第2章 資本主義に飲み込まれるか、味方にするか?
<第5話>リスクから逃げるか、可能性に賭けるか
「資本主義の仕組みを理解し、そこで暮らすための倫理観を身につけることが、『投資における走り込み』であり、ビルの基礎工事になることは、分かりましたか? ここがあれば、資産形成や投資の基礎知識という意味でのスキルも意識も身に付くでしょうし、投資のメリットも享受できるようになるはずです」
「分かりました!」
隆一が<これで資本主義の話が終わった>と思ったのもつかの間、先生は再び身を乗り出した。
「実は、もう一つ、投資を学ぶ上で知っておいて欲しいことがあります」
「えっ、まだあるんですか?」
「先ほど、『投資で稼ぐ』のも資本主義での暮らし方のひとつ、と話しましたよね。でも、多くの日本人の金融資産が預貯金に偏って投資を避けがちなのは、『投資にはリスクがある』と考えるからです。しかし、アメリカ人なら『投資しないとリスクがある』と考えるのです。どちらが、正しいというわけではありません。ただ、投資に限らず、資本主義とはリスクに向き合うことで豊かに暮らせる社会であることは理解しておくべきです」
「先生、失礼ですが話が抽象的で、よく分からないのですが」
「話を急ぎすぎましたか。まず、リスクという言葉ですが、リスクというと『危険』と訳してしまうのが日本人ですが、ここでは<将来の結果が確定しておらず、変動すること>、あるいは<結果が不確実であること>くらいに理解しておきましょう。投資とは、おカネが増えることを期待して、不確実な将来に向けて現在の資金を投じる行為です。投資したおカネがどれくらい戻ってくるか、将来は誰にも分からない、確定していない、これがリスクです。でも、『確定してないから不安』と考えるのか、『確定してないからこそチャンスがある』と考えるかでは、大違いがあります。資本主義とは、仕事でも、投資でも、確定していない将来に向けて、労力やおカネを投じる人に、大きなリターンを与える社会です」
「つまり、先生がおっしゃるのは、将来が確定してない仕事や投資はチャンスと考えて挑め、ということですか? でも、どうして確定しないほうを選択したほうが、リターンが大きくなるのですか?」
「ふむ。いい質問ですね。では、投資で考えてみましょう。資本主義では、誰でも自分のおカネは自分の自由に運用できます。さまざまな金融商品が存在する金融市場で、どういう商品におカネが集まるか。多くの人は、投資したおカネがいくらで戻ってくるのか確定しているほうが安心だから、そちらを選ぼうとしますよね。一方、株式のように、企業の成長に期待はあっても、期待通りに企業が成長してくれ、自分の投資したおカネがいくらで戻ってくるのか、確定していないのは不安です。だから、リターンが確定している金融商品よりも、期待リターンが多くないと、選ぶ人が増えないでしょう。これを『リスクプレミアム』と呼びます。ではなぜ、200年前に1ドルだった米国株が60万ドルになったのか。NYダウが120年前に100ドルでスタートしたものが25,000ドルになっている理由は、株主の期待するリターンを企業が出してきたからでもあるのです」
リスクと向き合う社会の土台がアメリカを成長させた
「資本主義が、リスクに向き合うことで豊かに暮らせる社会なのは、やはり、その生い立ちが理由です。自給自足の農耕社会も、徐々に商品が増えて市場経済へと成長していくわけですが、そうした中で、領主や地主に隷属しないで独立自営で暮らす人たちが増えていきます。都市でも、農村でも、独立自営で暮らすということは、今日でいう個人事業主であり、自分で事業をして生活を立てる人たちです。そして、個人営業から会社に成長し、産業革命で会社の規模が大きくなり、今日の企業社会に至ります。会社が大きくなるに従い事業運営に多額の資金が必要になりますから、資本金を出資する人たちも増えてきます。資本主義とは、そうした人たちが社会の中核を占めるようになった社会です」
隆一は先生の話を聞いて、アメリカ人の働き方のことを思い出した。
「アメリカでは優秀な人は起業をして、日本のように大企業に入ることはステータスではないと聞きました。このことと、リスクや米国株の成長は関係ありますか?」
「まさにそこです。アメリカは伝統的に、自力で土地を開拓し、ビジネスを立ち上げて、暮らしを立ててきた社会です。勤勉に働き、リスクに挑んで、豊かになろうとすることはごく普通の人生モデルです。働き方でも、投資でも、リスクに挑むことを特別なこととは考えません。しかも、日本人のように、お金に、きれい、汚い、などという先入観を持っていませんから、ビジネスで豊かになることも、投資で豊かになることも、区別はありません。また、アメリカは経済成長を続けていますから、ビジネスでも、投資でも、努力して成功すれば豊かになれる、という実例が友人や家族などの身近に、いくらでもあるわけです。アメリカが最も、資本主義の恩恵を受けてきた国である所以はここにあります」
「日本が低成長なのに、どうしてアメリカは成長を維持できるのですか?」
「理由がさまざまありますが、移民により世界中の優れた人が集まり、しかもイノベーションが起きやすい社会であることが大きいと思います。自由な社会、誰でも豊かになれることをみんながわかっている社会だと言えますね。産業の新陳代謝が活発で、ITやバイオばかりでなく、時代の先端を行く企業が次々に生まれるのもそのためでしょう。現在のアメリカの株高をけん引しているFANG(ファング)とよばれるフェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル(アルファベット)が分かりやすい例ですが、これらはすべて、80年代には存在していない会社ばかりです」
「私もこれらの4社のサービスはよく使います」
「彼ら起業家は、何の保証もない将来に向けて、知恵を駆使して、懸命に働き、生活を立てていった人々です。つまり、リスクを恐れず、リスクに真正面から向き合って成功してきた人たちです。そういう人の中から、富豪とよばれる人たちが生まれ、そういう人たちが創り上げたのが資本主義です。リスクを取る人々が報われるので、リスクを取る人が後に続き、経済が成長をし、株価も上がっていきます」
リスクを正しく受け入られるか?
「先生、それはそうでしょうが、やはり、失敗を恐れるのも、損するのは嫌というのも、人の自然な感情じゃないでしょうか。僕も、安定した暮らしがしたいし、投資でなけなしの貯金がなくなったらどうしようと心配です」
「むろん、起業にも、投資にも、財産を失う可能性があるわけですから、儲けたいからといって、むやみやたらにリスクをとってはいけません。ですから、預貯金しかしない人よりも、投資におカネを回す人は、勉強しなくてはいけないし、メンタルも鍛えなければなりません。運だけでは、長続きしませんから。そのかわり、こと日本のいまの預貯金では、金利は一定でほとんどゼロに近いですよね。一方、自分がリスクを取る投資で上手くいけば大きなリターンが得られます。投資の話をしているようですが、ポイントは、資本主義では、リスクのとり方を知識とメンタルの両面で身に付け、リスクに向き合わないと十分なリターンが得られない、ということです」
「リスクを嫌っているだけでは、おカネは増えない。でも、むやみにリスクをとってはいけない。だから勉強が必要なわけですね。先生、もっと投資のことを知りたくなってきました」
先生は、目を閉じてうなずきながら、続けた。
「結構ですね。資本主義は、リスクに挑んでおカネを稼ぐことで豊かになれる社会です。のどかな農村で暮らすのも生き方ですが、それも簡単ではありません。私たちも、リスクに向き合うことは特別なことではなく、ごく普通の日常生活だと考えられるように訓練することです」
隆一は、リーマンショックで痛い目にあったトラウマから資本主義の負の側面ばかりを追ってきた自分を少し後悔したが、それ以上にプラスの側面に対して、自分が思いのほか共感できたことにむずむずと心地よかった。
これが長期投資に対する考え方の軸になるのかもしれない、という明るい予感を思いながら家路についた。
投資小説:もう投資なんてしない
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<4>投資で儲かった、と言う人がいない理由
<5>資本主義より、マシな仕組みがないだけ
<6>1ドルを60万ドルに変えた、資本主義
<7>投資で儲けたカネは汚い?ハイブリッド社員とは
<8>ほどよい格差が資本主義を安定化させる?
<9>リスクから逃げるか、可能性に賭けるか
中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。
(提供=トウシル)
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