近年大きな社会問題となりつつあるのが認知症問題です。実は、認知症は相続対策の「大敵」です。認知症になるとほとんどの相続対策が実行できなくなってしまいます。そこで今回と次回は、認知症と相続対策との関連で、これだけは知っておいていただきたいことをお話ししたいと思います。
いよいよ認知症700万人時代へ突入
そもそも認知症とはどんな状況を指すのでしょうか。認知症は、判断能力が不十分となり、契約などの法律行為を適切に行うことができない状態をいいます。簡単に言えば、自分自身で何かを決めて実行する能力がなくなってしまうことです。
厚生労働省によると、2025年には全国で認知症を患う人の数が700万人に達すると予想されています。現時点で認知症患者の数は500万人を超えているものと思われますが、これが毎年増加を続けていくのです。
700万人とは、65歳以上の高齢者の5人に1人に当たります。80歳以上でみればこれよりはるかに高い割合で認知症となってしまいます。もう他人事ではすまなくなっているのが認知症問題なのです。
認知症になるとどんな点で困るのか?
認知症になると様々な面で不都合が起こりますが、例えば次のようなことがよくあります。
・預金がおろせなくなる
本人が認知症であることを銀行に知られると、本人の預金がおろせなくなってしまいます。本人の老人ホームの費用や医療費など必要な支出を本人の口座から支払うことができなくなりますし、不足している残高を賄うために他の口座から移し替えることもできなくなってしまいます。
・不動産が売却できなくなる
例えば不動産市況の良い今のうちに不要な不動産を売却して現金化しようとしても、本人が認知症の場合、売却することができません。
不動産売買の際は、本人の判断能力があることを確かめるため、司法書士が本人の住まいや老人ホームなどへ出向き、認知症でないかどうか面会に行くこともあります。その結果問題ないと判断されてはじめて不動産売買契約が有効に締結され、所有権移転登記も実行されます。
もし認知症である場合は、後で説明する後見人をつけなければ売買を実行できません。
・遺産分割協議ができなくなる
例えば本人の配偶者がなくなったとき、本人は相続人となりますが、認知症により本人に判断能力がないと遺産分割協議ができなくなります。つまり、亡くなった人の遺産を相続人の間で分けることができなくなってしまうのです。遺産分割を行うためには後見人が必要となります。
そもそも成年後見制度の目的とは?
このように、認知症の方が不動産売却や遺産分割など種々の行為を行うためには後見人という手助けの存在が必要となりますが、このための仕組みが「成年後見制度」です。
成年後見制度とは、認知症や精神障害などにより判断能力が不十分な方を法律的に保護し、支えるための制度です。判断能力が不十分な方を成年被後見人(以下「被後見人」)、被後見人を援助する方を成年後見人(以下「後見人」)と呼びます。
後見人には親族のほか、司法書士や弁護士などの専門家が選任されることもあります。最近では、親族よりも専門家が選任される割合が増えてきています。
後見人の職務には、身上配慮義務(被後見人の意思を尊重し、心身状態や生活状況に配慮する)や財産管理義務(財産を適正に管理する)といったものがあります。
そして、不動産売却や遺産分割を進めるためにどうしても必要である一方、相続対策を実行するうえでネックになってくるのが、この「財産管理義務」なのです。
注)成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」があり、さらに法定後見制度には「成年後見」「補佐」「補助」の3つの類型があります。本コラムでは特に断りのない限り、「成年後見制度」や「成年後見」といった表現は、法定後見制度の成年後見を指すものとして話を進めます。
成年後見制度を使うにはどうしたらよいの?
成年後見制度を使い、後見人を立てるためには家庭裁判所へ法定後見の申し立てをする必要があります。
概ね、次のような流れになります(東京家庭裁判所の場合)。
・申し立てのための書類作成、資料収集(戸籍謄本、住民票、親族関係図、財産目録、収支状況報告書など)
・申し立てのための面接日を家庭裁判所へ予約
・申し立ての面接
・本人調査(被後見人となる本人との面接)
・鑑定(本人に判断能力がどの程度あるかを医学的に判定。申し立て時の医師による診断書の内容によっては省略されることもあります)
・審判
・審判確定(審判書が後見人に届いてから2週間で確定となります)
・後見登記(裁判所から法務局へ職権で申請されます)
申し立てから後見登記が完了するまで2~4カ月程度かかります。申し立てに必要な資料準備・打ち合わせなども含めると、6カ月程度はみておいた方が良いかもしれません。
東京家庭裁判所では「成年後見申立ての手引」を作成しています。詳しくはホームページをご覧ください。
http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/koken/seinen-koken/index.html
最近は親族ではなく司法書士や弁護士などの専門家が後見人として選ばれることが増えており、親族だけで申し立てをすると、全く面識のない専門家が後見人になることもあります。そのため、事前に信頼のおける専門家に相談し、親族が後見人になれなくともその専門家が後見人に選任されるような事前準備をしておくのがよいと思います。
次回は、後見人を立てることにより、具体的に相続対策にどのような影響があるのか、それに対してどのように対処していったらよいのかをお話ししたいと思います。
足立 武志(あだち たけし)
足立公認会計士事務所代表 公認会計士・税理士・ファイナンシャルプランナー
個人投資家の「困った!」を解決する公認会計士。一橋大学商学部経営学科卒業。資産運用に精通した公認会計士として個人投資家向けに有用かつ実践的な知識・情報をコラム、セミナー、書籍、ブログ等で提供。株式会社マーケットチェッカー取締役として株式投資スクリーニングソフト「マーケットチェッカー2」の開発にも関わる個人投資家でもある。
(提供=トウシル)
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