元体操選手の南友介氏が、体育の家庭教師として一人で始めたビジネスの売り上げは、最初の2ヵ月でわずか2,000円だった。ポスティングを続けても反応はない。
ある日、チラシを手渡した母親から「家に来てもらうほどではないけれど、近くに教室があったら行きたい」と言われ、すぐにレンタルスタジオを借りて体操教室を始めた。
それがネイス株式会社の一号会員につながる。
高校時代にはアテネ五輪金メダリストの富田洋之、水鳥寿思と並んで日本代表に名を連ね、全日本選手権種目別で準優勝の実績を持つ。しかし南氏が目指したのは、体操選手を育てることではなかった。
子どもの頃、学校は叱られる場所だったが、体操だけは認めてもらえる場所だった。その原体験が、「行きたくなる場所=サードプレイス」というビジョンの礎になっている。
2026年6月、体操教室業界で初となる株式上場を果たしたネイスは、国内190校超の教室を500店舗へ拡大しつつ、マレーシアを足がかりにASEAN展開にも乗り出す。創業16年、「夢中体験を次々と。」を掲げる南氏に話を聞いた。
企業サイト:https://neis.co.jp/
目次
「怒られる場所」だった学校と、「認めてもらえる場所」だった体操
── 創業の原点について教えてください。最も突き動かしたものは何だったのですか。
南氏(以下、敬称略) 私はジャッキー・チェンに憧れて体操を始めました。今のネイスの事業コンセプトにもつながっているのですが、「行きたくなる場所を作る」というのが、私たちの使命です。
小学校の頃、学校は私にとって怒られる場所でした。一方で、習っていた体操はむちゃくちゃ楽しくて、すごく褒められる場所だった。今振り返ると、「認めてもらえる場所」が私の原点だったのだと思います。
体操に夢中になって、好きこそものの上手なれで、気がつけば高校時代にはアテネ五輪金メダリストの富田洋之、水鳥寿思と並んで日本代表に選ばれました。三人で「俺たちはオリンピックの代表候補だね、一緒に行こう」と語り合っていたのですが、大学に入ると彼らとの差がどんどん開いていきました。
── オリンピックには届かなかったわけですね。
南 怪我もありましたが、正直に言うと、あの頃はもう体操が好きじゃなくなっていたんです。
今なら理由が分かります。私は彼らを見て練習していた。「彼らより遅く練習を終わる」「彼らに負けない」と。
でも、オリンピックに行く人間はそうじゃないんですね。自分がいかに上手くなりたいか、純粋にそれだけで動いている。
イチローさんが子どもに「努力は報われますか」と聞かれて、「自分で努力だと思っていたら結果は出ないんじゃないかな」と答えていましたが、これもすごく分かります。夢中でやっていることを、本人は努力だと思っていない。
この経験が、今のネイスのミッション「夢中体験を次々と。」の核になっています。
売上2,000円からの出発——体育の家庭教師から体操教室が生まれた瞬間
── 引退後、会社員を経て29歳で独立したそうですね。
南 体操しかやってこなかったので、最初は恩師の紹介で就職しました。どうしようもない社会人でしたが、競争馬としてずっと走ってきたので、競い合うこと自体は楽しかった。営業という仕事が面白くなって、お客様に喜ばれて成績も上がる。仕事は好きだったんです。
ただ、会社で働くということがどうしても難しかった。毎朝9時に出社して6時まで拘束される生活に耐えられなくて、自分でフィールドを作ったほうがいいと思い、29歳で飛び出しました。
── 最初から体操教室を考えていたのですか。
南 いいえ、まったく。当時はサードプレイスどころか、ファーストプレイスすら怪しい状態でした。まず飯を食わないといけない。自分に何ができるかと考えて、体育の家庭教師として始めました。身一つでお宅にうかがえば、フィーをいただけるだろうと。
ところが2か月やって上がった売り上げが2,000円。さすがにやばいぞ、と。
転機は街頭でチラシを配っていたときに訪れました。あるお母さんに渡したら、いぶかしげな顔をされて「体育の家庭教師に来てもらうまでではないけれど、先生、どこかで教室やってないの?」と。行ってもらうのではなく、あったら行きたいという声が、営業の感覚からすると真逆だったんです。
すぐにレンタルスタジオを借りて「体操教室始めました」とチラシを出したら、そのお母さんが来てくれた。その方がネイスの一号会員です。
「体操選手は育てない」——心を育てるサードプレイスのコンセプト
── 社長の経歴であれば、選手育成コースを求める声も多かったのではないですか。
南 むちゃくちゃ多かったです。「選手クラスを作ってください」という親御さんからの要望は絶えませんでした。でも私は頑なに作りませんでした。
体操には感謝しています。でも、体操選手を育てたいかというと、そうではない。心を育てたい。「自分はできるんだ」と思ってもらいたい。
自分自身の経験として、体操に夢中だった頃に育んでいただいた自己肯定感が、今こうして楽しくチャレンジできている礎になっています。
だからこそ、当時の南少年が「あそこに行きたい」と思っていたような環境を作ろうと考えました。本格的に体操をやりたいお子さんには、近くの専門教室を紹介しています。
── 「夢中体験」を生む仕組みとして、オリジナル器具の開発にも力を入れていますね。
南 私自身、学校の体育は好きでしたが、運動器具をみてワクワクする感覚はあまりなかった。なので、ネイス体操教室の器具は、色はカラフルで素材は当たっても痛くない強化スポンジとなっています。見てワクワクする・安心して挑戦できるということが、夢中になる入り口です。
教室内の器具の9割はオリジナルで開発しています。象徴的なのが虹色のエアートランポリン。カラフルな世界観が広がる教室を、ショッピングセンターの中に置いているのもそのためです。
── 出店立地の9割がショッピングセンターというのは、意図的な戦略ですか。
南 はい。お客様は二人います。一人は親御様です。何か習い事をさせたいと思いながらも、子育て中は本当に忙しい。親御様の生活動線上に教室があることで、「あ、ここにあるじゃない。やらせたかったのよね」となる。
もう一人のお客様はお子さまです。体操教室に通いたいと最初から思っているお子さまはほとんどいません。でも、親御様と買い物に来たときに、ガラス越しにカラフルな教室で同じくらいの子がキャッキャとトランポリンを跳んでいるのが見える。「ママ、あれやってみたい!」と言ってもらう。これがまさに、会員になっていただけるきっかけなんです。
コロナ禍の初赤字と「体操教室なんかに就職するな」が火をつけた上場への決意
── IPOは体操教室業界初だとか。上場を決意した経緯を聞かせてください。
南 もともと上場するつもりはなかったんです。店舗が増えて「上場を狙っているんじゃないか」と言われても、「選べるくらいの規模にはなりたいですね」としか答えていませんでした。
決意したきっかけはコロナ禍です。2020年の緊急事態宣言で、ショッピングセンター内の25店舗がすべてクローズしました。創業以来ずっと増収増益を続けていたのに、初めての赤字を経験した。「ネイスはつぶれるぞ」と言って辞めていく社員もいました。
一方で、残ってくれた社員には本当に感謝しています。体操教室というものをもっとちゃんとした会社にしたい、という思いが芽生えました。
実はそれ以前にも忘れられない出来事がありました。内定を出した女性から突然辞退の連絡があり、理由を聞くと「行きたいと思っているけれど、親に『体操教室なんかに就職するな』と言われました」と。
たしかに、自分が親だったら子どもが体操教室の会社に入ると聞いたとき、「どんな会社なの?」と心配する気持ちは分かります。そこで、ちゃんと会社にしようと。コロナの悔しさとこの記憶が重なって、2021年に上場を決断しました。
── 上場準備では何が最も大変でしたか。
南 お恥ずかしい話、最初はIPOのことを「イポ」と読んでいましたし、CFOが何かも知りませんでした(笑)。
大手の監査法人には断られ、今回初めてIPOを手がけるという、そうせい監査法人に入っていただいた。当時の会社は「動物園みたいだった」と今では笑い話にしていますが、管理面の整備は本当に苦労しました。
結局N-2をもう一度やり直すことになり、約4年半かかりましたが、2026年6月に上場を果たすことができました。
国内500店舗、そしてASEANへ——少子化時代のネイスの成長戦略
── 少子化が進む中で、成長の余地をどう見ていますか。
南 中期目標として500店舗を掲げています。体操教室自体は四桁の規模までグロースできると考えていますので、500はあくまで中間地点です。
ただ、15年、20年という単位で見れば少子化の影響は確実に出てきます。そのために、上場前からアジアへの展開を準備してきました。すでにマレーシアに子会社を設立しています。
── なぜマレーシアだったのですか。
南 絶対にマレーシアでなければならなかったわけではありません。ASEAN各国を検討する中で、すでに体操教室という習い事が存在していたこと、そして国内でもお世話になっているイオンモールがマレーシアで40年以上の実績を持っていたことが決め手になりました。
マレーシアのイオンモール本社がある施設で、良い区画をいただけたことも大きかった。インドネシア、タイ、シンガポール、台湾なども可能性があると考えており、これからの海外展開が楽しみです。
── 国内では、体操教室以外の事業展開も構想していますか。
南 縦軸の拡大として、中学生向けの教室を考えています。中学生になると部活や塾が始まり、運動の習い事からは離れていきます。そこで文化系の要素も取り入れた教室展開を新規事業として検討しています。
M&Aも視野に入れています。体操教室同士の統合だけでなく、デジタルやAIの領域など、「サードプレイス」をより良くするものであれば業種を問わず検討します。軸はあくまで、行きたくなる場所をいかに作っていくか。そこに尽きます。
── 最後に、ネイスがこれから果たしていきたい役割について聞かせてください。
南 私たちの教室、サードプレイスを広げていくことが、社会に良い影響を与えると信じています。「ネイスがあってよかった」と思っていただけるような、教育のインフラのような存在を目指していきます。
上場はスタートラインにすぎません。16期、17期、18期と続いていく中で、たまたま大きな節目があったというだけの話です。事業を着実に伸ばしていくことで、期待にお応えしていきたいと考えています。
- 氏名
- 南 友介(みなみ・ゆうすけ)
- 社名
- ネイス株式会社
- 役職
- 代表取締役CEO

