はじめに

ベンチャー
(画像=PIXTA)

2016年の夏、とある商品の販売ウェブサイトがアクセスの集中によってパンクした。パンクしたのは、株式会社土屋鞄製造所(東京都)の「ランドセル」の販売ウェブサイト。あまりの人気で、ネット上を中心に「ラン活(ランドセル選び、購入活動)」なる言葉も使われるようになった。土屋鞄製造所は、職人が手仕事で仕立てる上質なランドセルを手がけ、いわゆる「工房系ランドセル」というジャンルでビジネスチャンスをものにした。

ランドセルといえば少子化の影響を大きく受ける商品の典型で、一見ビジネスチャンスはあまり無いようにも見える。しかしながら、全体として見ると伸び悩んだり、縮小する市場であっても、プレミアム価格帯で市場を区切ってみる等、捉え方次第ではビジネスチャンスが隠れているという好例だ。

印刷業界での挑戦 ~BtoBをインターネットで

ランドセルと同じように、一般的に縮小が想定される印刷業。ペーパーレス化、デジタル化、家庭用・オフィス用プリンタの高性能化等の影響を受けている。工業統計によれば、2004年の印刷・同関連業の出荷額は7兆2,127億円あったが、2014年には5兆5,364億円と10年で大きく減少している(1)。

そのような印刷業界で、成長してきたのがインターネット印刷通販(以下、ネット印刷)のプレイヤーだ。インターネットで注文を受け付け、自社工場で印刷し納品する。印刷業の大きな顧客はチラシ、パンフレット、ポスター、名刺といった法人顧客。そのBtoBをネットで置き換えた。そのリーディングカンパニーである株式会社プリントパック(京都府)は、2000年代初めにインターネット印刷通販事業を開始。その後市場を切り開き、今や全国数ヶ所に印刷工場を有し、2017年4月期の売上高は276億円となるまでに至っている(2)。

全体としては縮小が想定され、かつネット印刷のような新しいプレイヤーも成長した印刷市場に、新たなBtoBのビジネスモデルで挑戦しているベンチャー企業がある。2018年5月31日に東証マザーズに上場したラクスル株式会社(東京都)だ。ラクスルは2009年に創業、ネット印刷の価格比較サイトの運営等を経て、2013年にネット印刷事業を開始。プリントパックのような既存のネット印刷事業者と異なるのは、自社で印刷工場を所有していない点だ。全国の顧客から自社ウェブサイト経由で注文を集め、提携印刷会社に印刷を委託、そして提携印刷会社から顧客に納品するというビジネスモデルだ。工場を持たない分、多額の設備投資資金はかからない。ちなみに、提携印刷会社は1社や2社ではなく、中小も含めて全国の印刷会社を「ネットワーク化」しているという。印刷会社の設備はいつもフル稼働しているわけではなく、「空き時間」がある。数ある印刷工場の「空き時間」を工夫して有効に活用できれば、より安く、より早く顧客に印刷物を提供出来る可能性がある、そして「空き時間」を減らし設備の稼働率を上げることは印刷会社にとってもメリットがある、という点がこのビジネスモデルのポイントだ。ネットで集めた注文を、より安く、より早く顧客に届けるために、どの印刷工場でどの注文を受けるのか、違う顧客の注文を束ねて効率的に発注できないか、といった点を最適化する「仕組み」が必要になる。ノウハウとテクノロジー、そして地道な印刷会社とのネットワーク作りによって、その仕組みを1つのプラットフォームに仕立て上げた。

ラクスルは同様の着眼点で、2015年に物流事業「ハコベル」を開始。インターネットで、運送会社のドライバーと荷主をマッチングするサービスで、ドライバーの空いた時間を有効活用しようとしている。2017年7月には物流大手のヤマトホールディングス株式会社との資本提携を発表。物流分野でもチャレンジを進めている。

ちなみに、ラクスルの「新規上場申請のための有価証券報告書(3)」によれば、直近の2017年7月期は、売上高76.8億円、経常損失11.6億円。翌期2018年7月期の第2四半期まで(6ヶ月間)の実績は、売上高49.0億円、経常損失1.3億円。上場による資金調達で一層の成長を遂げることが出来るかどうか、将来黒字化を果たして高い利益率を確保出来るかどうか、プリントパック等競合との競争で勝ち残れるかどうか、今後のラクスルに株式市場の注目が集まろう。

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(1)経済産業省 平成16年及び平成26年工業統計「推計を含む全製造事業所に関する統計表(産業細分類別)より
(2)株式会社プリントパック HPより http://www.printpac.co.jp/recruit/company/
(3)日本取引所グループ HPよりhttp://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/nlsgeu00000337z6-att/05RAKSUL-1s.pdf

既にある市場をインターネットで置き換える

今まで存在しなかった新しい市場を創出する、とうい点でイノベーションへの期待は高い。しかしながら、ゼロから新しい市場を作り出すだけでなく、既に存在する「伝統的市場」や「成熟市場」を、アイデアとテクノロジーで塗り替えることもイノベーションだ。「ゼロから市場を作るのは難しいが、既に存在している市場をインターネットで置き換えていくことに、まだまだビジネスチャンスがある」と、筆者がお世話になったベンチャー経営者が言っていたことを改めて思い出した。

スマートフォンの普及や、ネットワーク環境の向上から、我々がインターネットに接する時間は大きく増してきた。総務省情報通信政策研究所の調査(4)によれば、ここ数年、平日・休日ともテレビ(リアルタイム)視聴が伸び悩む中、ネット利用の時間は順調に拡大している。また、その動向は若年層でより顕著である(図表1)。また、同調査結果では、モバイル利用の増加傾向や、若年層のモバイル利用時間が長さも言及されている。

ベンチャー
(画像=ニッセイ基礎研究所)

今後、スマートスピーカー等の技術革新によって、インターネットへのアクセス手段が大きく変わって、我々が思っている以上にインターネットに接する機会や時間が増える可能性だってある。その意味で、既存の市場をインターネットで置き換えていくビジネスチャンスはまだまだ増えそうだ。その「置き換え方」も、印刷業界のプリントパックとラクスルで異なったように、アイデアやテクノロジーによって、いろんなパターンが生み出されるだろう。今後、どんなベンチャーがアイデアやテクノロジーで「リアルの市場」を塗り替えていくのだろうか。その動向に注目したい。

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(4)総務省情報通信政策研究所「平成28年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」
http://www.soumu.go.jp/main_content/000492877.pdf

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中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

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