要旨
オーストラリアの2018年1-3月期の実質GDP成長率は前期比1.0%増(季節調整値)と、前期の同0.5%増から加速し、景気拡大の世界最長記録を更新した。需要項目別では、内需は民間消費が減速したものの、外需の成長率寄与度がプラスに転じ、成長率を引上げた。
今後は、引き続き家計債務の積み上がりが民間消費の重石となるが、政府の消費やインフラ投資、企業の設備投資が加速し、2018年もプラス成長となるだろう。また、連邦政府が先日発表した減税とインフラ投資によって2018年以降は成長がさらに加速するだろう。
経済概況・見通し
(経済概況) 1-3月期の実質GDP成長率は前期比1.0%増と加速
6月6日、オーストラリア統計局(ABS)は、2018年1-3月期のGDP統計を公表した。1-3月期の実質GDP成長率は前期比1.0%増(季節調整済系列)と、前期の同0.5%増から加速し、1991年から続いている景気拡大の世界最長記録(1)をさらに更新した。
需要項目別に見ると、公的固定資本形成を除くすべての部門で前期比プラス成長となった(図表1)。内需は民間消費が減速したものの、外需の成長率寄与度が3四半期ぶりにプラスに転じ、成長率を引上げた。
GDPの約6割を占める民間消費は前期比0.3%増と前期の同1.0%増から減速した。政府消費も2四半期連続のプラス成長となったが、同1.6%増と前期の同2.2%増から減速した。
前期からやや減速した消費に対して、総固定資本形成は前期比0.5%増と前期の同0.9%減からプラス成長に転じた。公的固定資本形成は同2.0%減と前期の同1.7%増から悪化したものの、民間固定資本形成は同1.2%増と前期の同1.5%減から改善した。民間部門の内訳は、住宅投資が同0.9%増(前期:同0.1%減)、企業の設備投資が同1.3%増(前期:同2.1%減)と、ともに前期から改善した。
純輸出は輸出が同2.4%増、輸入が同0.5%増となった結果、成長率寄与度が0.3%ポイント(前期:同 -0.7%ポイント)と成長率を押し上げた。
供給項目別に見ると、第三次産業(サービス業)が牽引役となった(図表2)。
GDPの約7割を占める第三次産業は、前期比0.8%増と前期の同0.7%増からやや加速し、牽引役となった。第三次産業の内訳は、卸売業が同1.2%増(前期:同0.1%増)、小売業が同0.6%増(前期:同0.3%増)、運輸・郵便・倉庫業が同0.2%増(前期:同0.3%減)、金融・保険業が同0.6%増(前期:同0.0%増)、専門・科学・技術サービス業が同0.8%増(前期:同0.4%増)、行政サービスが同3.0%増(前期:同0.1%減)、政府行政・国防が同1.4%増(前期:同1.2%増)、医療・福祉業が同2.1%増(前期:同1.4%増)と、前期と比べて改善した一方で、宿泊・飲食業が同1.3%減(前期:同1.2%増)、情報通信業が同0.4%減(前期:同2.9%増)、不動産・物品賃貸が同0.4%減(前期:同2.4%増)、娯楽が同1.8%増(前期:同2.2%増)、その他サービス業が同1.5%増(前期:同2.4%増)と、前期から悪化した。教育・学習支援業は同0.5%増(前期:同0.5%増)と横ばいであった。
第二次産業は、前期比1.2%増と前期の同0.7%増から加速した。第二次産業の内訳は、鉱業が同2.9%増(前期:同1.5%増) 、製造業が同2.4%増(前期:同0.6%減)と電気・ガス・水道業が同0.1%減(前期:同0.4%減)と、前期と比べて改善した一方で、建設業は同0.7%減(前期:同1.5%増)と前期から悪化した。
第一次産業は、前期比1.7%減と前期の同1.5%減からさらに悪化し、4半期連続のマイナス成長となっている。第一次産業の内訳は、農業が同2.0%減(前期:同1.8%減)、林業・水産業が同0.2%減(前期:同0.1%減)と、ともに前期から悪化した。
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(1)107四半期連続でリセッション(2四半期以上連続のマイナス成長)を回避しての景気拡大となった。
(先行きのポイント) 減税とインフラ開発が中期的に景気を押し上げると予想
1-3月期の実質GDP成長率は前期比1.0%増と市場予想の0.9%増を上回った。その内容は、民間消費こそ芳しくなかったが、輸出が好調で、また企業の設備投資の回復が明確となった。オーストラリア経済は堅調に推移しており、2018年もプラス成長が継続すると見られる。また、連邦政府が先日発表した減税とインフラ投資が、民間消費と公的固定資本形成を押上げていくことから、2018年以降も成長は加速するだろう。特に、インフラ投資は、今後も予想される人口増加とあいまって中長期的なオーストラリア経済の成長源泉となることが期待される。
先行きの懸念材料としては中国との関係悪化が挙げられる。オーストラリア経済は中国との結びつきが強く、オーストラリアにとって中国は2017年の輸出相手国(金額ベース)の1位であり(2)、海外からの投資額でも最大の投資元となっている。一方で、中国からの投機マネーによってオーストラリアの住宅価格がここ数年で急上昇したことや、中国人からの政治献金による内政干渉疑惑が生じたことで、オーストラリア国内では中国への警戒感が高まっている。オーストラリア政府は、中国の影響力拡大の抑止を念頭に、外国人の政治献金の禁止や諜報活動への監視強化等を進めているが、中国はオーストラリア政府の対応に対して、反感を強めている。今後中国政府が何かしらの措置を講じることも考えられ、貿易や投資に対する悪影響が懸念される。
連邦政府が5月8日に発表した2018/19年度(18年7月1日~19年6月30日)の予算案では、中期的な予算計画が示された。その中核をなすのが所得税および法人税の減税とインフラ開発である。
所得税減税は、オーストラリア居住者における所得税制について、18/19年度から24/25年度にかけて3段階の改正を行うというものである(図表3)。まずは低・中所得者層向けの減税を行い、最終的(24/25年度まで)には、課税される所得金額が200,000豪ドルを超える層を除くすべての層が減税を享受できるようにする。
低所得者層(課税される所得金額が37,000豪ドル以下の層)に対しては税額控除の上限引上げを、それ以外の層に対しては適用税率の引下げを段階的に行う。適用税率の引下げは、現在の5つの税率区分のうち、37.0%の区分を収束し、残りの4つの区分のうち19.0%と32.5%の対象を段階的に拡大するというものである。政府の試算では、これらの減税規模は10年間で1,400億豪ドルにも及ぶとされている。なお、減税の規模から効果が本格化するのは22/23年度以降になると見られる。
法人税減税は、26/27年度までに現行の30%の法人税率から25%まで引き下げるというものである(3)。現在のオーストラリアの法人税率は、OECD加盟国の中でもかなり高い水準にあり、企業の国際競争力の強化に向けて要望が高まっている。
これらの減税法案が成立した場合、短中期的に景況感の改善、消費や投資の拡大につながると考えられるが、現時点では成立に至っていない。特に、法人税の減税法案は18年2月に下院で成立したものの、上院での審議が難航しており、成立の見通しが不透明となっている。現政権与党は上院議席数が過半数を割っており、少数政党や独立系議員の支持を求めているが、いまだに決着していない。
インフラ投資については、オーストラリア経済が資源依存からのさらなる脱却を目指すうえで、新たな成長エンジンとして位置づけられている。その内容は、移民流入等による人口増加によってインフラ需要が高まっており、特に交通の整備が不十分ということもあって交通機関の整備に重点が置かれている。投資規模については、今後10年間で総額750億豪ドルにも及び、これは16/17年度の公的固定資本形成の約1.3年分にも相当するため、短中期的に総固定資本形成を押上げると期待される。
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(2)中国向けの輸出額が、全体の33%を占めている。
(3)売上高が5000万豪ドル未満の企業については、18/19年度から法人税率が27.5%となっている。
実体経済の動向
(民間消費) 当面は賃金上昇率が鈍く、引き続き家計債務が重石に
1-3月期の民間消費は前期比0.3%増と、前期の同1.0%から減速した。しかし、これは前3四半期の伸びが比較的高かったことの反動によるものであり、民間消費は依然として堅調に推移していると言える。しかし、今後も賃金上昇率は鈍いと見られ、引き続き家計債務の積み上がりが民間消費の重石となるだろう。民間消費の成長率は、当面の間は1.0%弱に留まると予想する。
オーストラリアでは、ここ数年にわたって中国マネーが流入し、住宅価格が高騰してきた。高額な住宅ローンの増加によって家計債務残高は増加し、足元の家計債務残高の可処分所得比は190%に迫ろうとしている(図表5)。この高水準の家計債務残高は、民間消費の重石となるとともに、銀行危機や金融危機のリスク要因でもあるため、政府や中央銀行は警戒を強めてきた。政府が融資規制の強化などを行ってきた結果、足元では住宅価格の高騰に一服感が見られるため、今後、家計債務の拡大ペースは鈍化することが期待される。しかし、家計債務残高の水準を引き下げるには、可処分所得の増加が不可欠であるが、賃金上昇率は依然として低水準であり、当面の間は期待できない。したがって、引き続き家計債務の積み上がりが民間消費の重石となるだろう。
労働市場では、14年から15年にかけて失業率が6.0%を上回ったが、就業者の増加を背景に徐々に低下し、ここ2年は5.5%前後で推移している。また、就業者の増加ペースは16年から減速したものの、17年以降は再び加速しており、特にフルタイム労働者の増加が顕著となっている。このように、労働市場の需給は引き締まっているように見えるが、名目賃金上昇率は2013年以降鈍化しており、ここ3年は2%程度で低位安定している。これは、不完全就業率が高止まりしており、実際には需給がそれほど引き締まっていないためだと考えられる(図表6・7)。不完全就業とは労働者自身の意思に反して所得や就業時間が不十分な状態であり、潜在的な失業状態とみなされる(4)。オーストラリアの不完全就業率は先進国の中でも高い水準となっており、不完全就業率の高止まりが賃金上昇率の鈍さにつながっていると推測される。今後は、7月に最低賃金の引上げが予定されているが、足元の需給を踏まえると、効果は限定的と考えられる。当面の間、名目賃金上昇率は低水準で推移するだろう。
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(4)オーストラリアにおける不完全就業者の定義は、より多くの時間働くことを希望し、それが可能であるパートタイム労働者(労働時間が週35時間未満の労働者)、もしくは雇用主の事情によって特定の期間の労働時間が週35時間に満たないフルタイム労働者を指す。
(政府消費) 財政収支は改善傾向。歳出は引き続き増加傾向
1-3月期の政府消費は前期比1.6%増となった。政府消費の内訳を見ると、連邦政府と州・地方政府はともに歳出の拡大傾向が続いている。5月に発表された連邦政府の予算計画を見ると、今後も連邦政府の歳出拡大が続くと見られ、引き続き政府消費が景気を下支えするだろう。
オーストラリアの一般政府の財政収支は、07/08年度以降赤字となっているが、ストックベースの政府債務残高(名目GDP比)で見ると、40%程度と先進国の中でも低い水準となっている。そのこともあってか、連邦政府と州・地方政府はともに歳出を拡大し続けてきた(図表8)。
5月に発表された予算計画によると、連邦政府は、歳入の増加によって財政収支が改善し、19/20年度には黒字に転じると見込んでおり、18年度以降も歳出を拡大するようである。したがって、今後も連邦政府の歳出拡大を通じて、政府消費は増加するだろう。
(総固定資本形成) 民間部門・公的部門ともに投資は拡大
1-3月期の総固定資本形成は前期比0.5%増となった。今後は、住宅投資は軟調であるが、底割れの懸念は小さく、一方で企業の設備投資と公的固定資本形成の拡大が期待されるため、総固定資本形成は堅調に推移するだろう。
1-3月期の住宅投資は、前期比0.9%増と2四半期連続のマイナス成長からプラス成長に転じた。政府の融資規制強化によって、ここ2年ほどは中国の不動産投資は減少傾向にあるが、住宅投資は一進一退が続いており、底割れには至っていない。また、住宅着工許可件数も堅調に推移しており、4月の水準は3年ぶりの高水準となっている。これは、投機目的の需要が減少しても、旺盛な居住目的需要が住宅需要を下支えしており、依然として供給が追いついていないためだと考えられる。今後も中国からの投資は減少傾向が続くと予想されるが、居住目的需要は堅調に推移し、住宅投資は底堅い展開となるだろう。
1-3月期の企業の設備投資は、前期比1.3%増となった。17年10-12月期は前期比で減少したが、これは高水準だった前期からの反動によるものであり、2014年半ばから続いた設備投資の停滞からは脱却したと見られる。また、足元では好材料が揃っており、今後も設備投資の拡大は続くだろう。
1-3月期の企業の営業利益は前期比5.9%と3四半期連続のプラス成長となった(図表9)。また企業の景況感も、4月の水準が17年10月に並ぶ過去最高の水準に達するなど、高水準を維持しており、企業の設備投資は今後も堅調に推移するだろう。また、7月から売上高が5000万豪ドル未満の企業の法人税率が引き下げられることも投資の拡大につながると期待される。それ以外の企業を対象とした法人税減税法案の成立見通しは不透明であるが、成立した場合、総固定資本形成のさらなる押上げ要因となるだろう。
公的固定資本形成は、大規模なインフラ投資で短中期的に押し上げられるだろう。総額750億豪ドルのうち、245億豪ドルを18/19年度予算で拠出する予定で、その規模は16/17年度の公的固定資本形成の0.4年分に相当する。また、ビクトリア州が18/19年度予算においてインフラ投資に過去最高額を拠出するなど、州政府でもインフラ投資拡大の動きが見られるため、早期に総固定資本形成の押上げ効果は現れるだろう。
(純輸出) 中国における鉄鉱石需要の鈍化が純輸出の押下げ要因
純輸出の寄与度は前期比0.3%ポイントと、3四半期ぶりのプラス寄与となった。今後は、足元の輸出を牽引する中国向けの液化天然ガス需要は堅調と見込まれるが、一方で主要輸出品である鉄鉱石は中国における需要が鈍化すると見込まれるため、純輸出の寄与度は低下していくだろう。
通関ベースで見ると、18年1-4月期の輸出総額は、中国向けの液化天然ガスなど鉱物燃料の輸出が好調で前年を上回った(図表10)。また、同期間の輸入総額も、資本財や中間財を中心に前年を上回った。貿易収支は、17年12月から4ヵ月連続の黒字となっている。
輸出総額の約3割を占める鉄鉱石は、最大の輸出先である中国における鉄鋼の需給調整によって価格が緩やかに下落しており、1-4月期の輸出額も前年を下回っている。今後も中国における鉄鉱石需要が鈍化し、鉄鉱石価格が下落すると見込まれるため、輸出の押下げ要因となるだろう。さらに、中国との関係悪化が深刻化するようであれば、輸出への悪影響が懸念される。
物価・金融政策・為替の動向
(物価・金融政策・為替)短期的に大きな動きはないと予想
インフレ率は依然として、目標下限の2.0%を下回っており、インフレ圧力も弱いため、中央銀行は当面の間、政策金利を据え置くだろう。今後は、米国の利上げに伴う米豪金利差の拡大によって、豪ドルは上値の重い展開が続くだろう。
オーストラリアのインフレ率は、2014年10-12月期以降、17年1-3月期を除いて、常にインフレ目標下限の2.0%を下回っている。低インフレの原因としては、低い賃金上昇率や小売業界の競争激化が指摘されているが、これらの原因が解消する兆しは見られないため、当面の間は2.0%程度の低インフレが継続するだろう(図表12)。
オーストラリア連邦準備銀行(RBA)は、6月5日の金融政策決定会合において、市場の予想通り、政策金利を20会合連続で過去最低水準の1.5%に据え置おいた。同行は、国内経済の成長が今後加速し、インフレ率の上昇や賃金の上昇につながるものの、そのペースは緩やかであるという見解を示している。利上げが家計債務負担の増加につながることも踏まえると、当面政策金利は据え置かれる見込みである。
為替については、米国の利上げに伴い米豪の長期金利が逆転した(オーストラリアの長期金利が米国の長期金利を下回った)ため、足元では豪ドル安が進行している。今後も、米国の利上げが続く(5)と予想される一方で、オーストラリアは当面の間政策金利を据え置くと予想されるため、米豪の金利差拡大によって豪ドル安が進行するだろう。しかし、オーストラリアでは経常収支の改善や低インフレが継続すると予想されるため、底値は堅いと予想する。いずれにせよ、豪ドルは上値の重い展開が続くだろう。
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(5)当研究所では、18年は年4回ペースの追加利上げを予想している。
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神戸雄堂(かんべ ゆうどう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員
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