株式会社東京濾器山村製作所

株式会社東京濾器山村製作所の四代目社長・山村孝幸氏は、もともと社長になる予定はなかった。

高校卒業後に得意先で修業を積み、樹脂加工の技術を身につけた根っからの現場人間だが、ある日、「来月から副社長になれ」と告げられ、そのわずか1ヵ月後には「今日から社長だ」と言い渡された。

経営の引き継ぎはほとんどなく、父から受け取ったのは「キャッシュフローだけ見ていればいい」という一言だけ。それでも、商業高校で学んだ簿記の知識を頼りに決算書を読み解き、改善点を一つずつ洗い出していった。

就任後、山村氏がまず着手したのは、特定の取引先に依存する“一本足打法”からの脱却である。長年培った樹脂加工技術を、建機や住宅設備など自動車以外の分野へと広げ、いまは「年商20億円」という第一フェーズの目標に挑む。社員を“アスリート”と呼び、「同族経営は時代遅れ」と言い切る、現場叩き上げの経営者。それでいて、こうも語る。「500億円を積まれても、この会社は売らない」。

その真意はどこにあるのか。多角化戦略から独自の組織論、事業承継への考えまで、山村氏にじっくりと話を聞いた。

山村 孝幸(やまむら たかゆき)──代表取締役社長
1975年、滋賀県生まれ。高校卒業後、得意先で約3年間の修業を積み、1993年、山村精工株式会社へ入社。生産技術部門で板金加工や試作、切削、溶接などの技術を習得し、プラスチック事業の立ち上げを推進。1996年の統合により発足した 株式会社東京濾器山村製作所 にて経験を重ね、2013年に代表取締役社長に就任。現場で培った技術力と実行力を強みに、次世代を見据えた企業改革と人材育成を推進している。
株式会社東京濾器山村製作所
1963年創業の山村精工株式会社を前身とし、1996年に東京濾器山村製作所との統合により発足。自動車部品を主軸に、工業部品や住宅設備、建機・汎用分野など幅広い分野に向けた樹脂製品の加工・組立を手掛ける。長年培った技術力と品質力を強みに、人材育成と技術革新を推進し、持続可能なものづくりを通じて社会に貢献している。
企業サイト:https://www.tr-yamamura.jp/

目次

  1. 現場で培った技術力と、予期せぬ形での社長就任
  2. 自動車一本からの脱却。多角化戦略で目指す「年商20億円」の壁
  3. 「Tier1」へのこだわり。信頼こそが持続可能な成長の源泉
  4. EVシフトの荒波を乗り越える、プラスチック加工技術の新たな可能性
  5. 社員を「アスリート」と呼ぶ真意。プロ意識とチームプレーの融合
  6. 「同族経営は時代遅れ」。企業の価値を高めることが真の事業承継

現場で培った技術力と、予期せぬ形での社長就任

── まずは、これまでの歩みについて教えてください。

山村氏(以下、敬称略) 私のキャリアは、高校を卒業してすぐに得意先へ修業に出ることから始まっていて、もともと家業を継ぐことを強く意識していたわけではありません。

当時は専門学校への進学も考えていましたが、まずはやってみようという気持ちでこの世界に飛び込みました。修業先ではプラスチック技術を学び、その後、自社に戻って技術を磨く日々を過ごしました。

── 四代目として社長に就任した経緯は、どのようなものだったのですか?

山村 私が社長になる予定はもともとありませんでした。

うちは同族経営で、創業者の祖父、二代目の伯父、三代目の父と続いてきました。本来であれば、二代目の息子、私のいとこが継ぐのが自然な流れです。

しかし、二代目が病気で亡くなり、その息子が一度は継いだものの、得意先様から「これではいけない」と厳しい評価を受けました。

そこで、三男であった私の父が三代目として認められ、社長に就任しました。私はその父の息子として、技術部門を支える立場にいました。

── 社長就任は、かなり急な決定だったと聞きました。

山村 本当に突然のことでした。あるとき「来月から副社長になれ」と言われ、そのわずか1ヵ月後には「今日から社長だ」と告げられました。

経営に関する引き継ぎは、まったくありませんでした。父からは「キャッシュフローだけ見ていればいい」と言われたことが、今でも強く印象に残っています。

幸い、私は高校が商業系で簿記の知識がありました。月次の決算書を見て、改善すべき点を見つけ出すことができたのは、私の強みだったと言えます。

自動車一本からの脱却。多角化戦略で目指す「年商20億円」の壁

── 社長就任後、事業内容をどう変えましたか。

山村 変えないこととしては、ものづくりに対して誠実であること、そしてお客様からの信頼を守ることです。これは創業以来の根幹です。

一方で、大きく変えたのは事業のポートフォリオです。先代までは、特定のお客様との取引がほぼ100%という状態でした。

しかし、自動車業界の激変やコロナ禍を経験し、一本足打法の経営はリスクが非常に高いと痛感しました。そこで、自動車以外の分野へ積極的に進出することを決断しました。

── 具体的には、どのような分野に販路を広げているのでしょうか。

山村 現在は建機関係、工業部品、住宅設備、家電関係など、ありとあらゆる分野にチャレンジしています。前期からようやくその成果が出始めてきました。

私たちの強みは、長年培ってきた樹脂製品の加工・組立技術です。これを自動車以外の分野に転用することで、新たな価値を提供できると確信しています。

── 現在、第一フェーズのゴールとして「年商20億円」を掲げていますね。

山村 はい。ただ、正直に申し上げると、目標達成への道のりは簡単ではありません。私たちはまだ駆け出しの段階です。

現在の経営課題は、販路の拡大と認知度の向上です。技術力には自信がありますが、私たちの存在をまだ知らないお客様がたくさんいます。

「困りごとがあれば、東京濾器山村製作所に相談しよう」と真っ先に思い出してもらえる存在になることが、目標達成への近道だと考えています。

「Tier1」へのこだわり。信頼こそが持続可能な成長の源泉

── 自動車業界における「Tier1」(ティアワン。一次サプライヤーのこと)への昇格に言及していますが、その意図を教えてください。

山村 自動車業界では、私たちの規模でティアワンになることは非常に困難です。しかし、自動車以外の分野では、すでにティアワンとして取引しているメーカーもあります。

私がティアワンにこだわる理由は、単に売上や利益率を上げることだけではありません。中間マージンがなくなるメリットはありますが、その分、責任も重くなります。

真の目的は、メーカーのお客様から「ここに任せておけば大丈夫だ」という絶対的な信頼を勝ち取ることです。選ばれ続ける存在になることこそが、ティアワンの本質です。

── 信頼関係を築くために、大切にしていることは何ですか。

山村 お客様の困りごとに対して、真摯に向き合い、迅速に助けることです。弊社は小さな会社ですから、フットワークの軽さが武器になります。

何か問題が起きれば、すぐに現場へ駆けつけて話を聞く。技術的な裏付けを持って、その場で解決策を提案する。

こうした積み重ねが、信頼につながります。丸投げされるような難しい仕事も、私たちの技術を買ってくれている証拠だととらえ、喜んで引き受けます。

── 技術力とコミュニケーション力の両立が、山村社長のスタイルのようですね。

山村 お客様からは「本当に技術系の人なのか」と驚かれることもあります。職人は黙って背中で語るものだ、という古いイメージがあるからでしょう。

しかし、今の時代は技術があるのは当たり前で、それをどう伝えるかが重要です。冗談を交えながら世間話を楽しみ、その中でお客様の本音を引き出す。

仕事の話は1時間のうちのわずか1分かもしれませんが、その1分に全力を注ぎます。的確な回答を即座に提供できることが、私の最大の強みです。

EVシフトの荒波を乗り越える、プラスチック加工技術の新たな可能性

── 自動車業界は100年に一度の変革期と言われ、EV化が進んでいます。この流れをどうとらえていますか。

山村 一時期のEV一辺倒の流れは少し落ち着き、現在はハイブリッド車が見直されています。私たちにとっては、得意とする内燃機関系の部品が再び求められる時期が来ました。

しかし、長期的にはEV化が進むことは間違いありません。内燃機関系の部品だけでは、いずれ限界が来ます。

ですから、EVになっても必要とされる部品、たとえば内装・外装部品や、電装系の樹脂部品へのシフトを以前から進めています。

── 具体的な取り組みについて教えてください。

山村 バッテリーメーカー様など、新たな販路への営業活動を強化しています。EV化が鈍化しているとはいえ、将来を見据えたつながり作りは欠かせません。

私たちの技術変革は、第三のフェーズに入っています。第一弾が鉄からプラスチックへの転換、第二弾が自動車部品の高度化でした。

そして第三弾は、自動車という枠を超えた新たな部品の開発、あるいはEV時代に即した新技術の確立です。変化に合わせて自らを変えていく柔軟性が求められます。

── 変化を恐れず、常に先を見据えているのですね。

山村 危機感は常に持っています。しかし、それは同時にチャンスでもあります。

新しい技術や市場に挑戦するとき、現場で培った「現地現物」の精神が活きます。自分の目で確かめ、知識を付け加え、新たなものを作り上げる。

カリスマ的な経営者のような先見の明はないかもしれませんが、一歩一歩、確実に行動することで、未来を切り拓きます。

社員を「アスリート」と呼ぶ真意。プロ意識とチームプレーの融合

── 社員を「アスリート」形容していますが、この言葉にはどのような思いが込められているのでしょうか。

山村 アスリートは、表舞台では華やかに見えますが、裏では血の滲むような努力をしています。トレーニングを怠らず、常に自分を磨き続けています。

社員にも、プロとしての意識を持ってほしいという願いを込めています。見えないところで努力し、より良いものを作ろうとする探求心を持ってほしいのです。

また、アスリートが集まってチームを作るように、会社も一つのチームであるべきだと考えています。

── 組織作りにおいて、具体的にどのような工夫をしていますか。

山村 弊社には「課」や「係」という呼び方はありません。「グループ」と「チーム」という名称を使っています。

役職も、係長は「チームリーダー」、課長は「グループリーダー」と呼んでいます。言葉一つで、組織の雰囲気や意識は変わります。

一人で悩みを抱えるのではなく、チーム全体で共有し、助け合う。個人の成長がチームの成長につながり、それが会社の成長につながるという循環を作ります。

── 社員の反応はどうですか。

山村 うちの社員は非常にプロ意識が高く、新しいことへの適応能力も素晴らしいものがあります。未経験の人が入ってきても、短期間で技術を自分のものにします。

現場の管理職が厳しくも温かく指導している成果でもあります。私が現場のことを把握し、困りごとがあればすぐに相談に乗れる体制を維持していることも、一体感につながっています。

「どうすれば楽に、効率よく作れるか」という発想を大切にしています。その探求心が行動力に変わり、現場の改善を加速させます。

「同族経営は時代遅れ」。企業の価値を高めることが真の事業承継

── 将来の事業承継については、どのように考えていますか。

山村 私は「同族経営は時代遅れだ」と考えています。自分の子供や親族に無理に継がせる必要はまったくない、というのが私の持論です。

もちろん、継ぎたいという意思がある人がいれば別ですが、そうでなければ、会社の価値を認めてくれる第三者に託す選択肢も当然あります。

大事なのは「誰が継ぐか」ではなく、「会社が世の中に存在し続ける価値があるか」です。

── 企業の価値を高めることが、承継の準備になるということですね。

山村 そのとおりです。後継者がいないから会社を畳むというのは、あまりにももったいない。そう思ってもらえるような魅力的な会社に育てることが、私の使命です。

借金まみれで仕事もない状態で渡すのではなく、多くのお客様から信頼され、伸びしろがたくさんある状態で次世代に引き継ぎたい。

「この会社を経営したい」と多くの人が手を挙げてくれるような、価値のある企業を目指します。

── 最後に、山村社長にとっての「経営の楽しさ」を教えてください。

山村 今は経営が楽しくて仕方がありません。自分のアイデアが形になり、お客様に喜ばれ、会社が成長していく過程を実感できるからです。

よくM&Aの話も耳にしますが、私は500億円を積まれてもこの会社を売りません。それほどまでに、この会社には可能性があると信じています。

これからも技術を磨き、信頼を積み重ね、東京濾器山村製作所の価値をいっそう高めます。次世代に誇れるものづくりを、これからも追求します。

氏名
山村 孝幸(やまむら たかゆき)
社名
株式会社東京濾器山村製作所
役職
代表取締役社長

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