1925年創業の老舗飴菓子メーカー、扇雀飴本舗。2022年に代表取締役社長に就任した米田英生氏は、三菱商事のエネルギー部門で28年間勤務したのちに家業である扇雀飴本舗に入社した異色の経歴を持つ。創業100周年の節目を迎えた同社は上方歌舞伎の伝統に由来する「進取の精神」と、歴史のなかで受け継がれてきた「和の精神」を軸に、さらなる革新へと突き進んでいる。
米田氏は、看板商品である「はちみつ100%のキャンデー」の強みを活かし、価値を現地流に再定義することで巨大な米国市場の開拓に挑戦。さらに、商社仕込みの現場主義と「三人寄れば文殊の知恵」の精神により、対話から生まれる主体的な組織づくりを推進している。伝統を守りつつも変化を恐れず、新たな挑戦を続ける同社の、改革の軌跡と未来の展望に迫った。
企業サイト:https://www.senjakuame.co.jp/
目次
創業100周年を機に再確認した「和の精神」という原点
── 御社の事業内容と強みについて教えてください。
米田氏(以下、敬称略) 当社は1925年3月の創業で、昨年に創業100周年を迎えたキャンディ、グミ等の飴菓子を製造販売するメーカーです。飴菓子の業界には多くの企業がありますが、当社の特徴は非常にユニークな商品展開にあります。
たとえば、他社では創業時からのロングセラーが看板商品であることも多いです。しかし、当社の現在の看板商品である「はちみつ100%のキャンデー」は、発売から30年ほどの商品です。
100年の歴史から見れば比較的若い商品ですが、これを看板に据えています。時代の変化に合わせて求められるものを柔軟に形にする姿勢こそが、当社のユニークさだと考えています。
── 長い歴史の中で、変わらない部分と変化してきた部分はどのようなところでしょうか。
米田 100周年を迎えるにあたり、自社の足跡を詳しく調査しました。戦前の資料は焼失しており、残念ながら記録を残す文化も乏しかったため、調査は困難を極めました。
そこで、廃刊になった業界紙のデータをすべて調べました。1900年代初頭からの記事を10年毎に社内各部署が担当して精査したところ、当社の原点ともいえる思想が見つかりました。
記事の中で何度も登場したのが「和の精神」という言葉です。これは単に日本的な和を指すのではありません。人々とのつながりや調和、すなわちハーモニーを意味します。
社員やお客様、そして世の中を大切にするという姿勢は、当社の最も根源的な価値観です。以前、社員たちが自ら選んだ商品開発テーマも「思いやり」でした。
私が指示したわけではなく、社員たちが自然とこの言葉を選んだことに、脈々と受け継がれるDNAを感じました。単に物を作って売るだけでなく、社会との対話を大切にするのが当社らしさです。
上方歌舞伎の伝統に学ぶ「進取の精神」と社名の由来
── 社名の「扇雀」という言葉も非常に特徴的ですが、どのような由来があるのでしょうか。
米田 当社の社名は、上方歌舞伎の中村扇雀丈に由来します。二代目中村扇雀(後の四代目坂田藤十郎丈)丈がデビューした当時、御父様である二代目中村鴈治郎丈から「扇雀飴」を作ってほしいと依頼され、1952年に「扇雀飴」の製造を開始しました。
それがきっかけで「扇雀飴」を製造販売する会社として「扇雀飴本舗」と名乗るようになりました。もともとは地元の神社である「高津宮」にあやかり「高津製菓」という社名でしたが、商品の方が有名になり、後に社名を「扇雀飴本舗」に統一しました。
現在も三代目中村扇雀丈と深いお付き合いをさせていただいております。歌舞伎には江戸歌舞伎と上方歌舞伎がありますが、上方歌舞伎は「自らの芸を作る」ことが大事にされ、常に新しいものを取り入れる姿勢こそが、上方歌舞伎の醍醐味と伺っております。
この「進取の精神」も、当社の生き方を象徴する大きな柱です。「和の精神」と「進取の精神」。この二つをどう体現するかが、これからの私たちの仕事です。
── 歴史を調べるというアプローチは、前職の三菱商事での経験が活きているのでしょうか。
米田 三菱商事では歴史や背景を調べる習慣が徹底していました。現状の取引やパートナーとの関係がどのような経緯で始まり、どんな問題を乗り越えてきたのかを知ることから仕事が始まります。
歴史を知らなければ、言葉に重みが生まれません。過去をしっかり調べることは、知見を深め、周囲から信頼を得るために極めて大事なことだと考えています。
「はちみつ100%のキャンデー」が唯一無二であり続ける理由
── 看板商品である「はちみつ100%のキャンデー」についてですが、特許期間が過ぎた後も、他社の追随を許さない強みはどこにあるのでしょうか。
米田 特許は1996年頃に取得し、2016年に期間を満了しました。他社が参入しない理由はいくつか推測できますが、まずは製造工程のきめ細やかさという技術的な優位性があります。
次に原料調達の面です。当社ははちみつを主原料として大量に調達しますが、安全性が高く且つ安定した品質の原料を確保し続けることは、一朝一夕には難しく、長年かけて築いたサプライチェーンは大きな財産となっています。
さらに、関西の菓子業界特有の文化も影響しているかもしれません。お互いのオリジナリティを尊重し、安易に模倣することを良しとしないリスペクトの精神があります。
各社がそれぞれ看板商品や得意領域を持ち、で重ならないようにしており、独自の個性を確立しています。
三菱商事から家業へ。経営者としてのオーナーシップを求めて
── 三菱商事のエネルギー部門というまったく異なる分野から、家業に入る決断をされた経緯を教えてください。
米田 もともと高校時代より、商売を通じて世界に広げることに憧れがありました。司馬遼太郎の小説に登場する坂本龍馬や高田屋嘉兵衛の姿に影響を受け、大きな仕事をしたいという夢を持ち続け、大学卒業後、総合商社の一つである三菱商事に入社しました。
若い頃は看板を背負ってインドネシア駐在や、融資を絡めた長期原油購入契約の締結等の大規模な融資買油案件に携わり、非常に充実していました。購入した原油が東日本大震災後の日本の火力発電所用燃料として使用され、人々の生活支援の一助となったことで、商社パーソンとしてのやりがいを感じたことを覚えています。
年次を重ねるにつれて役割が事業戦略立案や事業子会社の経営支援に変化。 特に、子会社の社外役員として経営に関与する中で、経営者目線で問われる場面が増え、次第に、自らのオーナーシップで会社を動かしたいという思いが芽生えてきました。
そんな折、色々な出来事があり父と話す機会が増えました。それまでは仕事の話などほとんどしませんでしたが、今後の人生を考えたとき、100年続く家業に挑戦したい気持ちが強くなり決断しました。
エネルギーとキャンディ。一見すると全く異なる世界ですが、人々の生活に根ざした「継続反復型ビジネス」であるという点では共通しています。
ガソリンもキャンディも、お客様に繰り返し購入していただくことで成り立つ安心感が求められます。信頼関係の上で取引が成立する点も、商社時代に学んだことと変わりません。
── 逆に、エネルギー業界との違いを感じる部分はありますか。
米田 最も大きな違いは「商品に顔があること」です。エネルギーはスペック商売であり、規格に適合する事が商品条件で、ある意味没個性な存在です。そのため、量と効率の勝負になり、統合が進みます。
一方で、お菓子は文化そのものです。日本の食文化を支える一翼を担っており、商品ごとに強い個性があります。この文化的な側面は、エネルギー業界にはない魅力だと感じています。
コロナ禍とウクライナ情勢。社長就任直後に直面した未曾有の危機
── 2022年の社長就任直後は、社会情勢が非常に不安定な時期でした。どのような課題に直面したか教えてください。
米田 問題は山積していました。まずはコロナ禍による需要の激変です。キャンデーには「オフィス需要」がありますが、リモートワークの普及でその機会が失われました。
自宅で過ごす時間が増えると、人々はキャンデーではなくスナック菓子などを選ぶようになります。市場全体が落ち込む中で、いかに乗り切るかが最初の課題でした。
さらに追い打ちをかけたのが、ロシアによるウクライナ侵攻です。これにより、砂糖や水飴といった原料価格が急騰しました。また、当社が使用していたはちみつの一部もウクライナ産でした。
原料の調達先を急いで切り替える必要に迫られました。この過程で、商品回収という苦い経験もしました。
値上げと原料切り替えを同時に進める中で、包装材の管理に不備が生じたのです。当時は混乱の中にありましたが、この失敗から学ぶことは多く、組織の管理体制を見直す契機となりました。
幸い、コロナ禍の落ち着き収束とともに需要は回復基調にあります。これらの危機を一つひとつ乗り越えることで、経営者としての覚悟が定まったと感じています。
── 今後の事業展開として、海外市場、特に米国への注力についてお聞かせください。
米田 当社は1960年代から輸出を行っており、現在も約20の国・地域と取引があります。しかし、看板商品のはちみつ100%のキャンデーについては、海外での伸び悩みが課題でした。
転機は2年前、ラスベガスの展示会での出会いでした。米国のマーケティングに精通した方から「日本語はアジアでは武器になるが、米国ではそうではない」と指摘を受けました。
米国市場では、日本らしさよりも現地のカルチャーに合わせたパッケージングが重要です。はちみつが持つ「ナチュラル」という価値を、米国流に再定義する必要がありました。
米国でのナチュラルフードは、より機能的で「スーパーフード」に近いイメージです。たとえば抹茶が健康と結びついて受け入れられたように、はちみつの健康価値を洗練されたデザインで伝えていく事としました。
すでにサンディエゴやアナハイムの展示会に出展し、手応えを感じています。6月末にはニューヨークの展示会にも私自身が足を運び、現在も積極的に市場開拓を進めています。
アジア圏も重要ですが、米国は市場規模が圧倒的であり、物価高の影響で日本からの輸出価格も相対的に受け入れられやすい環境にあります。この大きな市場で勝負したいと考えています。
「三人寄れば文殊の知恵」。対話から生まれる主体的な組織づくり
── 最後に、経営者として大切にしている信念や、組織づくりへの想いをお願いします。
米田 私は「三人寄れば文殊の知恵」という言葉を極めて大切にしています。すべてを一人の価値判断で決めるのではなく、多様な人々の知見を得ながら判断していく事が不可欠と考えています。
リーダーとしての思いを持ちながらも、社員たちと対話を重ね、結論を出していくプロセスを重視しています。中小企業だからこそ、社員一人ひとりの力をいかに引き出すかが勝負です。勿論、最終はリーダーそして社長が判断する必要がありますが。
また、商社時代から叩き込まれた「現場主義」も私の根幹にあります。答えは常に現場にあります。現場で当たり前と思われていることの中にこそ、経営のヒントが隠されています。
社員が「共有する必要はない」と思っている些細な情報が、経営判断においては極めて重要な意味を持つことがあります。だからこそ、風通しの良い対話の場を作ることが私の役割です。
大学時代のヨット部でも、対話を繰り返すことでチームは強くなりました。1+1を3にも4にもしていく。ワイワイガヤガヤと議論しながら、新しい価値を作りたいと考えています。
100周年という節目に、老舗企業の仲間入りしつつも、大胆に挑戦し続ける。そんな組織を目指して、これからも邁進していきたいと考えています。
- 氏名
- 米田 英生(よねだ ひでお)
- 社名
- 株式会社扇雀飴本舗(せんじゃくあめほんぽ)
- 役職
- 代表取締役社長

