「売れないから出さない」では市場からジャンルが消える
――御社と他のレコード会社との最大の違いはどこにあるのでしょうか?
井上 皆さん、驚かれるのですが、当社は毎月40~50枚のCDをリリースしています。社員数に対してかなり多い。レコード会社の常識を超えた数です。これは、普通なら2,000枚しか売れないCDはリリースしないのに、当社はリリースしているからです。
たとえば、テレビアニメの劇伴(劇中音楽)も、新しいアニメ作品ができるたびに制作し、リリースしています。劇伴をパッケージにして発売することなんて、テレビドラマならよほどのことがないとしませんよね。
中にはイニシャル(初回出荷枚数)が300枚くらいのものもあります。それでも、アニソンだけをやっている当社としては、リリースすることが任務なのです。そうしなければ、アニメのサウンドトラックという存在自体が市場からなくなってしまうかもしれないからです。そうなると、良い劇伴を作る作家がアニソン業界に来なくなる。作曲家や作詞家には、自分が作った音楽が常にCDになることで、「もっと良いものを作ろう」「新しい挑戦をしよう」と思ってもらわなければならないのです。
――300枚で採算は取れるのですか?
井上 全然取れません。単品ではなく、アニメ作品全体として、あるいは会社全体として採算が取れればいいのです。
アニソンアーティストでもイニシャルが2,000枚くらいの人は多くいます。それでも、CDを出していくことが必要。編成会議でも、たくさん売れるかどうかは一番大きな議題にはなりません。
――配信だけではダメですか?
井上 みんな、ジャケットの写真を撮ったり、「CDを出しました」と手渡ししたりしたいんですよ(笑)
――上場企業のグループ会社ですから、利益へのプレッシャーも強いと思いますが。
井上 結局、当社だけが良くてもダメなんです。アニソン業界全体を盛り上げて、アニソンのスーパースターが生まれてくる環境を作らないと。
――確かに、レコード会社の壁を越えた楽曲作りも盛んに行なわれていますね。
井上 横のつながりは強いと思います。今、アニソンはブームだと言われています。ということは、いずれブームが去ると思われているのでしょう。けれども、ブームで終わらせてはいけない。そう思っている人が多い業界なのです。
――これからの事業についてもお聞きしたいと思います。直近の話題で言うと、大ヒットした『ラブライブ!』が終わって、新シリーズ『ラブライブ! サンシャイン!!』が始まりました。『ラブライブ!』と違って、今度ははじめから(今年7月から)テレビアニメも放送しています。
井上 垂直立ち上げですね。『ラブライブ!』から変わらず応援していただいて、パッケージの売上げも順調です。
『ラブライブ!』のときはライブをするまでに時間がかかって、その間、ずっとCDは出し続けていましたから、ライブをするだけの曲数は十分に用意できました。『ラブライブ! サンシャイン!!』の初めてのライブは、来年の2月25日・26日に横浜アリーナで行ないます。時間がありませんから、今、頑張って曲を作っているところです。その曲にアニメーションとリンクしたダンスがついて、キャストの方々は日夜、ダンスの練習をしています。新たにダンス練習スタジオを二つ作りました。
――これからのための施策として、他に何をされていますか?
井上 今、ライブ市場は右肩上がりですよね。アニメ・ゲーム関係のライブも伸びていて、売上げも本数も10年前の10倍くらいになっていると思います。「なんでだろう?」と考えていたんですが、こういうことだと思います。
以前は、アニソンのライブというと、一人か二人で来られる方がほとんどだった。ちょっと友達を誘いにくかったと思うんです。でも今は5~6人の友達と一緒に来られる方も多い。10人くらいで来られる方もいます。それで動員数が増えているのではないでしょうか。これは、気軽に「ライブに行こうよ」と友達を誘える存在に、アニソンがなったということでしょう。
こうなれば、あとは、どれだけアーティストがパフォーマンスを高めて、ライブのクオリティを上げるか、です。クオリティを高めれば、お客様の満足度が高くなる。そうすると、アーティストも「もっと良いパフォーマンスをしよう」という気になるし、「良い音楽を作ろう」という気になる。この循環を作らなければならないと思っています。
そのために、アーティストのマネジメントやライブの運営、音響機器のエンジニアリングなどを、それぞれの専門家がするようにして、アーティストが存分に活躍できる環境を整える施策を打っています。当社の子会社としてハイウェイスターというプロダクションを設立したのは、このためです。
他のレコード会社では、社内に新たにライブ事業部を立ち上げて、それまで他の仕事をしていた社員を配置転換することもあるようですが、それよりもそれぞれの専門家に任せたほうがいいように思うんですね。
海外でのライブやイベントもやっています。これが、今、最も力を入れているところです。2008年から海外でのライブ活動を積極的にしていて、さらに成果を出すために海外事業において〔株〕アミューズと業務提携をしました。年間30本くらい、アミューズの方々と一緒に、海外でライブやイベントをしています。
――海外でもアニソンは人気なのですか?
井上 7月にロサンゼルスで行なった『Anisong World Matsuri "祭"』には、トータルで1万8,000人のお客様に来ていただけました。台湾、香港、上海、韓国などのアジア地域は、全国ツアーの中に普通に組み込んでいるくらい、頻繁に公演をしています。ヨーロッパについては、アミューズランティス・ヨーロッパ(AmuseLantis Europe S.A.S.)という会社を立ち上げて、日本の音楽を広めていく拠点にしています。
海外展開は、現地のファンと触れあうライブを基本としながら、さらに、正規ルートで映像や音楽を配信したり、アニソンアーティストやアニメ作品のグッズをきちんと流通させてビジネスとして成立させたりするところまでを見据えてやっています。
――日本についてはどうでしょうか?
井上 今、アニソンに興味を持ってくれいている若い人たちがどんどん増えていますよね。当社の新卒採用への応募数でも、それを感じます。そうした人たちにアニソンへの熱意を持ち続けてもらって、良い作品を作り続けてもらうための環境を整えることが、一番大切だと思っています。
2011年に水樹奈々さん(キングレコード所属)が初めての東京ドーム公演をしたとき、業界を挙げて応援をしなければならないと考えて、当日はもちろん、近い日程では、当社はライブをやらないようにしました。お客様が分散しないようにしたのです。まさに、スーパースターが生まれる瞬間でしたから。これからは、水樹奈々さんに続くスーパースターを生むことが、この業界にいる者の使命だと思っています。
盛り上がりを次の世代へと継続させるために
「アニソン」というジャンルを確立し、盛り上げてきた立役者である井上氏。ベンチャー起業家であり、ミュージシャンでもあるというプロフィールから、ギラギラした尖った人なのだろうかとも想像していたが、実際は人当たりの良い柔和な方だった。「かつてバンダイさんとアミューズさんの合弁会社にいた僕が立ち上げた会社が、今はバンダイナムコグループに入って、アミューズさんとも一緒に仕事をしているなんて、不思議ですよね」と、少し関西訛りの口調でしみじみと語る。
とはいえ、将来に向ける視線は鋭い。アニソンの盛り上がりを次の世代に引き継ぎ、スーパースターを生み出し続けるための環境整備や、さらなる海外進出のための素地作りなどを精力的に進めている。
そして、自身が現役を退いたあとのことまで考えて、布石を打ちつつある。任せられる仕事は社員に任せ、編成会議にも2年ほど出席していないという。バンダイナムコグループ入りにも、事業の安定性や継続性のためという目的もあるようだ。
実際に井上氏が引退するまでには、まだまだ時間があるだろう。その間に、どんなアニソンのムーブメントを起こすのか。そして、井上氏の後を継ぐ人たちは、どんな音楽シーンを作り出していくのか。きっと絶え間ない興奮を与えてくれるものと期待している。
井上俊次(いのうえ・しゅんじ)〔株〕ランティス代表取締役社長
1960年、大阪府生まれ。ロックバンド「レイジー」「ネバーランド」のキーボーディスト、音楽プロデューサーを経て、99年に〔株〕ランティスを設立、代表取締役社長に就任。2006年、ランティスがバンダイビジュアル〔株〕の子会社に。10年、新たに設立されたライブ制作会社〔株〕バンダイナムコライブクリエイティブの代表取締役を兼務。16年、マネジメントプロダクション〔株〕ハイウェイスターの代表取締役を兼務。(人物写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2016年9月号より)
【関連記事】
・
お菓子のスタートアップとして、業界に新風を吹かせる
・
シリコンバレーから世界のビジネスコミュニケーションを変える
・
ヒットコンテンツを最大限に盛り上げるために 〈1〉
・
名刺の「当たり前」を変え、出会いの価値を最大化する
・
<連載>経営トップの挑戦