企業貯蓄率と内閣府需給ギャップ
(注:GDPの基準改定に伴いバブル期を含む1995年以前の需給ギャップは+5を上乗せ
出所:内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)

図3:米国国民所得に占める企業利益と雇用者報酬の割合

米国国民所得に占める企業利益と雇用者報酬の割合
(画像=出所:FRB、NBER、クレディ・アグリコル証券)

図4:米国家計純資産とFF金利推計値

米国家計純資産とFF金利推計値
(FF金利=-14.5+0.07労働分配率(%)+0.38 家計純資産(下位90パーセンタイルの割合)+0.42インフレギャップ(PCEデフレーターと2%の差);R2=0.46

出所:FRB、NBER、クレディ・アグリコル証券)

以下は配信したアンダースローのまとめです

Key calls(政策)政府と日銀の連携で強い経済成長と安定的な物価上昇の両立を目指す(9月3日)

金融政策:強い経済成長と安定的な物価上昇の両立のデュアル・マンデート

2024年からの四度の利上げをしたことで、内需の回復を遅らせてしまった。拙速に動くことで、グローバルな金利上昇局面に対峙する利上げ余地を浪費してしまった。高市政権の高圧経済による構造的な経済停滞からの脱却と積極財政の方針との連携がより重視される。政府は、日銀に強い経済成長と安定的な物価上昇の両立を目指す、事実上のデュアル・マンデートを課した。利上げは半年に1回の緩やかなものとなる。2028年には、企業貯蓄率がマイナスに戻り、企業の資金需要が回復し、構造的な経済停滞の脱却で、実質政策金利は物価目標対比でマイナスを脱する。実質政策金利はゼロ%近傍が維持され、企業の投資拡大による企業貯蓄率のマイナス化を支援する。2029年に実質政策金利が若干のプラスに戻るところが到達点(2.5%)となる。高市政権の戦略投資拡大による日本経済の再生によって、実質ターミナルレートは現在の潜在成長率なみの水準(0.5%程度)に到達することができる。地政学上のリスクとグローバルな景気減速の下、拙速な利上げペースとなれば、信用サイクルと設備投資サイクルが腰折れれば、内需の鈍化で企業貯蓄率は上昇し、構造的な不況に戻るリスクとなる。

財政政策:戦略投資拡大と高圧経済の方針の下で積極財政を推進して内需拡大に注力

政府の関与を縮小する自由主義的政策から完全に転換し、成長を妨げている社会・経済課題を、政府の積極財政と官民連携の戦略投資によって解決する新機軸の方針がとられる。積極財政と高圧経済を実現する高市政権に移行し、戦略投資の拡大と減税で、景気回復を国民に実感させることで、2028年の参議院選挙まで政権への強い支持を維持しようとする。戦略投資まで税収でまかなう必要があるなどの欠陥があるプライマリーバランスの黒字化目標は、骨太の方針で形骸化し、債務残高GDP比の安定的低下に財政目標は転換する。予算編成方針を抜本的に改革し、当初予算に新たな投資枠を設定することで成長戦略に基づく長期投資を可能にし、危機には機動的な補正予算で対応する。外需依存から脱するため、米国との貿易紛争後の1980年代後半の内需拡大のような展開が経済政策で促進される。構造的経済停滞からの完全脱却によって、税収が大きく上振れすることで、2029年に財政収支は赤字を脱する。政府の純負債残高GDP比は、過去AAA時の50%の水準を下回る。

長期金利が30年ぶりに3% アメリカが日銀の利上げに期待?(9月4日)

高市政権の積極財政による財政悪化懸念で長期金利を押し上げていることについてはどうご覧になっていますか?

問(寺島):長期金利が節目となる3%を突破して、1996年9月以来の水準に切り上がりました。インフレ加速や財政拡大への懸念から世界で金利の先高観が強まっています。来年度予算の概算要求が今年度の122兆円を超えて143兆円前後となる見通しのなか、高市政権の積極財政による財政悪化懸念も広がり、長期金利を押し上げていることについてはどうご覧になっていますか?

答(会田):高市政権の積極財政のよる財政悪化懸念で、長期金利が大きく上昇しているとの認識は間違いです。2027年度の政府予算の新規国債発行額は、2026年度の30兆円程度から増加しますが、2025年度なみの40兆円程度になるとみられるからです。当時の長期金利は1.5%程度でした。よって、この間に大きく変化したものが、本当の原因であるはずです。原因はグローバルなトレンドと日銀の利上げです。グローバルに新自由主義のコスト削減によって長期投資が抑制される時代から、官民連携の戦略投資と産業政策、そしてAI投資の競争によって長期投資が拡大する時代に変化し、長期資金の需要が大きく増加していることがあります。日銀が前のめりの利上げの姿勢を示すことによって、将来的に政策金利が到達する水準のマーケットの予想が1%程度から2%台に大きく上昇したことがあります。

日銀の利上げペースが加速するかもしれないことについてはどうみていますか?

問(寺島):そんな中、従来、半年程度の間隔で決めてきた日銀の利上げが、加速しそうになってきました。そのワケは物価上昇圧力の強まりで、日銀の高田・審議委員は会見で、2024年3月以降およそ半年ごとに決めてきた利上げに関して、「連続になることも一般論としてあり得る」と述べました。そして、日銀の植田総裁は、17、18両日の次回金融政策決定会合で利上げを検討する意向を表明しました。日銀の利上げペースが加速するかもしれないことについてはどうみていますか?

答(会田):長期金利の大きな上昇は、日銀の利上げの遅れによる景気とインフレが過熱する懸念が原因であるという間違った認識が背景にあります。この間違った認識によって、日銀が利上げをすれば、過熱懸念がなくなり、長期金利は下がるという意見も多くみられます。しかし、日銀とマーケットの見通しは、実質GDP成長率0%台で、インフレ率は2%台と、全く過熱感はありません。実際に、日銀が前のめりの利上げの姿勢を示すに従って、長期金利は上がり続けています。日銀の利上げが景気を悪化させる見通しにつながらなければ、利上げで長期金利が下がる可能性は極めて小さくなります。政府と日銀ともに、景気を悪化させようとは考えていないはずです。

ベッセント財務長官が日銀に対して、対応を求めたことについてはどうご覧になっていますか?

問(寺島):日銀の利上げが加速しそうになってきた要因には、円安修正へ日銀の対応を望むアメリカの「外圧」の影響もあるとの指摘もあります。アメリカのベッセント財務長官は、「日本政府や日銀が円高につながる措置を講じると信じている」と述べ、日本側の判断に期待を示しました。アメリカは円安や日本の金利上昇がアメリカの金利を押し上げるリスクを警戒してきました。7月末に日米両政府が円買いの協調介入を実施したわけですが、ベッセント財務長官が日銀に対して、対応を求めたことについてはどうご覧になっていますか?

答(会田):ベッセント財務長官は、米国の長期金利の大きな上昇を懸念しているようです。円安が日本のインフレ懸念を高め、長期金利が大きく上昇することが、米国に波及することを恐れているとされます。しかし、円安は日銀の利上げの遅れが原因ではなく、日本の投資拡大が欧米より遅れていることが原因です。投資が強い国の通貨は金利先高感も生まれて買われ、弱い国の通貨は売られます。よって、官民連携の戦略投資と産業政策で投資を拡大し、円安の動きを止めようとしています。間違った認識によって、日銀の利上げが加速し、投資の動きが腰折れれば、意に反して、更に強い円安の力がかかってしまうリスクになります。「政府は金融政策に介入すべきではない」と繰り返し主張されてきたのに、米国の財務長官が同様の要求を日銀に向けても、「独立性を守れ」という声はほとんど上がらないことは大きな問題です。間違った認識による外圧で経済政策が歪められれば、国民経済の健全なる発展が妨げられます。

日銀の独立性とは日本政府からだけ独立するという意味ではないのでしょうか?

問(寺島):6月の「骨太ショック」では、経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」での記述を背景に、日銀の独立性や財政健全化が脅かされるのではとの思惑から金利が急騰して、政府は火消しに追われました。日銀の独立性とは日本政府からだけ独立するという意味ではないのでしょうか?

答(会田):6月の「骨太ショック」は、一部のメディアがマーケットのナラティブとして作り上げたもので、事実ではないと考えられます。政府が日銀に対して、「強い経済成長と安定的な物価上昇の両立」のデュアル・マンデートを求めていることは、昨年の高市政権の発足から何度も明らかになっていたからです。それにも関わらず、「ショック」を受ける素人のようなマーケットの参加者は多くないはずです。日銀法が定める政府との連携義務の枠内にある政策的選択であり、物価安定のみを単一の責務とするECB(欧州中央銀行)型から、物価安定と最大雇用の双方を責務とするFRB(米連邦準備制度)型への転換を試みるもので、独立性の毀損には当たりません。政府は、骨太の方針で「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく」ことを示しています。一方、仮に外国政府の介入によって日銀の利上げが事実上強制されたのであれば、日銀の独立性は深刻に毀損されたと言わざるを得ません。独立性を失った日銀への不信感が、円の信認低下を通じて更なる円安圧力を生み出すという逆説的なリスクを招きかねません。中央銀行の独立性は、それ自体が通貨の強さを支える根幹であることを、改めて認識する必要があります。


会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

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