トランプ大統領が、新しい通商摩擦を起こそうとしている。日本は、中国に次いで2番目に多くの輸入品を米国から受け入れており、不公正・不公平を指摘される道理はない。貿易赤字を減らしたければ、シェールオイルを日本に輸出する選択もあろう。むしろ、自動車産業のみに絞って国内雇用を増やしたがっているようにもみえる。

日本の貿易収支と誤解

 わが国の貿易収支は、2016暦年に6年ぶりの黒字に転換した。貿易統計によると、2011年は東日本大震災に見舞われて赤字に転落し、その後も化石燃料輸入の増加が重石になって赤字を継続させた。2016年は、鉱物性燃料の輸入額が前年比で▲6.2兆円も減少して、収支が4.1兆円の黒字になった(2015年▲27,916億円→2016年+40,741億円)。直近では、米国を中心に海外経済が上向き始めており、輸入よりも輸出の伸びが上回るようになっており、黒字化の基調が続くとみられている。

 ところが、ここに冷や水を浴びせるのがトランプ大統領の発言である。日本が、中国やメキシコと並んで貿易不公正を働く国であるかの誤解をしている。特に、自動車の貿易取引では、日本の環境規制が米自動車輸出を阻んでいるかのような指摘をする。かつて、名経営者と謳われた本田宗一郎氏は、米マスキー法という厳しい規制をクリアすることに挑み、米国市場での足場を築いた。あの感動的なエピソードは、あまり知られていないのだろうか。日米通商の世界観が80年代にタイムスリップした倒錯感を覚える。

なぜ自動車なのか

  わが国は、米国から人為的に輸入を拒んでいる管理貿易国ではない。国別にみた貿易収支では、米国は、68,347億円の赤字(日本の黒字)とはなっている(図表1)。一方、グロスの輸入額は73,084億円と中国を除いて日本からみて2番目の規模になる(図表2)。米国側からみると、NAFTAを組んでいるカナダ、メキシコがトップ2で、次いで中国、4番目の輸出国となっている。日本が米国から巨大な輸入品を受け入れている事実を無視してはいけない。日本人は年間1人あたり57,855円の輸入品を買い求めていると表現すればわかりやすいだろう。

誤解に基づく通商摩擦
(画像=第一生命経済研究所)

 問題視されているのは、自動車であるが、なぜ米国からの自動車輸出だけが取り上げられるのかという疑問がある。そこで、米国から日本が輸入している品目の内訳についてみてみることにしよう(図表3)。輸入額で大きいのは、食料品と化学製品、電気機器、一般機械であり、いずれも1 兆円を越えている。米国から輸入している輸送用機器は6,978 億円と少ない。さらに言えば、輸送用機器の3/4 は競争力のある航空機類によって占められている。自動車は901 億円、自動車部品は510 億円である。日本全体の自動車輸入額は11,778 億円もあり、米国はそのうち7.7%のシェアを占めるに過ぎない。輸入自動車の上位はドイツ車であり、アメリカ車は後塵を拝しているのが実情である。日本がドイツ車に対して環境基準を甘くしているということは成りたたない議論である。トランプ大統領の自動車批判は全くフェアではない。新しい通商摩擦は、自動車分野で日本メーカーの対米進出を促がすための名目であると考えられる。マクロの貿易不均衡を是正するよりも、もっとスケール観の小さな自国の自動車産業の利害を優先させているようにみえる。

誤解に基づく通商摩擦
(画像=第一生命経済研究所)
誤解に基づく通商摩擦
(画像=第一生命経済研究所)

貿易問題か、産業問題か

  トランプ大統領が日本に求めていることの真意は伝わりにくい。日本に輸入拡大を求めているのならば、農作物の自由化や電機、一般機械などの売り込みを強く訴えてくる方が筋が通っている。例えば、日本に対してシェールオイルなどの輸入拡大を積極化してほしいとなれば前向きな進展が望めるのではないか。日本の鉱物性燃料の輸入額は2016 年で12.0 兆円にも達する。この中で米国産のエネルギー供給が増えれば、マクロの貿易収支の改善にも寄与するだろう。すでにシェールオイルの輸入が始まっているので、自動車分野にこだわらなくてもよいと感じられる。

 トランプ大統領の意識の下にあるのは、米国の自動車産業の雇用維持という見方もできる。日本から同じ自動車メーカーが進出してきて、そこが自動車産業で働く米雇用者の受け皿になれば、労働移動は比較的スムーズにできそうだ。2,500 万人の雇用拡大を真面目に狙うのならば、米国内への海外メーカーの工場進出を促がすよりも、サービス分野の雇用増を優先してもよさそうだ。最優先しているのは、当面失われそうな国内製造業の雇用維持にみえる。マクロよりもミクロの特定の雇用者を守ろうとすることに重きが置かれていると感じられる。

 日本の利害から言えば、通商摩擦の土俵には乗らず、マクロ問題として構えて傷口を広げないことが賢明だろう。日米FTAの誘いに乗って、新しい火種を生み出すよりも、EUやアジア諸国との貿易連携を先に進める方が、TPPでわが国が目指していたゴールに近づくと考えられる。

円安で乏しくなる輸入動機

  翻って、日本の経済成長が貿易収支の均衡と整合的なのだろうか。問題設定を変えると、今後、日本が輸出を増やしていく未来を前提として、輸入サイドも内需拡大を通じて増えていくのだろうか。もしも、日本が輸出主導で成長すれば、貿易黒字化も進んでいきそうだ。貿易黒字には何も問題がないというのも理解できるが、多様な貿易連携を目指そうとすると、内需拡大による輸入増にも意識を置いておく方がよい。

 焦点になりそうなのが為替レートである。ドル高円安になると、輸出数量が増えて日本の製造業は、収益拡大の恩恵を受ける。一方、円安は輸入価格を押し上げて輸入数量を減らす。内需拡大は、輸入数量を増やすが、円安による輸出主導の成長では輸入コストの増加が逆風になる。また、輸出企業が雇用・賃金・設備投資を円安に反応して増やすかどうかも問題になる。おそらく、円安に主導された日本の成長は、貿易黒字を増やすばかりで、輸入増によるリバランス作用は働きにくいだろう。

 日銀の超金融緩和が暗黙の円安政策だったことは、今までは問題視されにくかった。しかし、トランプ政権に交替して貿易環境には政治サイドから厳しい目が向けられる。円安が、内需拡大を通じた輸入増につながりにくかったことも、今後は議論の中に入ってくるだろう。筆者は、円安メリットが国内賃金の上昇にもっと反映されれば、輸入増にも一応の効果があると考えている。海外企業の国内直接投資や観光産業における海外企業の連携も間接的に内需拡大から輸入増への橋渡しをしやすくするであろう。

 トランプ大統領の政策に対しては、首をかしげるところは多いが、日本の内需拡大を別の角度から考えていき、米国以外の国々にも輸入拡大のチャンスが大きいとアピールしていく動機付けを強める機会と考えれば、発展的にわが国の政策を推進できるだろう。奇貨置くべしである。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生