IT業界の客先常駐という働き方に、長年疑問を抱き続けてきた経営者がいる。CLINKS株式会社代表取締役の河原浩介氏だ。
早稲田大学を卒業後にマツダへ入社し、32歳でエンジニアへ転身。2002年、自宅の一室で同社を創業した。以来、自社開発のツールで本社チームと常時つながりながら働く独自のリモート型SESモデル「RES」や、未経験者を育てる研修体制を築いてきた。
現在は社員1290人(2026年6月時点)まで成長し、2024年には「AI DRIVEN COMPANY」を宣言して企業ロゴを刷新。同年10月には法人向け生成AIプラットフォーム「ナレフルチャット」の提供を開始し、1200社以上に利用されている。さらに音声対話型のAI営業支援エージェント「ナレフルブース」を2026年8月に公開するなど、自社プロダクトの開発にも力を入れている。創業からの歩みとAI時代における経営判断について、河原氏に聞いた。
企業サイト:https://www.clinks.jp/
目次
課長になるまで何年かかるのか。マツダを飛び出し、32歳でIT業界に入るまで
── マツダに入社した当初、社内ではどのような課題を感じていましたか?
河原氏(以下、敬称略) 新入社員が「こういうことがやりたい」と言えるようになるまで、当時はかなり時間がかかる状況でした。
社内を見渡すと、それを実現するには課長になるしかないと感じましたが、一般的に課長になるまでには長い年月がかかります。自分がやりたいことを言える立場になるまで、時間がかかりそうだと悩んでいました。
当時はメーカーということもあり、転職する人自体が少なく、採用数も離職者も少ない環境でした。どうしようかと悩んでいたのは20代の終わりごろです。
そんな中、バブル崩壊という社会全体の大きな変化があり、これを機に自分自身のキャリアを見つめ直し、転職してみようと考えたのです。
── そこから、なぜIT業界に飛び込んだのですか?
河原 最初はIT業界ではなく、ガソリンスタンドのマーケティング会社に転職しました。そこで働きながら独学でパソコンを勉強していたのですが、どうしてももっとパソコンを使った仕事がしたいと思うようになり、32歳のときに知人の紹介でエンジニアとして転職をしました。そこからIT業界に入っています。
きっかけはマツダ時代にありました。
マーケティングデータを扱うために汎用機の端末でプログラムを組んでいたのですが、初めてコンピューターに触れたとき、これはすごいものができるのではないかと感じたのです。それからコンピューターに興味を持ち、自分でパソコンを買って勉強するようになりました。
── 2002年に創業を決めた、最も大きなきっかけは何ですか?
河原 IT業界の仕事自体はとてもやりがいがあり、楽しく働いていました。
ただ、以前から業界の先輩社員に元気がない人が多いと感じていて、その理由は客先常駐という働き方に大きく起因していると思っていました。お客様先に行ったきり、会社に戻ってこない人もたくさんいて、コミュニケーションの面でもっとやれることがあるのではないかと考えるようになったのです。
自分でやりたいことをやるにはリスクを取る必要があると思い、それが会社を立ち上げようと思った一番大きなきっかけです。
── 創業のきっかけはほかにもあったのですか?
河原 もう一つは、前職での経験です。働くなかで、会社の規模や知名度にかかわらず、会社名よりも個人としてのエンジニアの経験や知見のほうが、このIT業界では活躍できるのだと感じていました。
それまで自分が積み重ねてきた経験であれば、一人でも生かせるのではないかと思ったことも、後押しになりました。
「常駐をなくす」のではない、CLINKS独自の在宅ワークをつくった発想
── 業界に先駆けてテレワークを推進しています。常駐させない方針を打ち出した当時、社内ではどのようなやりとりがありましたか?
河原 誤解のないように正確に説明すると、常駐させないという考えを持っているわけではありません。仕事の内容によっては客先でないとできないこともあり、特にセキュリティ面では制約が多いため、常駐という働き方自体は必要なものだと考えています。
同じ常駐という働き方をするのであれば、自宅で勤務できるほうが通勤時間も節約できて効率も上がるだろうというのが、テレワークを始めた一番大きな理由です。
私自身、最初は自分の部屋で会社を始めていますから、この業界であれば遠隔で仕事をすることは十分に可能だと考えていました。
もう一つの理由は、当時どうしてもエンジニアが足りなかったことです。以前エンジニアをしていた主婦の方や、地方で家族の介護等をしながら働きたい方にとって、リモートであれば働ける機会を十分に提供できると考えました。
── 在宅勤務では生産性の低下を懸念する声もあります。管理体制ではどのような工夫をしているのですか?
河原 最初は上司側からリモートは難しいという抵抗も大きくありました。
そこで、オフィスにいるのとあまり変わらない環境をリモートでも実現できれば、十分に仕事はできるはずだと考え、常に同じグループのメンバーが画面や声でつながっている仕組みを用意しました。
── この仕組みは河原代表が主導して作ったのですか?
河原 弊社には在宅専門部署のTBE(テレワークビジネスエッセンシャル)事業部があり、この仕組み自体は社員が自分たちで作ったものです。会社に出社しているときは常に誰かの視線があっても違和感を覚えないのに、在宅でオンライン会議のように常に見られていると、なぜか圧力を感じてしまう。
そこで、リアルタイムで部内に画面を共有しつつも、セキュリティ面を考慮してぼかしをかけるなど、在宅ならではのストレスから解放できるような工夫を重ねています。また、出社時と同じように気軽に他の人へ話しかけられるよう、ワンクリックで通話できる機能も用意しています。実際に在宅で働く社員自身が作っているからこその強みだと思います。
未経験8割を育てる研修と、AIで挑む離職率改善
── 社員の約8割がIT未経験からのスタートだと聞いています。この育成の仕組みを作り上げるまでに、最も苦労した点を教えてください。
河原 私自身、異業種からこの業界に未経験で移ってきた人間です。以前は、未経験者に仕事などできるわけがないと考えられていましたが、実際にやってみるとそんなことはなく、経験の有無よりも本人の能力とやる気のほうが、アウトプットを大きく左右します。
そこで、未経験でもやる気の高い人であれば短期間で成長できるという確信のもと、会社を起こして数年後には1カ月の研修スキームを作りました。これが会社の強みになったと思います。
── CLINKS検定やアニキアネキ制度(注)は、河原代表が作り上げてきたのですか?
河原 いいえ、私が作ったわけではなく、社員のアイデアで生まれた制度です。
(注:CLINKS検定は、社員が最低限身につけるべき技術や知識を対象とした独自の社内検定。アニキ・アネキ制度は、新卒社員に1年先輩の社員がつくメンター制度。新卒社員5人と先輩社員5人の10人でチームを編成し、活動費用は会社が負担する)
── 御社は月平均所定外労働10.4時間(2025年度)という数字を公開しています。これを維持するために、現場ではどのような工夫をしているのか教えてください。
河原 私は昭和世代のIT業界で育っていて、残業200時間が当たり前という環境で仕事をしてきました。それが当たり前ではないと考え直すきっかけになったのが、国による働き方改革の本格化です。36協定の遵守が経営者に強く求められるようになったこともあり、残業の管理を根本から見直しました。
現在は自社で開発した勤怠管理システム「キンクラ」を社内でも使い、残業時間や36協定に抵触しそうな状況をリアルタイムで上司が把握できるようにしました。残業が多くなっている社員がいればすぐに会議で本人に伝える仕組みにしてから、残業はずいぶん減ったと思います。
── こうした取り組みを重ねる中で、離職率が下がったという手ごたえはありますか?
河原 正直なところ、ありません。昔と比べて離職率が大きく変わったかというと、この業界の流動性は非常に高く、今もっとも大きな課題として取り組んでいるところです。
── 直近ではどのように取り組んでいるのですか?
河原 いくつか課題を出していて、一つは1on1ミーティングの精度をAIでもっと上げてみようというものです。もう一つは、AIを使って週報を分析し、離職予兆が出ていないかをチェックして上司に伝わるようにする「シグミル」という仕組みです。今年度から運用を始めました。
ChatGPT登場で訪れた4つ目の転換点、ロゴを変えてまで社員に伝えたかったこと
── 2024年、AI DRIVEN COMPANYとして企業ロゴを刷新しています。この転換のきっかけを教えてください。
河原 ChatGPTが登場したときのインパクトは非常に大きく、世の中がまた変わるだろうと感じました。IT業界にいる中で、これまでにもいくつか大きな転換点がありました。
まずはWindows95の発売によってパソコン同士がつながり、ネットワークで仕事ができるようになったこと。次にインターネットが普及し、知識の差がなくなってきたこと。そしてスマートフォンの登場です。生成AIは、それに続く4つ目の転換点だと考えています。
エンジニアの仕事がAIに置き換わるという危機感は間違いなくあります。ただ、ITを使いこなせる人と使いこなせない人の格差はより広がるはずで、私たちエンジニアとしてはITを使いこなす側に回るしかないと決めました。
AI DRIVEN COMPANYという言葉には、社員に向けた気持ちのほうが強く込められています。AIを使わなければ仕事がなくなるという危機感を持ってほしいですし、AIを使うことで今の仕事の効率が5倍、10倍になれば、エンジニアの仕事がなくなることはないと思っています。
── 受託が中心だった収益構造から自社プロダクトへ、意図して転換したのですか?
河原 それ以前から変えようと思っていたわけではありません。自社サービスへの取り組み自体は昔から続けていて、結果が出たか出ないかの違いだと思っています。ナレフルチャットは今かなり大きな実績が出ているので、自然と割合が大きくなっているというのが実態です。
自社サービスのほうが体制も組みやすく、一人当たりの売り上げも高いのは間違いないので、より効率の高いほうへ少しずつシフトしているところです。受託と自社サービスを分けて考えることは、あまりしていません。
── 自社プロダクトの開発体制はどうなっているのですか?
河原 一昨年、AIの研究開発を担う部門を作りました。もともとは、先ほどの1on1ミーティングのファシリテーターのようなアプリを作ってほしいというリクエストがきっかけです。それ以外の新しいサービスについては、各部署が計画している内容を持ち寄り、月に1回ほど私も参加してミーティングをしています。その中で、予算をつけて進めるものと、方向を変えるものを決めています。
20年以上の経営で気づいたこと
── 社内では生成AIの教育にも力を入れているのですか?
河原 はい。一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が実施している生成AIパスポートについては、企業として全国で初めて合格者1000人を突破しました。現在は1100人を超えています。社内では定期的に専門家を呼んで話を聞く勉強会も開いています。今後さらに上位の資格をどう取得するか、そのためにどんなカリキュラムが必要かは、教育の専門部署に検討させているところです。
── 企業理念の一つに「日本中のエンジニアを元気にする」を掲げています。この理念に込めた本来の意味を教えてください。
河原 この理念を掲げたのは、あくまで客先常駐という働き方の改善という意味です。もっといい環境で働いてほしいという思いを込めています。ただ、言葉の意味は時代によって変わればよく、さらにどうしたら元気が出るかを考え続けたいと思っています。給料をはじめとした待遇の面でも、まだまだ足りない部分は多く、これからも取り組む必要があります。
── 20年以上、経営者を続けてきて、気づいたことはありますか?
河原 優秀な経営者ほど、仕事を部下やメンバーに任せるのが苦手で、何でも自分でやってしまう傾向があると感じています。自分が優秀であるより、社員が優秀なほうが会社は間違いなく伸びます。もし会社の成長に悩んでいる経営者がいれば、思い切って社員に任せてみるとよいのではないかと思います。
── 8月にナレフルブースというサービスを公開しましたね。
河原 はい、これはできた瞬間に、大きな可能性を確信したサービスです。要は、話しかけるだけでAIが一次接客を行う音声対話型の営業支援AIエージェントです。
日本の多くの企業の営業の現場では、パワーポイントを使ってお客様に説明していると思います。それをAIがサポートするサービスです。
従来の同様のシステムと比べて、本当に会話をしている感覚で使えるようにすることに力を入れました。正式公開に先立って無料トライアルも予定していますので、ぜひ多くの方に使っていただきたいと思います。
- 氏名
- 河原 浩介(かわはら こうすけ)
- 社名
- CLINKS株式会社
- 役職
- 代表取締役

