「丸暗記」を卒業し「思考」中心の勉強をしよう
社会人になってからの勉強は、学生のときとはいろいろと条件が異なる。勉強に使える時間が少なかったり、暗記がなかなかできなくなっていたり、そもそも勉強しなければならない「目的」として、学んだことをアウトプットする必要もあったりするだろう。哲学者の小川仁志氏は、大人が何かを学ぶときには、「考える」ことが不可欠だと話す。教養から資格試験まで幅広く使えるその方法論について詳しくうかがった。
大人になったら「丸暗記」から脱却を
勉強といえば受験勉強のイメージから、いまだに「暗記」中心の勉強をしている人は多いのではないだろうか。「大人になってからは、思考を軸に置いた勉強をすべき」と話すのは、思考法や勉強法など多数の著書がある哲学者の小川仁志氏だ。
「私たちが受けてきた教育は、8割くらいが暗記でしたが、大人になれば勉強法を変えるべきです。なぜなら、丸暗記ができなくなってくるからです。私も大人になってから司法試験に挑戦しましたが、暗記中心のやり方ではどうしても覚えられず、挫折した経験があります。
学生時代の勉強との大きな違いは、大人には勉強する明確な目的や問題意識があることです。教養としての勉強も資格試験の勉強も、勉強する目的は仕事での実践です。
たとえば、40代くらいになって管理職になると、人や組織を動かさなくてはなりません。『なぜあの人は動いてくれないのか?』という問題に直面したとき、それをなんとかしようとするところから大人の勉強は始まります。
そこで人や組織を動かすための方法論を暗記しても、すぐに忘れてしまったり、例外的な場面では応用できなかったりします。何かを覚えて『知っている』ことよりも、学んだことを実際の問題解決にどう生かすかを『考える』ほうが結果的により早く習得できる――これが大人の勉強です」
あらゆる勉強に使える5つの哲学思考
では、大人の勉強ではどのように「考える」と良いのだろうか。考えるためのツールとして哲学の思考法を紹介してもらった。哲学とは、考えること自体を学問にしたものだが、中でも「疑う」「削ぎ落とす」「批判的に考える」「根源的に考える」「まとめる」の5つの思考が大人の勉強に活きてくるという。
「『疑う』とは、それまでの固定概念を捨て、さまざまな角度から情報を精査することです。そして、不要な情報を『削ぎ落とす』――必要な情報だけを整理することが求められます。
次に、『批判的に考える』、つまりその情報が本当に正しいかを検証します。
これらの思考法は、たくさんの情報が容易に手に入る現代において、本当に役立つものを見極めるために不可欠です。偏った考え方に固執するのではなく、多角的に知識を吸収する前提として役立つでしょう。
その次の『根源的に考える』は、ゼロから考え直すこと。『なぜこうなるのか』と根本的に考え直してみることです。大人の勉強にとくに重要なのは、この思考法かもしれません。なぜなら、日本の学校教育ではこの視点が抜けており、『そういうものだから』と割り切って習ってきたことが多いからです。
これに慣れてしまった人は、与えられた知識を表面的になぞるだけで満足してしまい、考えることが苦手な大人になってしまっています。しかし、『根源的に考える』ことは物事の本質を探究すること。あらゆる学習において、理解と知識を深めるために必要な考え方です。興味関心も深くなり、勉強が楽しくなる効果もあるでしょう。
最後の『まとめる』は、自分の考えを書き出して意識化することです」
この5つの思考を活用しながら勉強や読書をすることで、教養が養われていく。一方で、資格試験や英語などの実用的な勉強の場合にも、この考え方は有効だという。
「資格試験の勉強の場合でも、丸暗記するのではなくまず『考える』アプローチを取ってみることが、根本的な理解と学習のモチベーションアップにもつながると思います。
すべての範囲をこのように深く考えることは難しいかもしれませんが、基本の知識についてだけでも背景や原理まで深く考え理解していれば、応用問題についても、論理的に考えることで答えを導き出すことができるはずです」
スキマ時間で思考し考えを書き出してみる
忙しいビジネスマンが勉強する場合、本を読むにも効率的に読む必要がある。そこで活用したいのが入門書である。
「哲学書でも、いきなり古典を読もうとすれば、1年はかかります。まずは入門書で予備知識を得てから古典に進めば、1カ月程度で読めるでしょう。二冊も読むのは効率が悪いと思うかもしれませんが、途中で挫折せず思考を深めるには、入門書から入るのがお勧めです」
また、学習時間の確保も課題だ。ただ、学生時代とは異なり、「15分でもスキマ時間があれば、どこでも勉強できるのが大人の勉強」だと小川氏は話す。
「ポケットに文庫本を入れておけば、移動時間や待ち時間を使って読むことができます。また、落ち着いて本が読めない環境でも、思考することはできます。思考とは、インプットしたものをいかにアウトプットするかを考えること。
つまり、本を読んで『あー、よかった』で終わらせず、本の内容を自分の中に落とし込み、日々の問題にどう応用するかを考えることです。これが、先に述べた五つ目の思考の『まとめる』であり、学んだことを定着させるためにもっとも大事なことです。満員電車の中でもできるので、ぜひ実践してみてください」
「まとめる」うえで習慣化したいのが、自分の考えを文章に書き出すことである。
「本を読んで学んだことを、直接本に書き込んだり、ノートに書き留めておきます。学生時代のように、きれいに書く必要はありません。ノートがなければ、パンフレットの余白や紙切れに書いて、それをスマホで撮っておくのもいいでしょう。
思考の成果を書き出すことで頭の整理ができ、記録として残るし、見返すことで定着します。学んだことを仕事や生活に役に立てることこそが大事なのです」
小川仁志(おがわ・ひとし)哲学者、山口大学准教授
1970年、京都府生まれ。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。哲学者・山口大学准教授。米プリンストン大学客員研究員(2011年度)。商社マン、フリーター、公務員を経た異色の哲学者。商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。専門は欧米の政治哲学。
著書に『市役所の小川さん、哲学者になる 転身力』(海竜社)、『人生が変わる哲学の教室』(中経出版)、『アメリカを動かす思想』(講談社現代新書)、『7日間で突然頭がよくなる本』(PHPエディタース・グループ)、『超訳「哲学用語」事典』(PHP文庫)などがある。(取材・構成:前田はるみ 写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2017年2月号より)
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