要旨
中国における三大死因(都市部)は、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患であった。SARSの影響と推測される2002~2003年を除き、この15年間は死因の3項目に変化はない(順位の変更はあり)。加えて、三大死因のみで死亡数全体のおよそ7割を占めている。
中国では、不健康な食事や運動不足、喫煙、過度の飲酒などの生活習慣の改善により予防可能な疾患の死亡割合が、高所得国並みの80%に達している 。生活習慣に加えて環境汚染も大きな影響を与えていると考えられ、およそ4人に1人はがんで死亡している状態にある。
がんにおいて死亡数が最も多い3部位は、肺、肝臓、胃であった。
肺がんについては、中国では男性の喫煙率が52.1%と高く、女性は2.7%と低いが、たばこを吸わない女性の7割が受動喫煙に晒されている状態にある。また、男女とも喫煙(受動喫煙)、食事・飲酒、環境汚染などが危険因子と考えられる肺や消化器系の部位が上位を占めた。中国のがん5年生存率は日本のほぼ半分の30.9%であった。死亡率の高い、肺、肝臓、胃、食道とも日本の半分以下となっている。一方、女性の罹患率が高い乳腺、甲状腺では、5年生存率が日本、中国とも相対的に高かった。
中国における三大死因は、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患
2016年の中国における三大死因(都市部)は、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患であった(図表1)。図表1は、2016年時点での死因上位10項目について、人口10万人に対する死亡率の推移を示したものである。それによると、SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響と推測される2002~2003年を除き、この15年間はがん、心疾患、脳血管疾患が死因の上位3位を占めている。
都市部で、男性の29%、女性の23%が「がん」で死亡
また、死因別の死亡数割合をみると、三大死因のみで全体のおよそ7割を占めていることがわかる(図表2)。がん、心疾患、脳血管疾患、呼吸器系疾患などは、WHOの定義で、不健康な食事や運動不足、喫煙、過度の飲酒などの生活習慣の改善により予防可能な疾患と位置づけられている(1)。総称として、「非感染性疾患(NCD)」と呼ばれているが、中国では、このNCDの死因別死亡割合が、高所得国並みの80%に達している(2)。
中国では、上掲の生活習慣に加えて、大気・飲料水・土壌の汚染など環境汚染も大きな影響を与えていると考えられ、都市部において、およそ26%ががんで死亡している状態にある。性別では、男性の29%、女性の23%ががんで死亡している(3)。
特に、死因の首位であるがんについては、世界全体でみても罹患数、死亡数とも多い。中国の全国腫瘍登記センターの推算によると、2015年、中国において新たにがんと診断されたのは429万人、死亡数は281万人で、いずれも世界の3割を占めた。中国は、罹患数、死亡数でも世界最大規模のがん大国である。
ただし、国によって、人口規模や高齢化の度合いが異なる。参考までに、GBDによる高齢化の影響を除去した、がんの人口10万人あたり年齢調整死亡率(2015年)を見ると、中国は228カ国・地域のうち、38位(日本は158位、アメリカは82位)と高く、生活習慣や環境などの影響が大きいことが推察される(4)。
がんの死亡率が高い理由について、国家がんセンターは、(1)がんの予防、(2)がんの早期発見、(3)がんの治療方法、(4)正しい情報や知識の普及啓発において課題があるとしている。中国では、国による食生活の指導などがん予防の対策が進んでいない上、定期健康診断は法律で義務付けられていない(5)。よって、がんの早期発見が難しく、発見されたとしても高額な医療費や治療方法・技術の問題から治療がうまく進まないケースも多い(6)。
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(1)『中国衛生・計画生育統計年鑑(2016)』によると、2015年、都市部における死因構成において悪性新生物は、男性が29.11%、女性が22.77%であった。全体(男女合計)では26.44%であった。
(2)NCDは、世界全体で死亡原因の70%を占めている。ただし、低所得国では37%、高所得国では88%と国の所得によって格差がある。
(出典)http://www.who.int/en/news-room/fact-sheets/detail/the-top-10-causes-of-death
(3)非感染症疾患(NCD)の定義は、http://ncdjapan.org/glossary.html による。それによると、WHOの定義では、不健康な食事や運動不足、喫煙、過度の飲酒などの原因が共通しており、生活習慣の改善により予防可能な疾患をまとめて「非感染性疾患(NCD)」と位置付けている。狭義では、がん・糖尿病・循環器疾患・呼吸器疾患が含まれ、これに加え精神疾患や外傷を加えるという意見もあるが、正式な合意はない。NCDs、慢性疾患、生活習慣病などと呼ばれることもある。
(4)GBD(Global Burden of Diseases)-Cancer death rates (per 100,000)
(5)2015年に「がんの予防・治療に関する3年行動計画(2015-2017)」などを発表し、がんの早期発見や早期治療、情報や知識の普及に努めてはいる。
(6)北京市のような大規模都市においても、乳がんの初診で、ステージ1で発見される割合は32%と低い。ステージIIで発見される割合は52%、ステージIIIが13%、ステージIVが2%。欧米ではステージⅠで発見される割合は50%以上とされ、多くが早期発見、早期治療が可能となり、5年生存率も高い。
がんにおいて死亡数・罹患数が最も多い部位は、「肺」
2016年、がんにおいて死亡数が最も多い5部位(男女合計)は、肺、肝臓、胃、結腸・直腸、食道であった。性別では、男女とも肺、肝臓、胃の死亡率が高かった(図表3)。首位の肺がんについては、まず、喫煙率の高さがあろう。中国では男性の喫煙率が52.1%と高い(7)。女性は2.7%と低いが、たばこを吸わない女性の7割が受動喫煙に晒されている状態にある。肺がん患者の8割以上が喫煙者で、男性の場合、喫煙者の罹患率は非喫煙者の23倍、女性は13倍であった。中国の場合は、喫煙率に加えて、大気汚染等も要因の1つと考えられるが、男性については、罹患も死亡も最も多い部位が肺となった。また、男女とも喫煙(受動喫煙)、食事・飲酒、環境汚染などが危険因子と考えられる肺や消化器系の部位が上位を占めている。
2017年11月に北京で開催された中華医学会において、国家がんセンターが発表したところによると、がんにおいて罹患数が最も多い部位は、男性が肺であったのに対して、女性は乳腺であった(図表4)。乳がんについては、罹患率は20年前のおよそ3倍と、中国の都市化の進展、ライフスタイルの変化とともに増加している。罹患率は都市部が農村部の2倍となっており、特に北京、上海、広州などの都市部を中心に罹患率が高かった。罹患率が高い年齢は45~55歳で、欧米よりも10歳ほど若いのが特徴である。
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(7)「2015年中国成人たばこ調査報告」15歳以上の喫煙率(男女合計)は27.7%。なお、参考までとして、2015年の日本の喫煙率は男性が30.1%、女性が7.9%である(厚生労働省「国民健康・栄養調査」)。
がん5年生存率は30.9%と低い
上掲の理由から、中国におけるがんの5年生存率は低い状態にある。図表5は、日本と中国のがんについて、部位別に5年生存率を示したものである。中国の5年生存率のデータは、国家がんセンターが2003~2005年に登録された生存者について分析したものである。一方、日本についてはあくまで参考値であるが、2006~2008年にがんと診断された症例について分析をしたものである。
図表5から、中国のがん5年生存率は日本のほぼ半分の30.9%で、肺(5年生存率は16.1%、以下同一)、肝臓(10.1%)、胃(27.3%)、食道(20.9%)とも日本の半分以下となっている。一方、女性の罹患率が高い乳腺(73.0%)、甲状腺(67.3%)では、5年生存率が日本、中国とも相対的に高いことが分かる。
「健康中国2030」―2030年までに、がんの5年生存率を15ポイント引き上げへ
このような状況において、国民の「健康」をどうしていくのか。2016年8月に政府は「健康中国2030」を発表した。中国はこれまで、国の戦略として、経済成長、国民の所得向上を果たしてきた。真の意味で豊かになるための次の課題は、国民の健康としている。「健康中国2030」は、単に国民の健康レベルの向上のみならず、社会保障制度の改革や、ヘルスケア産業の発展、医薬品のイノベーションの推進、ビッグデータシステムの構築など、その内容は多岐にわたっている。
この中で、死亡率の高いがんと生活習慣病対策は、優先的に対策していくとし、がん、脳血管疾患、心疾患など三大死因の原因となる生活習慣病の早期発見、早期治療を推進するとした。がんの5年生存率については2030年までに15ポイント引き上げるとしている。
動きが顕著なのは医薬品の分野であろう。2016年に新薬販売認可のための審査期間が短縮化され、2017年に入ると、海外の大手製薬会社が肺がんなどの抗がん剤の販売認可を受けている。加えて、中国政府は、2018年5月1日から、輸入抗がん剤の関税を撤廃している。政府はこれらの輸入抗がん剤が医療保険の償還対象となるよう新たに収載している。健康中国2030として、国民の健康レベルの向上及びそれに伴うヘルスケア分野の成長が国の目標と定められたので、今後、三大死因に関する対策が大きく前進する可能性も考えられる。
片山ゆき(かたやま ゆき)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任
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