相続に関する制度が約40年ぶりに見直され、残された配偶者の生活を保障するさまざまな制度がつくられます。

相続の制度は相続人どうしで公平に遺産を分けられるように定められていますが、原則のとおりに遺産を分けることが必ずしも良い結果につながるとは限りません。

たとえば、遺産が自宅だけで十分な預貯金がなければ、遺産を分け合うために自宅を処分しなければならず、残された配偶者が住まいを追われるといったことも起こります。 仮に自宅を相続できても、預貯金が少なければその後の生活が苦しくなることもあります。

残された配偶者が生活する期間は高齢化で長くなる傾向にあり、必要な生活資金も多くなっています。相続で住まいと生活資金が十分に得られない状況を改善するため、制度が見直されることになりました。

この記事では、今回の制度改正で新設される「配偶者居住権」、「配偶者短期居住権」のほか、生前贈与された自宅を遺産分割の対象外にする制度についてご紹介します。

「配偶者居住権」で残された配偶者の生活を保障
(画像=税理士が教える相続税の知識)

1.所有権がなくても「配偶者居住権」で残された自宅に住める

今回の制度改正では新たに「配偶者居住権」が認められます。 自宅に関する権利を「所有権」と「居住権」に切り分けることで、残された配偶者が自宅に引き続き住みながら今後の生活資金も十分に得られるようになります。

1-1.配偶者居住権を使った場合の遺産の分け方

配偶者居住権ができることで遺産の分け方がどのように変わるか、下の図の事例を使って解説します。

「配偶者居住権」で残された配偶者の生活を保障
(画像=税理士が教える相続税の知識)

民法では相続人が相続できる遺産の割合として法定相続分が定められています。 この事例のように、相続人が妻と子供1人の場合では、それぞれ遺産の1/2を相続します。 遺産総額が5,000万円であれば、妻と子の相続分はそれぞれ2,500万円となります。

改正前

妻が評価額3,000万円の自宅を相続すると遺産をもらい過ぎることになるため、子に500万円を支払う必要があります。妻が個人の財産を持っていなければ自宅を売却して500万円を用意することになり、遺産の公平な分配を図るはずの制度が相続人の生活を脅かす結果になってしまいます(妻と子で話し合って、妻が自宅を相続し、預金を親子で半分ずつ分けるといった分け方も可能です。ここでの説明は、法定相続分で分けるとした場合の事例をお伝えしています)。

改正後

配偶者居住権ができることで、自宅を所有する権利と自宅に居住する権利を別々に相続できるようになります。妻が自宅に住み続けるためには配偶者居住権を相続すればよく、所有権は子に譲ることができます。

自宅の評価額のうち配偶者居住権を1,000万円と定めた場合は、残る2,000万円が所有権となります。この事例では妻が1,000万円の配偶者居住権を相続しても預貯金を1,500万円相続することができ、住まいと生活資金の両方が確保できるようになります。

1-2.配偶者居住権は建物の居住に絞られた権利

配偶者居住権は、残された配偶者が自宅に居住するための権利です。 自宅に居住する配偶者は所有者に対して賃料を支払う必要はありませんが、家の修繕費などの必要経費は負担する必要があります。

配偶者居住権で居住できる期間(居住権の存続期間)は残された配偶者が亡くなるまでですが、一定の期間を定めることもできます。

配偶者居住権の評価方法

配偶者居住権の価値は、平均余命など居住権の存続期間をもとに算出します。 存続期間を残された配偶者が亡くなるまでとした場合は、配偶者が高齢であるほど配偶者居住権の価値は低くなります。

配偶者居住権は売買・譲渡できない

配偶者居住権は残された配偶者の住まいの確保を目的にした権利であることから、売買、譲渡することはできません。

小規模宅地等の特例は適用できない

配偶者居住権については、相続税の小規模宅地等の特例は適用できません。

配偶者居住権は正確にいえば、居住していた「建物」を無償で使用することができる権利です。小規模宅地等の特例は自宅の「土地」について評価額を減額する制度であり、建物を対象にした配偶者居住権は対象になりません。

2.遺産分割が決まるまでは「配偶者短期居住権」で引き続き住める

今回の改正では、仮に配偶者が自宅を手放すことになっても一定期間は自宅に引き続き住むことができる「配偶者短期居住権」も認められます。

配偶者短期居住権では、次のいずれか遅い日までは配偶者が引き続き自宅に住むことができます。

  • 遺産分割が終わるまで
  • 相続開始(被相続人の死亡)から6か月

配偶者短期居住権で配偶者は相続開始から少なくとも6か月は自宅にとどまることができ、生活の安定が図られます。また、配偶者短期居住権を金額に換算して相続財産から差し引かれることもありません。

配偶者居住権と同様に、配偶者短期居住権は売買、譲渡することはできません。家の修繕費など必要経費は居住する配偶者が負担します。

3.生前贈与・遺贈で自宅を相続財産から除外

今回の制度改正では、一定の条件のもとで自宅を相続財産から除外して配偶者の生活を保障する制度もつくられます。具体的には、亡くなった配偶者から生前贈与または遺贈(遺言による贈与)された自宅は相続財産から除外することになります。

通常、亡くなった人から贈与された財産は、相続でもらうべき財産を前もってもらっていたと考えて、相続財産に含めて遺産分割を行います。自宅を贈与されていた場合はその自宅も遺産分割の対象になり、相続でもらう財産が少なくなるか、場合によっては何ももらえないこともありました。

改正後の制度では、結婚20年以上の夫婦の間で生前贈与または遺贈が行われた場合、その財産は贈与した人が死亡したときの相続財産には含めないことになります。長年連れ添った配偶者が財産の形成に貢献したことを考慮し、残された配偶者の生活を保障する目的があります。

下の図では、結婚20年以上の夫婦の間で夫が妻に自宅を生前贈与していた場合の例をご紹介しています。

改正前は自宅が相続財産に含まれ、法定相続分に従って遺産を分割すると妻は預貯金を十分にもらうことができませんでした。改正後は自宅は相続財産に含まれず、預貯金のみを親子で折半することになります。妻は住まいを確保しながら、今後の生活資金を十分に得ることができます。

「配偶者居住権」で残された配偶者の生活を保障
(画像=税理士が教える相続税の知識)

4.施行日について

今回の制度改正は、平成30年1月16日に法務大臣の諮問機関である法制審議会の民法部会でまとめられたものです。民法の改正法案は閣議決定を経て同年3月13日に国会に提出されましたが、4月現在ではまだ成立していません。法案が成立して公布されれば、1年以内に施行される見通しです。

5.まとめ

以上、「配偶者居住権」をはじめとした、相続に関する制度改正についてご紹介しました。

これまでの制度では、相続人どうしで公平に遺産を分けることを重視するあまり、長年連れ添った配偶者が財産の形成に貢献したことは十分に考慮されていませんでした。新しい制度では、残された配偶者が生活基盤を確保できるように配慮されています。

制度のより詳しい内容については相続の専門家に確認することをおすすめします。(提供:税理士が教える相続税の知識