「スーツ」と「ジーンズ」をワンチームに
――富裕層と同じアルゴリズムで資産運用をするサービスを作り、日本の働く世代に使ってもらうというのは、その気になれば既存の金融機関でもできそうに思いますが……。
柴山 初めはそう考えたのですが、日本の金融機関でお客様と金融市場をつなぐためには、6部門くらい経由しないといけないんです。すると、「船頭多くして船山に登る」と言うか、英語だと「シェフが多いとスープが不味くなる」と言いますが、合意形成が大変でうまくいかない。実現するのに2年はかかると感じました。
そこで、ならば自分でやろうと思い、世界中の知見のある方々にお話をうかがって、ビジネスプランを作りました。そして、「自分は退職して、こういうサービスをやろうと思う」と、マッキンゼーでプレゼンしました。聞いてくれたのは全員外国人でしたから、「そのサービスは、当然、必要だよね。日本にないのなら、やるべきだ」と応援してくれました。
――ご自身でゼロからプログラミングを学んで、『WealthNavi』のプロトタイプを作ったと聞きました。
柴山 エンジニアにお願いするつもりだったので、予定外でしたが(笑)。
色々な会社のCTO(最高技術責任者)にビジネスプランをプレゼンすると、「素晴らしい。応援しますよ」と言ってくれるのですが、実際に何かしてくれるわけではありませんでした。サービスを立ち上げてからは協力していただけたのですが、何もないゼロの状態では難しかった。
そんな中、あるCTOに、「これくらいなら、自分でプロトタイプを作れるんじゃないですか」と言われたので、渋谷のプログラミング学校に通うことにしました。
自分でプログラミングをしてわかったのは、私が15年ほど働いてきた世界の感覚は、エンジニアの感覚とは違うのだな、ということです。エンジニアの感覚がわかったわけではなく、垣間見た程度ですが、違うということを実感できたのがよかったと思います。
先ほどとは別の、あるCTOに、「財務省やマッキンゼーで働いてきた『スーツ』は、『ジーンズ』(エンジニア)の敵ですから」と言われたことがあったのですが、その意味がわかりました。
例えば、「スーツ」の人が見て、「このくらいの修正は、すぐにできるだろう」と思うことが、実際にはとても難しかったりする。逆に、「そんなことは、とてもできないだろう」と思うことが、簡単にできたりもします。このギャップのせいで、「ジーンズ」と「スーツ」は、しばしば衝突してしまうのです。
考えてみれば、外注という形でITに巨額の投資をしても、ストアでのランキングが低いアプリは少なくありません。「スーツ」と「ジーンズ」のコミュニケーションがうまくいかなかったために、顧客満足度が低いアプリになってしまっていることが考えられます。
顧客満足度が高いサービスを作るためには、「スーツ」と「ジーンズ」が一つのチームにならなければならない。そこで、当社は「モノづくりができる金融機関」になることにしました。これは、世界的に見てもユニークな取組みだと思います。
一つのチームになっているからこそ、エンジニアに権限を委譲して、サービスを素早く改善をしていけます。これが、当社の強みです。経営と現場の技術者が一体となっていることが、日本の自動車メーカーの強みでしたが、それと同じことです。
――プロトタイプができてからは、サービス開始まで、順調に進みましたか?
柴山 興味を持った人が集まって来てくれるようになったのですが、第一種金融商品取引業や投資運用業の登録が必要で、それをクリアするのが、また大変でした。
資金調達は、いくつかのベンチャーキャピタルが一緒になって、行なってくれることになりました。ただし、第一種金融商品取引業や投資運用業のライセンスを受けていることが条件でした。
一方、当局からは、十分な資金調達を求められました。
資金調達が先か、ライセンスが先か、ということで行き詰まってしまったのですが、結局、ベンチャーキャピタルのほうにリスクを取っていただき、資金調達が先になりました。ロジックを超えた次元で大きなリスクを取っていただいたわけで、非常に感謝しています。
――そして、いよいよ『WealthNavi』のサービスが始まるわけですね。それからの業績はいかがでしょうか?
柴山 出資していただいたベンチャーキャピタルからは、これほど事業計画通りに進む会社は珍しいと言っていただいています。
ただ、それは結果論であって、もともとは考えていなかった機能を提供するなど、当初の想定から変えているところもあります。
SBI証券や住信SBIネット銀行、ソニー銀行、イオン銀行、横浜銀行といった金融機関や、さらに、ANAやJALという金融機関以外の会社にも提携していただけたことも、創業当初はまだ想定していませんでした。これらの会社の顧客や会員の方々に、『WealthNavi』を紹介していただいています。
――最後に、今後の目標をお聞かせください。
柴山 当面は、2020年に預かり資産を1兆円にすることを目指しています。ロボアドバイザー市場における当社のシェアは約50%ですから、それが変わらないとすれば、市場を2兆円にするということです。
私は、ロボアドバイザーを、日本の個人金融資産の運用のための「安定したインフラ」にしたいと考えています。日本の個人金融資産は約1,800兆円ですから、2兆円だと約0.1%。それくらいになれば、「安定したインフラ」を目指していく入り口に立てると思います。
柴山和久(しばやま・かずひさ)ウェルスナビ〔株〕代表取締役CEO
1977年、群馬県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年に大蔵省(現・財務省)に入省。ハーバード大学で金融取引法を学び、ニューヨーク州弁護士登録。英国財務省への出向を経て、09年に財務省を退職。フランスのビジネススクールINSEADで金融工学を学び、10年にマッキンゼーに入社。ニューヨークに拠点を置く10兆円規模の機関投資家向けのリスク管理・資産運用プロジェクトに携わる。15年にウェルスナビ〔株〕を設立。16年にサービスを開始した。《写真撮影:まるやゆういち》(『THE21オンライン』2018年08月07日 公開)
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