シンカー:安倍首相が自民党総裁選で勝利し、2021年までの新たな任期を得た。2020年度から2025年度に先送りしたプライマリーバランスの黒字化目標に抑制されず、デフレ完全脱却を目指し財政政策を拡大することがようやくできるようになった。今回の総裁選の最も重要なインプリケーションは財政政策の緩和方向への動きが強くなることだろう。自然災害の多発と国土強靭化を主張する二階幹事長の留任の可能性が高いことは、防災対策とインフラへの投資を増加させるだろう。貿易赤字の縮小を目指す米国のトランプ大統領を説得するためには、政府は財政を拡大してでも内需を拡大し、デフレ完全脱却を成し遂げ、米国の製品・サービスの輸入を増加させるコミットメントが必要だ。来年の統一地方選挙と参議院選挙での勝利のためには、景気拡大の実感を早く国民に感じてもらう必要がある。総裁選の地方票で石破氏に追い上げられたことを考えても結果を出すことが急務となるだろう。市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止などを目的とした総合パッケージとして財政政策が実施されるとみられる。設備投資サイクルが天井を打ち破ったことによる企業活動の活性化(企業貯蓄率の低下)と、財政政策が緊縮から緩和へ明確に転じることにより、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が大きく復活し、それをマネタイズする金融緩和の効果もより強くなり、2%台の失業率の中で家計の所得を拡大するとともに、円安・株高・物価上昇というデフレ完全脱却への動きが加速していく可能性がある。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2018年4-6月期には+3.4%(4四半期平均、GDP比率)へ、アベノミクス前の2012年10-12月期の+5.7%から低下している。企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

一方、企業貯蓄率の低下は、デレバレッジやリストラなど過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の動きが、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。企業貯蓄率は1-3月期の+3.8%から低下し、景気拡大とデフレ完全脱却への動きの進展を示している。しかし、企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。景気が回復しているから政策は引き締めるべきだという安易な方針が現実化すれば、総需要を破壊する力がまだ残っているため、日本経済は再びデフレの闇に陥る懸念がある。

深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するためトップライン(売上高)の増加の必要性が、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動を刺激し始めている。IoT、AI、ロボティクスなどの産業変化も研究開発を促している。日銀短観では企業の強い設備投資意欲が確認された。実質設備投資の実質GDP比率は2018年4‐6月期に16.5%となり、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。16%の天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。設備投資サイクルが天井を打ち破ったことで、2018年度から企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けての明確な低下がみられるだろう。

財政収支(資金循環統計ベース)は4-6月期に-2.4%(4四半期平均、GDP比率)となり、アベノミクス前の2012年10-12月期の-8.8%から、景気拡大の進展にともない赤字幅が大きく縮小してきた。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(財政赤字を過度に懸念する政策)で政府の支出は過小で、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がほぼゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっている。4-6月期のネットの資金需要は+1.0%(4比半期平均、GDP比率)とまだ弱い。経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまっていると考えられる。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。裏を返せば、マネタイズするネットの資金需要がなければ、金融緩和の効果はほとんど消滅してしまう。

企業貯蓄率がマイナスに正常化するには、人手不足による生産性上昇の必要性と、賃金上昇を背景とした消費需要の拡大を新たな製品・サービスでとらえる前向きな動きなど、企業活動が更に強くなる必要があるだろう。家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が喪失してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっていたことを意味する。

安倍首相が自民党総裁選で勝利し(810票中の553票獲得)、2021年までの新たな任期を得た。2020年度から2025年度に先送りしたプライマリーバランスの黒字化目標に抑制されず、デフレ完全脱却を目指し財政政策を拡大することがようやくできるようになった。今回の総裁選の最も重要なインプリケーションは財政政策の緩和方向への動きが強くなることだろう。自然災害の多発と国土強靭化を主張する二階幹事長の留任の可能性が高いことは、防災対策とインフラへの投資を増加させるだろう。貿易赤字の縮小を目指す米国のトランプ大統領を説得するためには、政府は財政を拡大してでも内需を拡大し、デフレ完全脱却を成し遂げ、米国の製品・サービスの輸入を増加させるコミットメントが必要だ。来年の統一地方選挙と参議院選挙での勝利のためには、景気拡大の実感を早く国民に感じてもらう必要がある。総裁選の地方票で石破氏に追い上げられたことを考えても結果を出すことが急務となるだろう。市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止などを目的とした総合パッケージとして財政政策が実施されるとみられる。設備投資サイクルが天井を打ち破ったことによる企業活動の活性化(企業貯蓄率の低下)と、財政政策が緊縮から緩和へ明確に転じることにより、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が大きく復活し、それをマネタイズする金融緩和の効果もより強くなり、2%台の失業率の中で家計の所得を拡大するとともに、円安・株高・物価上昇というデフレ完全脱却への動きが加速していく可能性がある。

図)企業貯蓄率とコアCPI

企業貯蓄率とコアCPI
(画像=内閣府、日銀、総務省、SG)

図)ネットの国内資金需要

ネットの国内資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司