大正14(1925)年、富山県で水力発電所の建設から始まり、2025年に創業100年を迎えた仙台の老舗建設会社、株式会社深松組。
その代表取締役社長を務める深松努氏は、土木・建築という本業にとどまらず、再生可能エネルギー、リゾート開発、福祉施設の建設まで、七つの事業を束ねる多角経営で知られる。
原動力にあるのは、東日本大震災でがれき処理の責任者として地獄のような現場に立ち会った経験と、「地域が元気でなければ建設業は成り立たない」という揺るぎない信念だという。
老朽化した水道管に苦しむ限界集落を「小水力発電×信託」という日本初のスキームで救うなど、深松氏は誰もやっていない仕組みを次々と生み出してきた。人口減少という逆風を、むしろ「自分たちでルールを作る好機」ととらえる深松氏に、独自のファイナンスで地域課題を解く発想と、次の100年へつなぐ経営哲学を聞いた。
企業サイト:https://fukamatsugumi.co.jp/
建設業の枠を超えた多角経営と社会課題解決への挑戦
── 社長就任後、事業領域が大きく広がっているそうですが、現在の事業展開について教えてください。
深松氏(以下、敬称略) 私が社長に就任したときは、父から受け継いだ土木、建築、不動産賃貸が三本の柱でした。
しかし、自ら新たな柱を作る必要があると考え、再生可能エネルギー事業に着手しました。 太陽光発電が注目され始めた時期に、まずこれを立ち上げることにしました。
さらに、ミャンマーでのサービスアパートメント事業や、沖縄の宮古島でのヴィラ取得も進めました。現在は宮古島と沖縄本島で、コンドミニアムやヴィラを6棟ほど運営しています。
また、東日本大震災で被災した仙台市沿岸部の跡地利活用として「アクアイグニス仙台」という商業施設を建設しました。地域のにぎわいを取り戻すための活動を継続しています。
── 福祉分野、特に障がい者支援や難病患者向けの施設にも注力していますね。
深松 障がい者のグループホームを数多く建設しています。
運営については、専門知識を持つソーシャルインクルーという会社と提携し、出資もしています。我々は建設のプロとして建物を提供し、運営は専門家に任せるという役割分担をしています。
そうした中で、別の事業者からもALS(筋萎縮性側索硬化症)患者向けの施設を作りたいという相談を受けました。自発呼吸が困難になるなど、非常に重篤な症状の方々を支える施設は、ニーズがあるものの供給が足りない分野です。
人助けになるのであればと決断し、仙台市の長町に30床の施設を建設しました。
この施設はすぐに満床となり、利用者やご家族からたいへん喜ばれています。現在は新潟や富山でも同様の計画が進んでおり、5年後には運営会社の成長も見込んでいます。
困っている人たちの課題を解決することは、そのまま仕事になります。建設業という得意分野を活かして建物を提供し、長期契約で運営を支える仕組みが非常にうまくいっています。
日本初のスキームで限界集落のインフラを守る
── 人口減少社会において、地方の建設業が果たすべき役割をどのように考えていますか。
深松 これからの時代、単にアパートを建てるだけでは人口減少の影響で経営が難しくなります。
しかし、先ほど述べた福祉施設などは、まだまったく足りていない「ブルーオーシャン」です。こうした事業を組み合わせ、多角化を図ることで、トータルでの利益を確保する形をとっています。
地方の総合建設業という枠組みから、現在は「人を助ける」という観点を中心に事業を広げています。
その根底にあるのは、地域が元気でなければ建設業は成り立たないという危機感です。建設業は自ら仕事を作り出すことが難しいため、地域のお手伝いを通じて課題をヒアリングし、解決策を提示することが重要です。
── 地域のリーダーシップをとるうえで、合意形成などは難しいのではないでしょうか。
深松 当社は地域貢献や社会貢献を積極的に行っています。施設建設の際、近隣住民の方々へ説明にうかがいますが、反対されることはほとんどありません。「人助けのために活動している会社だから、悪いことはしないだろう」と信頼をいただいています。
また、部活動の地域移行に伴う支援として、社員が中学校でバスケットボールやハンドボールを教えています。
こうした活動がマスコミに取り上げられ、市民の方々に好意的に伝わっていることも大きいです。「三方よし」の精神が根底にある事業であれば、大きなトラブルなく進めることができます。
── 行政のルールや法律が壁になることはありませんか。
深松 行政のルールを変えることは、たしかに大変な作業です。
私がもっとも苦労したのは、出身地である富山県朝日町の笹川地区という限界集落でのプロジェクトです。この地域は山間部で水道局がなく、住民が組合を作って簡易水道を運営していました。
しかし、敷設から50年が経過した管が老朽化し、毎年破裂する事態に陥っていました。
水道管の入れ替えには約3億円の費用がかかります。かつて300世帯あった住民は105世帯まで減り、1世帯あたり数百万円の負担は現実的ではありませんでした。
水が出なくなれば住み続けることができず、私のルーツである深松家の本家や墓もなくなってしまいます。
そこで、地域を流れる笹川の発電権に着目しました。深松組はもともと水力発電所の建設から始まった会社ですので、小水力発電所を建設することを提案しました。
発電した電気を国が20年間買い取る制度を利用し、その収益を水道維持の原資にする計画です。
── 資金調達や所有権の問題はどのようにクリアしたのですか。
深松 発電所と水道の整備に計8億4000万円が必要でした。北陸銀行に「地域を守るためだ」と直談判し、20年間の融資を取りつけました。
また、所有権が当社にあると、万が一当社が倒産した際に住民が困ることになります。そこで、信託の仕組みを活用し、所有権を信託会社に移しました。これにより、当社の経営状況にかかわらず、住民は20年間の安心を確保できます。
この「小水力発電×信託」という仕組みは日本初のものでした。マスコミ60社が取材に訪れ、NHKの「おはよう日本」などでも特集されました。広告価値に換算すると数億円規模の反響があり、大きな注目を集めました。
── そのモデルは、全国の他の地域でも応用が可能でしょうか。
深松 日本中に限界集落はたくさんあります。この仕組みに「企業版ふるさと納税」を組み合わせることで、さらに加速させることができます。
企業版ふるさと納税は、寄附額の約9割が税額控除されるため、実質1割の負担で地域貢献が可能です。東京や大阪の大企業にとって、節税しながら「地域を守った」という実績をウェブサイトなどでアピールできるメリットがあります。
田舎には解決すべき問題が山ほどあります。北陸銀行とも連携し、自治体の困りごとを企業版ふるさと納税でマッチングする動きを始めています。
これまでは許可を得るのに数年かかっていた事業も、自治体側から「やってほしい」と依頼されるようになれば、期間は大幅に短縮されます。
人口減少社会を「自分たちでルールを作る」好機ととらえる
── 民間の資金を公共インフラの維持に活用するということですね。
深松 国にはもう公共事業費の余裕がありません。
一方で、上場企業の内部留保は約600兆円に達しています。
そのわずか1パーセントでも企業版ふるさと納税に使われれば、国土交通省の年間予算に匹敵する規模になります。これだけの資金があれば、日本の地域は劇的に生まれ変わります。
人口減少社会では、これまでの法律やルールが通用しなくなります。だからこそ、新しい仕組みにチャレンジするしかありません。
私は誰もやっていないことに挑戦することが大好きです。たとえば、全国に無数にある老朽化した橋の修繕も、企業版ふるさと納税で解決できます。
── 橋の修繕も、企業のメリットになるのでしょうか。
深松 わずか10メートルの橋が通行止めになるだけで、住民は数キロの迂回を強いられ、生活が成り立たなくなります。修繕に5000万円かかるとしても、企業版ふるさと納税を使えば実質500万円の負担で済みます。
SDGs(持続可能な開発目標)を掲げる企業にとって、地域の持続可能性を守ることは理にかなった投資です。一度直せば何十年も持ちますから、非常に効率的な社会貢献になります。
── 若い世代には、こうした未来をどのように伝えていますか。
深松 大学で講義をする際、学生に「10年後の日本は良くなると思うか」と質問します。
数年前までは2割ほど手が挙がりましたが、最近はゼロに近いこともあります。希望を持たずに社会に出ようとする若者たちに、私は「ルールは自分たちで作れるんだ」と伝えています。
決められた範囲で動くのではなく、自分たちでワクワクする未来を作る──。そう話すと、学生たちの目の色が変わります。
震災の経験から導き出した「感謝報恩」の経営哲学
── 行動力の源泉は、どこにあるのでしょうか。
深松 東日本大震災の際、私は仙台市のがれき処理責任者を務めました。現場はまさに地獄のような光景でした。その体験を伝える講演活動を全国で300回以上行っています。
学者の理論ではなく、現場で実際に起きた生々しい話を伝えることが私の使命だと考えています。
震災以降、私の人生観は大きく変わりました。残りの人生は「感謝報恩」という四文字を胸に生きると決めています。日本中、世界中からいただいた支援のおかげで、仙台は復興できました。その恩に報いるため、教えを請われれば全国どこへでもうかがいます。これが私のライフワークです。
── 次の100年に向けて、守り続けるべきものと変えるべきものは何だと考えていますか。
深松 「地域を支える」という建設業の根幹は変わりません。
しかし、人手不足や資材高騰など、建設業界を取り巻く環境はきわめて厳しい状況にあります。今、関東大震災のような災害が起きれば、がれきを片付けることはできても、直すことができないかもしれません。それほどまでに、現場の維持が困難になっています。
だからこそ、これからはすべての産業がコラボレーションする必要があります。建設業の閑散期に、人手を必要とする他の業界を手伝うような仕組みも有効でしょう。官民一体となって地域を守る時代に突入しています。
── 最後に、社員への想いを教えてください。
深松 中小企業の社長の最大の役目は、社員を路頭に迷わせないことです。リーマンショックの際、大手ゼネコンがリストラを行うなか、当社は一人の解雇もしませんでした。 不動産賃貸の収益を切り崩してでも、社員を守り抜くと宣言しました。苦しいときほど、企業の真価が問われます。
社員が人生を全うするときに、「深松組に入ってよかった」と思える会社にしたい。そのために福利厚生を充実させ、社宅を安価で提供するなど、生活の基盤を支えています。
次の150年、200年に向けて、変化を恐れず、地域とともに歩み続けます。
- 氏名
- 深松 努(ふかまつ つとむ)
- 社名
- 株式会社深松組
- 役職
- 代表取締役社長

