私はこの4月に育休から復職した。「保育園落ちた」というブログが話題となったように、保育園の確保は本当に大変だった。改めて強調したいのだが、東京をはじめ都市部の保育園事情は非常に厳しい。
私自身も待機児童の多い激戦区に住んでおり、認可保育園(*1)の不承諾通知を受け取った一人だ。認可に落ちた私がなぜ復職できたのかというと、出産前から認可外の保育園を予約していたからだ。今、激戦区で保育園を確保するには事前の「保活」が必須だ。
保活とは、子どもを保育園へ入れるために保護者が行う一連の活動のことだ。保活には、もちろん保育園の見学といった心和む活動も含まれるが、希望者が定員を大幅に上回る都市部では、限られた枠を勝ち取るための情報収集と涙ぐましい努力という意味合いが強い。保活の大目的は、保育料が安く保育の質が均一な認可保育園へ子どもを入れることだ。
認可保育園は保育の必要度・緊急度の高い家庭から順に決まる。保護者は少しでも選考に有利になるように、就労時間を延ばしたり、復帰時期を早めたり(実質4月復帰以外は選べない)(*2)、予め認可申請時期よりも前に認可外へ預けた実績を作ったりもする(より緊急度が高いと判断され加点される)。
また、保育園へ入りやすい地域へ引っ越したり、祖父母との近居は減点対象となるために隣町へ引っ越すこともあるという。さらに、非常に稀ではあろうが、一人親による加点を狙って書類上の離婚をするという話を聞いたこともある。
これらの加点・減点の内容は役所のホームページに概ね公表されているが、同点の場合の判断基準(実際、多くの世帯が同点で並ぶ)や、昨年は何点の世帯までが入れたのかといった前年の状況は必ずしも公表されていない。
よって、役所の担当窓口を訪問して細かな比較条件を聞き出したり、ママ友ネットワークを駆使して情報収集にあたり、自分がどれくらいの位置にいるのかを探る。並行して、認可保育園へ入れなかった時に備えて認可外保育園も確保する。人気のある保育園は、あっという間に50人待ち100人待ちとなるため、出産前から動いた方が無難だ(つまり行動として認可保育園に関わることより先となる)。
ざっとこれらの作業を、大抵の家庭では育休中で乳児を抱えた母親が担当している。乳児をかかえての情報戦や席の少ないイス取りゲームは母親達を疲弊させる。
そもそも、なぜ働きながら子を育てている仲間同士で席を取り合わなくてはならないのだろうか。
現在、我が国は高齢化・人口減少に苦しんでいる。政府は将来の労働力不足を憂い、女性の活躍促進を打ち出した。内閣府「男女共同参画白書平成27年版」によれば、女性の力を「我が国最大の潜在力」とし、直近の労働力として期待するとともに、女性が働きながら子を生み育てやすい環境を整備することで、将来の労働力も確保していく。さらに、女性の力を労働力にとどまらず、「企業活動、行政、地域等の現場に多様な価値観や創意工夫をもたらし、(中略)社会全体に活力を与えるもの」と位置づけている。
保育園を確保できなかった母親達は、育休を延長できなければ仕事を辞めることになる。また、先の見えない保育園争奪戦を前に、そもそもイス取りゲームに参戦せずに仕事を辞めてしまうケースも少なくない。つまり、皮肉なことに、現在、政府は働く女性を増やそうとしていると同時に、子育て世代では仕事を辞める女性も増やしているのだ。
今回の「保育園落ちた」ブログの影響は大きく、自民党が「待機児童問題等緊急対策特命チーム」を発足するに至った。
しかし、待機児童問題の解消や潜在的保育需要への対応は、既に第二次安倍政権発足時の成長戦略にて、女性の労働力率を高める上で「喫緊の」課題としてあげられていたはずだ。今回のような起爆剤なしでは遅々として進んでいかない現状を見ると、やはり子育て関連に向けた費用や労力が全く足りていないと痛感する。
近年の日本の社会保障費用の内訳を見ると、支出全体は毎年増加しているにも関わらず、「家族」に当てられる支出は2011年:6.4兆円、2012年:6.2兆円、2013年:6.1兆円億と減少している(*3)。
一方、高齢者に向けた支出(社会支出のうち「高齢」)は2011年:52.1兆円、2012年:53.6兆円、2013年:54.6兆円と桁違いに多く、しかも増加している。また、制度や状況の違いから単純な比較はできないが、先進諸国の状況を見ると、日本は高齢者に向けた支出が多く、家族関連の支出が少ない印象が強い(表1)。
人口減少に危機感を持ち、女性の活躍促進を強く推し進めるのであれば、合わせて歳出の抜本的な見直しも必要だ。
(*1)児童福祉法上は「保育所」という表現が正しいが、本文では分かりやすさのため「保育園」で統一したい。なお、自治体での名称は「○×保育園」とされることも多い。
(*2)激戦区では年度途中での保育園の空きはほぼ無いため、実質4月復帰以外はあり得ない。また、定員は少ないが前年度からの持ち上がりのない0歳からの方が、定員は増えるが持ち上がりのある1歳より入りやすい地域もある。
(*3)国立社会保障人口問題研究所「社会保障費用統計」
久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部
准主任研究員
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