社長の正義は経済合理性である
たとえば、「コスト削減のため原価を下げたいが、売値は下げたくない。ファッション性も犠牲にしたくない」という議論がある。当然私は、ファッションの良し悪しは何もいえない。しかし、ジャケットの胸にポケットをつけたいというデザイナーに、「ジャケットにポケットをつけるのに10?30円かかるが、売れ行きはどう変わる?」と、問いかけることはできる。
あるいは、「スカートのプリーツ加工を全面にするか、前だけにするか、後ろだけにするか、それで上代が1000円から1500円も変わる。お客さまは本当に、全面プリーツでないと買わないだろうか?」と、そんなことを指摘する。デザイン的な観点からいえば、ポケットもプリーツも絶対にあったほうがいいという結論になるのだろう。それがファッション担当の目線だ。
しかし私は、経済合理性の観点から口を出す。コストを下げてなお、売れ行きが変わらないなら、合理性あり、ということになる。結果、私がいた当時は、上代100に対し34%だった原価率を、17%まで下げることに成功した。
クレッジの主力ブランド「リップサービス(以下リップ)」を手がけるデザイナーが「そのデザインではリップらしくない」「それじゃ可愛くない」と反論してきたことがある。気持ちは痛いほどわかるが、私はさらに反論した。
「おれもあなたも凡人だ。アルマーニやラルフローレンのような超一流では到底ない。無から有を作ることなどそうそうできない。だったら、まずは売りたいものを作るんじゃなくて、売れるものを作ろうよ」
じゃあ売れるものってどういうものですか、と食い下がるデザイナー。「この週末、他のブランドを回って、109で一番売れたものを集めてきなさい。それが今売れるものです。それをリップっぽくアレンジできるのは、君たちしかいない」。これで売れるものができるし、ブランド独自のテイストでも差別化できる。
専門性の高い部分にはまったく口を出さなくても、プロ経営者にやれる仕事は、いくらでもある、ということだ。だから、メガネスーパーの再生の依頼を受けたときも、まったくメガネのことを知らなくても引き受けることができた。
その後のV字回復は社員たちの粉骨砕身の努力の結果に他ならないが、門外漢であることを恐れず強みとしてきたことで、今こうして刺激的な体験を社員の皆とできているのは間違いない。
星﨑尚彦(ほしざき・なおひこ)ビジョナリーホールディングス代表取締役社長
1966年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、三井物産(株)に入社。主に繊維事業、ファッション事業に携わった後、スイスのビジネススクールIMDへ留学。MBA取得後の2000年、スイスの宝飾メーカー「フラー・ジャコー」日本法人の経営者に就任、短期間で同社業績の飛躍的向上に成功。その後、婦人靴で名高いイタリアの皮革製品メーカー「ブルーノマリ」や、米国のスノーボード用品ブランド「バートン」で日本法人の経営者を務め、2012年にアドバンテッジパートナーズからの要請により、アパレルメーカー「クレッジ」の経営再建を担い、1年半でV字回復を達成。2013年6月、メガネスーパーの再建を任され、2016年に同社9年ぶりの黒字化を果たす。2017年11月には株式会社ビジョナリーホールディングスの代表取締役社長に就任。アイケアの啓発・普及を旗印に、先進アイケアサービス・店舗の拡大や積極的なM&Aといった成長戦略を加速させ、2018年には3期連続の黒字を実現。(『THE21オンライン』2018年10月号より)
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