玉乃光酒造株式会社

延宝元(1673)年の創業から350年以上の歴史を誇る、京都・伏見の玉乃光酒造。戦後、途絶えていた純米酒をいち早く復活させた先駆者として知られる老舗である。

その第14代蔵元に就いたのが、公認会計士の資格を持ち、飲食事業会社の経営にも携わってきた羽場洋介氏だ。

継ぐ予定はなかったという羽場氏を動かしたのは、売り上げが半減したコロナ禍と、「350年の歴史が途絶えるかもしれない」という危機感だった。異業種で培った経営の視点を携えて家業に飛び込んだ羽場氏は、伝統的な手作りの製法を守りながら、日本酒を単なる「飲料」ではなく「日本の精神文化」として世界へ発信する挑戦を続けている。

量を追う時代の先にある価値とは何か。同社の歩みと、羽場氏が描く10年後のビジョンを聞いた。

羽場洋介(はばようすけ)──玉乃光酒造株式会社 代表取締役社長
1979年、三重県生まれ。2005年、大阪大学大学院情報科学研究科修了後、公認会計士資格を取得。監査法人、コンサルティング会社を経て、飲食事業会社の経営にも携わる。2023年に玉乃光酒造株式会社代表取締役社長に就任。創業350年以上の歴史を持つ酒蔵の第14代蔵元として、異業種で培った知見を活かしながら、日本酒の新たな価値創造と市場開拓に挑戦している。
玉乃光酒造株式会社
1673年(延宝元年)に和歌山にて創業し、戦後に京都・伏見へ移転。350年以上にわたり清酒の製造・販売を手掛け、純米酒の復活や純米吟醸酒の普及を通じて、日本酒文化の継承と発展に取り組んできた。早くから海外輸出にも注力し、日本酒の魅力を世界へ発信。近年は酒粕の活用や異業種との共創を進め、新たな価値創造に挑戦している。
企業サイト:https://www.tamanohikari.co.jp/

目次

  1. 和歌山から京都・伏見へ。戦後、純米酒復活にかけた11代目の決断
  2. 公認会計士の視点と現場への敬意。スムーズな承継を実現した関係
  3. AI時代の逆を行く「質量のある体験」。酒蔵ツーリズムが拓く市場
  4. 14代蔵元が描く10年後のビジョン

和歌山から京都・伏見へ。戦後、純米酒復活にかけた11代目の決断

── 現在に至るまでの歩みについて教えてください。創業は350年前だとか。

羽場氏(以下、敬称略) 当社の歴史は350年前の1673年、和歌山で始まりました。大きな転機があったのは戦後です。和歌山大空襲で蔵が焼失したことをきっかけに、京都の伏見へ移転しました。

伏見は「伏水」と呼ばれるほど質の高い水に恵まれた酒どころです。移転を決断した11代蔵元は、京都では新参者という立場から、独自の道を切り開く必要がありました。

そこで取り組んだのが、戦時中に途絶えていた「純米酒」の復活です。当時はお米が貴重だったため、アルコールを添加しない純米酒は製造されていませんでした。

しかし、お酒本来の姿は純米酒であるという信念のもと、11代目はその復活に心血を注ぎます。原価も税金も高く、販売は困難を極めましたが、この挑戦が大きな注目を集めることになります。

この純米酒へのこだわりが、京都の地で玉乃光が受け入れられる礎となりました。現在もその精神を受け継ぎ、私たちは純米大吟醸酒、純米吟醸酒に特化した酒造りを続けています。

── 11代目による伏見への移転と純米酒の復活が、現在の玉乃光のアイデンティティを形作ったのですね。

羽場 そのとおりです。11代目は実質的に現在の玉乃光の基礎を築いた人物と言えます。伝統を守るだけでなく、時代に先駆けて新しい価値を提示する姿勢は、今も私たちの指針です。

日本酒の三大産地として灘、伏見、広島が挙げられますが、伏見の水の良さは格別です。この恵まれた環境があったからこそ、当社の酒造りは進化を遂げることができました。

── 公認会計士の資格を保有しているそうですが、家業を継承されるまでの経緯を教えてください。

羽場 私は20代で会計士として活動し、30代は飲食事業会社の副社長を務めていました。玉乃光酒造は妻の実家の家業なのですが、もともと私が継ぐ予定はまったくありませんでした。

転機となったのは、2020年からのコロナ禍です。飲食業界が甚大なダメージを受け、お酒の需要も激減し、当社の売り上げも半減しました。

350年続く歴史が途絶えるかもしれないという危機感を抱いたとき、想像以上に心が動きました。義父である現会長からの打診もあり、家業のためにできることがあればと、継承を決意しました。

公認会計士の視点と現場への敬意。スムーズな承継を実現した関係

── 伝統ある酒蔵の継承では難しいことも多かったかと思います。

羽場 幸いなことに、承継はきわめてスムーズに進みました。実は現会長も奥さんの家業を継いでおり、私と同じ境遇だったことも大きいかもしれません。

前代とのあつれきもまったくなく、むしろ早くバトンを渡したいという温かい雰囲気で迎えられました。社内でも、これまでの経験を活かした経営改善に対して、前向きな反応をもらっています。

私は「ダメなものはダメ」とはっきり言いますが、意地悪や理不尽なことはしません。現場の職人たちの技術を尊重しつつ、経営のプロとして組織を支える役割に徹しています。

── 自社ならではの強みや差別化要因はどこにあると考えていますか。

羽場 同業他社との差別化要因は、大きく分けて三つあります。

一つ目は、京都・伏見という圧倒的な立地の強さです。全国に約1300の酒蔵がありますが、その多くは地方の交通の便が悪い場所にあります。

一方で、当社は京都駅から車で15分という、世界中から人が集まる場所に位置しています。

これからの時代、オンラインでの情報発信だけでは差別化が難しくなります。AIが生成する情報があふれる中で、実際に足を運べる「リアルの価値」が重要です。

京都という世界的な観光地に拠点があることは、これからの戦略において最大の武器になります。直接蔵を訪れ、空気を感じてもらえる環境は、他にはない強みと言えます。

二つ目は、全量手作りで酒造りを行っていることです。日本酒市場は上位20社の大手企業がシェアの約6割を占めており、その多くは機械化されています。

私たちはあえて手間のかかる手作りにこだわり、人の思いが宿る酒造りを追求しています。機能的な価値が無料に近づく現代において、手作りの希少性はますます高まります。

三つ目は、先ほども触れた伝統的な製法と純米酒へのこだわりです。日本酒はユネスコ無形文化遺産にも登録されましたが、私たちはその伝統を戦後いち早く復活させました。

この「京都にある」「手作りである」「伝統を継承している」という三つの要素──。これらが組み合わさることで、大手メーカーには真似できない独自の価値が生まれています。

AI時代の逆を行く「質量のある体験」。酒蔵ツーリズムが拓く市場

── 「リアルの価値」を重視する中で、具体的にどのような施策を展開・計画していますか。

羽場 現在、かつて使用していた古い蔵を改修し、ブランドの発信拠点を構築しています。

これまでは安全性の観点から一般公開を制限していましたが、誰もが訪れられる場所を作ります。着工から半年が経過し、2年後の完成を目指しています。ここでは、単にお酒を売るだけでなく、日本酒ができるまでのストーリーを体験してもらいます。

インバウンド需要が回復する中で、日本酒は日本を象徴するブランドとして期待されています。実際に蔵を見て、歴史に触れ、その場で味わうという一連の体験を提供します。

これは、AIやデジタルでは決して再現できない「質量のある体験」です。この動線を作ることで、国内外のお客様との接点を飛躍的に広げることができると考えています。

── 輸出についても30以上の国・地域で展開しているそうですが、グローバル市場での手ごたえは?

羽場 輸出は以前から注力していますが、単なる「商品」として売るだけでは限界があります。

ウェブサイトなどで歴史を伝えてはいますが、それだけで価値を理解してもらうのは難しいのが現実です。

ワインと同様に、作り手の顔や哲学が伝わって初めて、高付加価値なブランドとして成立します。だからこそ、京都の蔵に来てもらい、140年前の建物の重みを感じてもらうことが不可欠です。

リアルなタッチポイントを通じて、玉乃光の背景にある文化を体感してもらう。その経験があるからこそ、自国に戻った後も当社の酒を選び続けていただけると確信しています。

── コロナ禍を乗り越えた今、直面している課題や注力しているポイントは?

羽場 飲食店市場の再構築が喫緊の課題です。

コロナ禍を経て、長年お付き合いのあった年配の経営者の方々が廃業されるケースが相次ぎました。

飲食店での売り上げは、単なる数字以上の意味を持つ、ブランドの接点でもあります。失われた販路を補うため、現在は新しいプレイヤーとの関係性をゼロから築き直しています。

飲食店の営業は一朝一夕には成果が出ず、10年単位の積み重ねが必要です。地道な努力を続けながら、新しい時代の飲食店に選ばれるお酒でありたいと考えています。

14代蔵元が描く10年後のビジョン

── 今後5年から10年というスパンで、玉乃光酒造をどのような組織にしていきたいと考えていますか。

羽場 日本酒の国内消費量は50年で4分の1になっており、日常酒としての市場は縮小しています。

しかし、私は日本酒を単なる「飲料」ではなく「文化」としてとらえ直しています。

お相撲さんの優勝杯や正月の乾杯、お祭りや神棚への供え物。日本人の生活や精神文化の節目には、必ず日本酒が存在しています。

この文化的な権威に紐づく需要は、決してなくなることはありません。私たちは、美味しいお酒をたくさん売るという発想から、一歩先へ進む必要があります。

日本酒を通じて、日本の精神文化を世界へ発信する。それが、私の定義するこれからの玉乃光酒造のポジションです。

── 「日本の精神文化の発信」という言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか。

羽場 和食が世界中で愛されているのは、自然を尊び、素材を活かす精神があるからです。

「もったいない」や「お天道様が見ている」といった日本独自の価値観が、食に宿っています。

日本酒もその世界観の一部であり、日本の精神性を伝える最高のメディアになります。世界中の人が京都の蔵を訪れ、お守りを買うような感覚で日本酒を一本持ち帰る。

そんな状態を10年後には実現したいと考えています。量を追うのではなく、高い付加価値と誇りを持てるビジネスモデルを確立します。

── 350年の歴史を受け継いだ蔵元として、いま一番大切にしている思いはどんなものでしょうか。

羽場 世界が混沌とする中で、日本の精神文化や価値観はますます求められるようになります。 経済的な競争だけでなく、文化的なリスペクトを得られる国であることが重要です。

私たちは、日本酒という手段を通じて、世界の方々と深いコミュニケーションを図ります。 日本酒を飲むという行為が、日本の心に触れる体験になるよう、挑戦を続けます。

皆様もぜひ、日本酒を手に取ってみてください。 そこにある歴史や文化を感じていただくことが、私たちの何よりの喜びです。

── 伝統を重んじながらも、未来を見据えた力強いお話をありがとうございました。

羽場 こちらこそ、ありがとうございました。 京都にお越しの際は、ぜひ蔵にも立ち寄ってください。

氏名
羽場洋介(はばようすけ)
社名
玉乃光酒造株式会社
役職
代表取締役社長

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