株式会社ソディック

放電加工機などの工作機械や、射出成形機などの産業機械、無菌包装米飯製造システムなどの食品機械で、グローバルにものづくりへ貢献する株式会社ソディック。2025年、代表取締役CEOに就任した圷(あくつ)祐次氏は、入社後の23年間を米国で過ごし、グローバルビジネスの荒波を乗り越えてきた人物だ。

会社全体としても「真のグローバル企業」となるため、何が必要なのか。圷氏が強く訴えるのが、単に機械を売るだけにとどまらず顧客のものづくりに加わり、その中で必要となるソリューションのアイデアを出す、提案型のビジネスモデルだ。

新たなイノベーションを起こすための取り組みを、圷氏に聞いた。

圷祐次(あくつ ゆうじ)──代表取締役 CEO 社長執行役員
1964年、茨城県生まれ。1987年、東京理科大学工学部卒業後、ソディック入社。1991年にアメリカ現地法人へ出向し、2005年同法人取締役副社長、2016年同法人取締役社長を歴任。2022年にソディック最高執行責任者(COO)、2024年に取締役副社長執行役員を経て、2025年より現職。
株式会社ソディック
1976年、設立。数値制御(NC)放電加工機メーカー。放電加工機の他、マシニングセンタ、3D金属プリンタ、レーザー加工機などの工作機械、射出成形機などの産業機械、さらには無菌包装米飯製造システムや製麺機といった食品機械の開発・製造を手掛ける。2026年に設立50周年。
企業サイト:https://www.sodick.co.jp/

目次

  1. 会社設立から約10年、東証二部上場時に入社
  2. ビジネスを「上手に」するためのマインドセット
  3. 「中国依存からの脱却」に対するソディック独自の考え
  4. 「機械+ソリューションを提供するメーカー」への転換
  5. 真のグローバル企業へ向けて進化

会社設立から約10年、東証二部上場時に入社

── 圷社長は、入社早々に渡米し現地のビジネスを開拓しています。当時から現在に至るまで、ソディックはどのように成長したのだと見られていますか?

圷氏(以下、敬称略) 私がソディックに入社したのは1987年です。会社の設立が1976年ですから、その当時はまだ設立10年ほどでした。

私が入社したころは東証二部(当時)に上場したばかりでしたので、ベンチャー気質は当然ありました(現在は東証プライムに上場)。日本の経済が昭和の時代に大きく成長する流れの中で、ソディックも成長してきたという側面があります。

私は入社して4年後の1991年にアメリカへ渡りました。そのため、日本国内のソディックが設立後、10年から20年の間で起こった大きな変化については、その場に居合わせておらず詳しくは申し上げるのが難しいです。

アメリカの事業については、いかに再建するかに注力していました。アメリカにいたのは1991年からで、2013年まで実に23年間となります。その後、一旦、日本に戻り、3年間本社で欧米担当の部署にいましたが、2016年から再びアメリカに社長として戻ることになりました。

そして2022年にはCOOに就任し、現在はCEOを務めています。入社から40年近く経ちますが、その間にソディックは大きく変化しました。

── ソディックの製品について、教えてください。

 入社した当時、ソディックは放電加工機のメーカーでした。そこから事業領域を徐々に広げ、射出成形機、マシニングセンタ、3D金属プリンタ、レーザー加工機など、ラインアップを増やしています。

それに伴い、ユーザー層も変化しました。私がソディックに入社した当初は、ビジネスの領域はほぼ日本国内に限られていました。しかし、時代が移り変わり、国内の売上規模が縮小する一方で、海外での売上が増加しています。

時代の変化に伴い、事業の進め方も変わりました。円高の時代にはタイに工場を建設し、ドルベースで取引することで優位性を築いています。その後、中国にも工場を建設するなど、時代の流れに合わせて事業のあり方を変えてきました。

ビジネスを「上手に」するためのマインドセット

── 社長の海外経験は、現在のソディックにどのような影響を与えていますか? また、若手社員に求めることや課題感について教えてください。

 私は、日本人がどうこうというよりも、多様性を受け入れるというスタンスでいます。日本人が頑張ることも、海外で頑張る社員も、同じように見ています。

若い世代に伝えているのは、常に視野を広く持ち、日々の仕事に取り組むことの重要性です。視野を広く持つこととは、たとえば営業部門、サービス部門、管理部門など、さまざまな部門の連携が挙げられます。縦割りではなく、横串を通したコミュニケーションが不可欠です。

これは工場内でも同様で、生産担当、技術担当、調達担当など、各部門が連携し、広い視野を持ってビジネスに関わることが求められます。私は、社員に向けてこの点を繰り返し伝えています。

昨年もタウンホールミーティング(社長と従業員との対話の場)を実施し、現場のさまざまな世代の社員と直接対話する機会を持ちました。

その中で、横串でのコミュニケーションの重要性について、現場の社員も理解しているものの、組織が大きくなるにつれてコミュニケーションが取りにくくなっているという課題も浮き彫りになりました。

── 会社の強みである技術力と、職人気質を持った技術者がマーケットインの考え方を持つこととのバランスについて、どのように組織全体へ浸透させているのでしょうか?

 日本に戻ってきて強く感じたのは、ビジネス意識があまり高くはないということです。

例えば「技術を追求する」という技術者魂は素晴らしいのですが、それだけでは会社は成り立ちません。開発したものを顧客に使ってもらい、ビジネスとして成立させることが、会社が生き残るために不可欠であるというマインドセットをここ数年、徹底してきました。

今では、技術者もその点を理解し、ビジネスへの意識が高まってきています。

「中国依存からの脱却」に対するソディック独自の考え

── 技術面では1998年にリニアモーター駆動方式の量産型工作機械への導入に成功しましたが、こちらを開発する決断に至った経緯を教えてください。

 リニアモーター駆動方式の導入は、ソディックにとって大きなターニングポイントでした。ボールねじ駆動方式は使用するうちに摩耗するため、交換コストがお客様に発生します。この課題に対し、リニアモーターという駆動方法に着目したのです。

当時の研究開発部門が、リニアモーターのハードウェア開発に加え、それを動かすための「モーションコントロール」という技術を開発しました。研究開発拠点であるソディックアメリカでこの技術を確立し、ハードウェアを精密に制御しながら動かす技術を構築したことが、大きな転換点となりました。

リニアモーターを搭載することで、部品同士が非接触であるため摩耗することがなく、購入から10年経っても精度が落ちないというメリットをお客様に提供できるようになっています。

── リニアモーター駆動の技術的な優位性について、競合他社が真似できない、あるいはしようとしない理由は何でしょうか?

 コスト面については、当社は製造プロセスをすべて自社で構築しています。リニアモーターに必要なマグネットなどの調達も、昔からしっかり確保してきました。この調達網の確立がなければ、リニアモーターの製造はできません。近年、日中関係の変化もあり、調達先の多様化も進めています。

── リニアモーター以外の技術についても教えてください。

 射出成形機においては、独自の「Vライン」という技術があります。これは、溶かしたプラスチックを流し込むラインと押し出すラインを別々に設けることで、非常に精密な成形品をつくれます。

たとえば、データセンターで使われる光ファイバーコネクタのような、微細なズレが通信品質に影響する部品は、当社の機械でなければ製造が難しいのです。リニアモーターとは異なる技術ですが、他社には真似できない独自の技術を数多く持っています。

── 中国市場への依存という課題に対し、どのような取り組みをしていますか?

 当社の主力顧客は金型製造業者です。かつて日本に多く存在した金型製造業は、現在、中国に多くが移転しています。そのため、当社の機械も中国で多く販売されており、市場から見ると「中国依存」ととらえられがちです。

しかし私の考えは、中国に市場がある限り、そこで機械を販売する必要があるということです。中国で生産した機械は中国のお客様へ、日本やタイで生産した機械は日本、ASEANや欧米諸国へ販売するというように、地域ごとに分けて考えています。

「中国依存からの脱却」は社内でも常に話していますが、それは中国以外の地域の販売台数をいかに増やすかということです。中国市場は中国でしっかり対応しつつ、他の地域では独自の戦略を持って強化することが重要だと考えています。

── 生産拠点の再編やシフト先について、現在どのような開拓をしていますか?

 生産拠点は現在、タイ工場、厦門(アモイ)工場が中心です。以前は中国に厦門と蘇州の二つの工場がありましたが、蘇州工場はテクセンターへと変革し、先日移転しました。これは、中国市場の需要が以前ほどではないと判断し、生産能力を適正化したためです。

一方、タイ工場については、欧米を含め需要が増加しており、ここ半年ほどは増産体制に入っています。

「機械+ソリューションを提供するメーカー」への転換

── こうした変化を現場の社員にどう理解してもらっているのでしょう?

 私は毎月、社員に向けて社長メッセージを発信しています。世の中の変化や当社の機械がどのような産業で使われているのかを伝える場です。

日本国内だけを見ていると、日本の製造業しか見えません。しかし、海外に目を向けると航空宇宙産業、エネルギー産業、最先端医療など、当社の機械が活用される分野はさまざまです。こうした話をすると、技術者や生産担当者は非常に興味を持って耳を傾けてくれます。

近年はNDA(秘密保持契約)が厳しく、公に話せないことも多いのですが、タウンホールミーティングなどを通じて伝えられる情報は共有するように努めています。そうした話を聞くだけでも、社員のモチベーションの向上につながっています。

── 世界的にも自動車のEV化やテスラのギガキャストなど、製造プロセスが劇的に変化していますが、こうした市場や成長のチャンスをどのようにとらえていますか?

 私も現場主義なので、お客様をよく訪問します。米国の航空宇宙産業に関わる製造会社の中には、これまで工作機械で作っていたエンジンパーツなどを3D金属プリンタで製造するようになったりと、その工程が大きく変革しています。

こうしたイノベーションを見ると、その発想力には本当に驚かされます。当社も3D金属プリンターを製造しており、産業は異なりますが、お客様と一緒にイノベーションに取り組んでいます。

当社が「これをつくったから使ってください」という姿勢ではなく、お客様のものづくりに深く関わり、一緒にアプリケーションを開発する。その中で、「当社はこのようなソリューションを提供できます」とアイデアを出す、提案型の営業が必要になると感じています。

── ソディックの技術が他社の課題解決の鍵となるケースが出てくると思いますが、製造プロセスをコンサルティングするような領域にも踏み込むのでしょうか?

 まさにその通りです。「機械メーカー=機械販売」ではなく、「機械+ソリューションを提供するメーカー」という姿勢が重要です。ソリューションには、自動化やお客様の求めるオプション化が含まれます。

お客様が「これをつくりたい」というときに、ソディックとして何を提供できるのか。当社のどのモデルの機械が適しているのか、どのようなオプションを搭載するのか。お客様と一緒に設計し、自動化のためにどのロボットやソフトウェア、CAD/CAMなどを選択するかも含めて、すべてがつながるストーリー性を持って営業することが、必要な時代になったと考えています。

真のグローバル企業へ向けて進化

── 日本の製造業や中小企業が生き残るために、どのような戦略を取ることが望ましいでしょうか?

 日本は長らくデフレが続いてきました。物価は上がっていますが、デフレマインドは簡単には変わらないと思っています。

しかし、日本のお客様もニッチで高付加価値な仕事をしている方がたくさんいます。そうしたお客様と一体になって、機械やアプリケーションの開発を一緒に行いたいと考えています。日本が常に世界トップであり続けるために、そうした一体感を大切にしたいです。

── 今後50年に向けたビジョンとして、どのような未来図を描いていますか?

 これからの50年は、グローバル企業を目指します。今まで「グローバルに展開する日系企業」でしたが、これからは真のグローバル企業として、社員一人ひとりがグローバルな視点でビジネスや開発に取り組む必要があります。多様性の時代ですから、さまざまな人種の人たちと一緒に取り組むことが重要です。

── グローバル化を進めるにあたり、現地のスピード感で決断できる組織にするために、今、必要なことは何でしょうか?

 現地化を進める上で最も重要なのは、人材です。現地のグループ会社を任せるわけですから、現地の社員を育成するか外部から優秀な人材を招くかの検討を含め、戦略的に進める必要があります。

管理面では、日本の本社としてコーポレートガバナンスをしっかり維持しつつ、事業を把握・管理することも必要です。

── 今後のソディックの未来図に対して、社長自身の役割をどのように認識していますか?

 従業員のマインドセット、特にビジネスに対する考え方をしっかり持ってもらうことが重要です。そして、当社の原点である「創造=イノベーションを起こす」を、どこにも負けないようにしながら追求します。

世代交代が進む中で、若い世代の考え方も取り入れつつ、お客様の現場を理解しながら開発を進めたい。営業部門とも連携し、横串でコミュニケーションを取りながら目標へ向かうことが私の役割だと考えています。

氏名
圷祐次(あくつ ゆうじ)
社名
株式会社ソディック
役職
代表取締役 CEO 社長執行役員

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