日本映画界のレジェンドが語る「覚悟」の仕事論

仕事論,木村大作
(画像=THE21オンライン)

木村大作氏は、黒澤明の現場で撮影助手を体験し、森谷司郎、深作欣二、降旗康男ら、日本を代表する映画監督たちの作品を撮影してきた名キャメラマンだ。初めて自ら監督を務めた『劒岳 点の記』(2009年公開)では、日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞している。最新作『散り椿』が9月28日(金)に公開される木村氏に、インタビュー取材を行なった。

なぜ今、時代劇を撮るのか

木村氏の監督第3作となる『散り椿』は、江戸時代の武士を描いた時代劇だ。かつて扇野藩の勘定方だった瓜生新兵衛(岡田准一)は、上役の不正を藩に訴え出たが認められず、妻・篠(麻生久美子)とともに藩を出た。享保15年(1730)、病に倒れた篠から「采女様を助けていただきたいのです……」と最期の願いを託された新兵衛は、篠と采女(西島秀俊)の因縁、そして藩の不正事件の真相を突き留めようと、扇野藩に戻る――。

「これまでに監督した2作は山の映画で、3作目も山を考えていたんだ。例えば、新田次郎の『孤高の人』という小説がある。大正から昭和にかけて、サラリーマンをやりながら数々の冬山を踏破した加藤文太郎という人の話で、これをやりたいという気持ちは、今も心の中にある。

でも、俺はCGなんか大嫌いで、全部本物を撮るから、山で撮影をするとなると1~2年はかかる。自分自身の年齢のこともあるから、ちょっと無理があるなということで諦めた。

それで時代劇を選んだ。理由は、精神性だね。

江戸時代までの武士は、何か事を起こすときに、失敗したら切腹する覚悟をして行動していたわけでしょ。現代ではそんなことあり得ないし、考えることすらしない。政治家なんか見ていても、覚悟が決まっていないよね。

でも、切腹までではないにしても、現代の人間も覚悟を決めて行動しないといけないんじゃないかと思う。俺はいつも、映画の仕事をするときは、これが最後の1本かもしれないという覚悟でやっているよ。

その覚悟を表現するには、時代劇を撮るのが一番いいんじゃないかと思ったんだ」

木村氏が原作として選んだのは、直木賞作家・葉室麟氏の小説『散り椿』だ。

「司馬遼太郎、藤沢周平、池波正太郎の小説は、もうほとんど映画やテレビドラマになっている。俺は過去に映画化されたものやテレビ化されたものをやる気持ちはまったくないからね、そうすると、最近の小説家で一番数多く時代物を世に出しているのが葉室麟さんだったから、葉室さんの小説を片っ端から読んだわけ。90%くらい読んだんじゃないかな。

その中で、『散り椿』という題名は、花の名前が入っていていいなと思った。散り椿とはどういうものか調べたら、五色八重椿といって、一木に五色の椿が咲く。そして、桜のように散っていく。普通の椿は花がポトリと落ちるから、縁起が悪いということで、武士の家では植えなかったんだけど、それとは違うんだ。

それに、『ひとは大切に思うものに出会えれば、それだけで幸せだと思うております』という台詞があった。それで、これをやろうと思ったね。

時代劇をやろうと思ってから、過去の時代劇を見直したんだけれども、女性の話で全体が成り立っているものはほとんどない。『五瓣の椿』(野村芳太郎監督/1964公開)と黒澤明さんの『羅生門』(1950公開)くらいかな。『散り椿』は、篠と里美(黒木華)の姉妹が話の芯になっているから、これは新しい時代劇になるとも思った。

時代劇をやるからには、当然、チャンバラもやりたいんだけど、それもこれまでにない新しいチャンバラをやりたい。今はマンガみたいに空中を飛ぶようなチャンバラばっかりだけど、そういうものじゃなくて、本格的なチャンバラをやりたい。それで、岡田准一さんを主役にしたんだ。岡田さんは、今、殺陣は日本一だと公言していいと思う。

映画の惹句は『ただ愛のため、男は哀しき剣を振るう――』なんだけど、その通りの映画を作ろうと思ったんだよ。

葉室さんからは、監督を木村大作がやると伝えたら、『好きなようにやってください』と返事があった。葉室さんは、俺を育ててくれた黒澤明が好きで、リスペクトしているからだろうな。俺の作品も観てくれていた。脚本を書いてもらった小泉堯史さんは、(葉室氏の直木賞受賞作を映画化した)『蜩の記』で監督と脚本をやっているから、葉室さんからすごく信用があったし。

去年の9月に初号試写を観た葉室さんは、『本当に良かったです』と言ってくれたよ。12月に亡くなったけど、そのときは元気だった。会ったのはそれが最後だね」