ジダン監督はいかにミレニアル世代を率いているのか?
ミレニアル世代の若者たちはSNSの使い方には長けているが、社会性に関する能力(忍耐強さ、謙虚さ、忠言に耳を傾けること、親や教授、目上の人に対する敬意)といったものには欠けている。
―ラメッシュ・ロヒア
監督としてのジダンの成功の秘訣とは何なのか?
私が告白しなければならないのは、ジネディーヌ・ジダンが2016年1月4日にレアル・マドリードのトップチーム監督に任命されたとき、これはあくまでも王朝の交代期の狭間にある暫定的な処置だと考えていたということだ。カルロ・アンチェロッティ監督時代に助手を務め、不人気極まりなかったラファエル・ベニテス監督(今となっては任命そのものが間違いだったと考えられている)の時期を経て、それほどの期待があろうはずもなかった。
また、ジダンは言うまでもなく偉大な選手だったが、ほかの名将たちと比べて明らかに指導歴が浅く(レアル・マドリードの下部組織での指導経験はあるが、特筆すべきものではない)、監督となる準備が整っているようには見えなかった(むしろ本当に監督が務まるのか疑念は深まるばかりだった)し、内気な性格もあり戦術にそれほど詳しいようにも見えず、記者会見での語り口も決して褒められたものではなかったからだ。いかなる要素を並べてみても、短期間のうちに現代フットボールにおいて初となる3年連続UEFAチャンピオンズリーグ優勝という伝説的偉業を達成する監督になるとは思えなかったのだ。
だが実際、世界でもっとも注目されるクラブ(しかも選手たちは強烈なエゴのかたまりばかりでそれをなだめるのも一苦労だ)の監督として、わずか2年半でジダンは多くの優勝タイトルを獲得し、名将の仲間入りを果たした。
監督としてのジダンの成功の秘訣とは何なのか? 私たちはリーダーとしてのこの男から何を学ぶことができるのか? これがまさに本書の主題である。
ジネディーヌ・ジダン監督はミレニアル世代に合わせた新しいリーダーシップとでも言えるものを発揮し、2000年代における最高の才能を掌握したうえで、それぞれの能力をより引き出してまとめている。
ラファ・ディアスはリーダーシップ研究の泰斗だが、誰も率いたがらない我の強い世代を見事にまとめ上げているジダンのリーダーシップに驚嘆させられた一人である。
ミレニアル世代とは何者なのか?
この世代は大体1980年から2000年の間に生まれており、怠け者でナルシシストな世代とよく称されている。雑誌の「タイム」は、2013年5月にこの世代を「ミー・ミー・ミー世代」と名付けて表紙で打ち出した。自己中心的で〝よく理解できない世代〟(フットボール界でも一般企業でもだ)とされているが、2018年にはこの世代がスペインにおいては全労働者の4分の1以上を占めており、2020年には私たちの会社組織においてその数は35%を超え、さらに2050年には70%に達するものと見込まれている。
「ジダンの場合」を見てみると、レアル・マドリードのベンチ入り要員は最年少が1998年5月13日生まれのルカ・ジダン(ジネディーヌの息子だ)、最年長が1985年2月5日生まれのクリスティアーノ・ロナウド(3年連続のCL優勝を果たした時点におけるそれぞれの年齢は20歳と33歳ということになる)だった。つまり、選手全員がこのミレニアム世代ということだ。
ここでの質問は、もしミレニアム世代でない者がミレニアム世代を率いたら成功できるのか? ということだ。ジダン(1972年生まれ)自身はミレニアム世代には属していないが、そんな新世代を理解して、率いることができたのはなぜなのか……?
フットボール界の一流監督の年齢は多岐にわたる。
サー・アレックス・ファーガソンとアーセン・ヴェンゲルは、それぞれ1941年と1949年の生まれだ。現在はナポリを率いる、カルロ・アンチェロッティは、1959年に生まれた。そしてジェネレーションX(1960年から1980年の間に生まれた世代のこと)の監督は、以下の通りだ。ラファ・ベニテスは1960年。レナト・ガウショは1962年。ジョゼ・モウリーニョ、1963年。エルネスト・バルベルデ、1964年。ユルゲン・クロップとマッシミリアノ・アッレグリは1967年。アントニオ・コンテ、1969年。ディエゴ・パブロ・シメオネ、1970年。ジョゼップ・グアルディオラとウナイ・エメリはともに1971年だ。マウリシオ・ポチェッティーノは1972年。現時点で世界最高の監督たちはジェネレーションXに属していることがわかる。明文化されているわけではないが、この世代がミレニアム世代を率いて栄光を勝ち得ていると定義することができる。
私たちがよく覚えているのは、2006年2月に、レアル・マドリードの会長職を辞そうとするフロレンティーノ・ペレスが、20数人の若造どもをまとめるのは万単位の会社の従業員を率いるよりも難しいとこぼしたことだ(その後、そんな比較をするのは選手たちに対して失礼だ、と後悔の念も示していたが)。
ラファ・ディアスと彼のチームは、新しいリーダーシップのかたちを発見してみせた。
ミレニアム世代を率いるリーダーとは、チームのモチベーションに重きを置く人物のことであり、インスピレーションを与えつつ、チームを構築して変化をもたらす存在であるということだ。
ミレニアム世代は、かつてのような集団意識を強制し官僚的で伝統を押し付けるばかりのリーダーを嫌い、自分たちに啓示を与えつつ人間関係を重んじるリーダーを好み、そんな要望に応えられるリーダーがフットボールに限らずあらゆる業界において目覚ましい成果を出しているということだ。
ジダンは自らの選手としての伝説の部分を活用しつつも、ミレニアム世代の選手たちの巨大なエゴをなだめるべく、彼らにささやきかけるという手法で成果を残した。CL3連覇は決して偶然のものではなく、必然のものだったのだ。
ミレニアム世代を率いるための7つの要素
これは世代交代の物語でもある。ミレニアム世代はかつてなら卓越したリーダーシップと評された「集団を引っ張る、指示を与える、責任は負う」といったものを強制ととらえる傾向がある。ミレニアム世代が中心になると、まず最優先にすべきは居心地がいい職場環境を作り上げることであり、チームのよいところを伸ばしていって、継続して改善と向上が見られるように努めることだ。また、彼らが決断を下すとき、この世代は組織の目的を見つめ直し、この決断がチームにどれほどの衝撃をもたらすのか、周囲の人におよぼす影響についても考える。こういうことをができるのが野心を備えた人物であり、真の意味で勝利を求める人たちの特徴とも言えるのだ。
このミレニアム世代を率いるリーダーシップに関する研究において、成果を出すうえで7つのカギとなる要素が提言されているので紹介しよう。
① リーダーシップを発揮するうえで明確な目標を打ち立てる。
レアル・マドリードの目標といえば、すべてが「いくぞレアル、決勝まで」(決して諦めるな)に基づいている。フロレンティーノ・ペレス会長が言明した通りである。「我々のチームは偉大な歴史があるから全世界から尊崇の念を集めている。私たちのクラブはユニフォームに息づくDNAの重みから尊敬を集めている。マドリディスモ(マドリー主義)の伝統に基づく価値観が代々受け継がれているのだ。困難を克服する、決して諦めない、謙虚さ、そして勝利に向けて戦い続けるという確信こそが脈々と受け継がれる伝統の正体だ」
② 客観性のある診断をしたうえで科学的にチームの発展のために必要な強みを把握する。
ミレニアム世代にとって実力主義は非常に重要である。
③ マネジメント能力開発プログラムを活用する。
チームを率いる能力というものは戦略や戦術より重要なものであり、訓練と学習によって伸ばすことができるものと知る。
④ メンタリングとコーチングのプログラムを導入する。
リーダーは尊敬の念を増幅させたうえで指導者(コーチ)として振る舞わなければならない。
⑤ 今後のプロ生活について話し合うことができる文化や雰囲気を作り上げる。
⑥ 中長期続けられる関係を作り上げたうえで、チームへの定着率が高まるような投資をする。
⑦ 多様な世代に対応できるよう、代替案となる雇用形態の道も開いておく。
ジズー式リーダーシップは間違いなく大成功した事例のひとつである。ジダンは組織内に巣食う悲観論(ラファ・ベニテスからクラブを引き継いだとき、そして2年後にラ・リーガ〈スペインリーグ〉とコパ・デル・レイ〈スペイン国王杯〉の道が断たれたとき、ベイルとベンゼマが絶不調という危機的状況の中でチャンピオンズリーグの決勝トーナメントベスト8でネイマールを擁するパリ・サンジェルマンと対戦したとき)を廃して楽観的思考を持ち込んだ。彼の地位そのものが危うくなったときでさえ、絶望の淵から再び立ち上がってチームを上昇気流に乗せ、ケイラー・ナバスからマルセロに至るまでが彼に従い、フランス、イタリア、ドイツの各国王者を撃破していき、決勝でスーパースターのモハメド・サラーを擁したユルゲン・クロップ率いる優勝最有力候補のリヴァプールをも下してチームにCL3連覇という栄冠をもたらしたのだ。
彼の「ミレニアム世代にささやきかける手法」により、ジダンはあらためて絶大な尊敬をあらゆる方面から集めることとなったのである。
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