ジダン監督のリーダー論4
(写真=FabrikaSimf/Shutterstock.com)

フットボールの監督という苦悩

知らぬ者とは、見えぬ者なり。
         ―スペインのことわざ

監督になるために必要な資格

ジネディーヌ・ジダンがカルロ・アンチェロッティの助監督として経験を積んでいたとき、チャンピオンズリーグ優勝も達成したわけだが、おそらくその頃に〝本物の〟監督になりたいという志向を固めたのだろう。いくつかのクラブ、その中には古巣のジロンダン・ボルドーも含まれるが、彼に指導者のポストをオファーしていた。しかし、フロレンティーノ・ペレス会長はそんなすべてを出し抜き、Bチームであるレアル・マドリード・カスティージャ(リーガのセグンダB=3部に所属)の監督職を彼にオファーしたわけだ。

ところが、このフロレンティーノ会長による監督任命は、根本的な問題を含んでいた。ジダンは、監督になるために必要な資格を持っていなかったのだ。フットボール史上有数の名選手であることに疑問の余地は全くなく、選手としての経験値も申し分ないが、監督として指導するのに必要な資格は備わっていなかった。彼にはレベル3、つまりはUEFAプロと同等の資格が必要だった。ゆえに、クラブはサンティアゴ・サンチェスを名目上の監督に指名し、ジダンを彼のアシスタントというかたちにした。

2014年8月、国立監督養成センター(CENAFE)のミゲル・アンヘル・ガラン会長は、この事態を違法だと切って捨てた。ジダンは助監督というかたちで登録されていながら、レアル・マドリード・カスティージャの監督としての権限をふるっていると問題視したのだ。スペイン王立フットボール協会(RFEF)に付随する監督審査委員会は、この〝ジダン事件〟をセグンダB審査委員会に持ち込んだ(レアル・マドリード・カスティージャが所属するリーグ組織だ)。

本件を取り扱ったフランシスコ・ルビオは、同年10月27日にRFEFの規則104条2項に違反するという理由で、3か月間の指導活動禁止処分を下した。しかし、レアル・マドリードはスペインのスポーツ司法に関する最高組織、スポーツ調停特別委員会(TAD)へ上訴した。TADはこの処分を延期し(ジダンが最高責任者として指導する様子を写した幾多の映像やウェブサイトが存在するにもかかわらずだ)、その後、11月21日にこの禁止処分は実行されないまま期間が過ぎた。ジダンはフランスの高級紙ル・フィガロに対してこう宣言した。

「常に、私は規則内で行動している」

そして、フランスのスポーツ紙レキップは「彼を働かせろ」と見出しを打った。

1980年代にも同じような事件があり、ヨハン・クライフも必要な資格を備えないまま1988年5月にFCバルセロナの監督に就任した事例があった。公式には、側近のカルロス・レシャックが持っているかたちだった。ひとつの悪例である。

2015年にRFEFは、このような事例をプリメラ(1部リーグ)でもセグンダ(2部)でもセグンダB(3部)でも繰り返さないために、第159条の「指導者の雇用」という条項で、次のような規則を加えた。監督は例外なくレベル3かUEFAプロの資格が必要であり、この条件はプリメラ、セグンダ、セグンダB、テルセラ(4部)で指導する場合には一切の例外がないと定められた。

UEFAプロ(レベル3)ライセンスは、フットボール界の指導者資格としては最高のもので、その下に位置するのがUEFA・B(レベル1)とUEFA・A(レベル2)である。欧州でプロのフットボールチームの指導にあたりたいのであれば必須の資格で、万一このライセンスを持っていない場合は、最大で12か月だけ暫定期間が与えられる。

2010年以前は、この資格を保有していない指導者は無条件で失格となっていた。1998年1月17 日、スペインとそのほかの5か国(ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、デンマーク)が、それらのライセンス資格についてUEFAと協定を結んだ。現在はさらに多くの国々の連盟がこの協定に参加していて、UEFAはそのすべてを管理下に置いて各国の手法を精査するようになっている。ライセンスはどれも有効期間が3年で、UEFAの規定によると、ライセンス保有者は更新のために学会や学習コース、セミナーなどに参加し、今後も指導を続けられる状態を維持しなければならない。

スペインにおいてはUEFAプロライセンス保有者の数は2000人を超え、ドイツでも1000人以上いる。ジダンもこんな言葉を吐露している。

「フットボール選手になるのは簡単だ。難しいのは監督になることだ」

監督に求められる資質

バルセロナ大学の付属施設であるバルセロナ国際大学センターのスポーツ・パフォーマンス、テクニフィケーションの専門家によると、フットボール界の名監督には以下の要素が必要だという。

①フットボールと、勝負の何たるかを知っている

一見当たり前に聞こえるかもしれないが、多くの偉大な監督たちは選手としてもある程度の成功を収めている場合が多い。その好例がジダンであり、ルイス・エンリケ、ペップ・グアルディオラ、ビセンテ・デル・ボスケ、ディエゴ・シメオネ、ローラン・ブラン、カルロ・アンチェロッティ、ディディエ・デシャンといったところだ。実際、ユニフォームを着てピッチに立った男たちほど、ロッカールームの力学がどうなっているか、各選手の性格はどうか、一人一人がどんなものを求めているのかを肌で知る者たちはいない。

②卓越したコミュニケーション力を備えている

仮にスポーツ界の教祖(グル)なり王様になったとしても、その知識や技術を選手たちに伝えられなければ監督としては意味がない(もっと言えば、試合前や試合中に戦術的な指示をどうやって出せばいいのかをわかっていないとならない)。

③優れた人間性を備えている

選手たちの自己管理に任せる余地を残しておきながら(今では非常に稀になってしまったが)、監督として自らの命令を浸透させて決断をチーム全体に受け入れさせるために、ある程度の権威をまとうことも必要である。このことは世界最高の選手たちが集うクラブにおいては特に重要であり、自身の決定事項をチーム全体に浸透させる力をもつことが求められる。しかし、監督は決して独裁者になってはならず、もしそんなことになったら選手たちの反乱を招いてしまう。この点において、人格者であるジダンは周囲の誰もが認めるところだ。

④選手たちの心理コントロールに長けている

20人から25人のプロスポーツ選手を率いていくのは言うまでもなく決して容易なことではなく、所属しているリーグのレベルが高くなれば尚更のことだ。選手起用、選手交代、あるいは敗退の後や大きな一戦の前に選手たちの士気を高めるのも重要な仕事だ。

⑤過ちからの学びを心得ている

過ちは、人の常だ。特に、監督が新しいクラブに着任したときが要注意である。監督交代は、大体が悪い結果の末に行われる。そこで重要なのは、新監督がデータから過ちを分析して、すぐに修正できることだ。ジダンが就任したときもそうだ。沈んだチームの流れを上昇させ、その4か月後には見事にチャンピオンズリーグ制覇を果たしている。

⑥不測の事態に備えている

主力ストライカーの負傷、大切な選手が代表から招集される、チームの雰囲気を悪くするニュースが入ってくる(たとえば同僚の病気など)、それらは必ず発生する。そうであると想定し、優れた監督は常に次善の策を袖の中に用意しているものだ。

⑦直観力を信じている

監督の視野はトップチームに注がれているばかりでは当然ない。下のカテゴリー(または別のクラブ)にいる選手へもその目は向けられていて、誰が自分のチームにフィットするのかを感じ取れる力は欠くことができない重要な資質である。常に、そのときチームに必要なピースを求める監督の嗅覚は休むことがない。

⑧忍耐強く、厳しい要求をし続けている

ハードワークを継続できるというのは、スポーツ界の成功を語るうえで欠かせない要素である。選手に求める分、それを見守る監督もまた同様にハードワークが必要だ。ピッチで肉体的なハードワークを見せる選手の一方、ベンチで指揮する監督は精神的な忍耐と、チーム全体に厳しい要求を継続するタフさがなければ勝利は得られない。

⑨スポーツマンシップを心の核に据えている

ジョゼ・モウリーニョは、フェアプレイの精神に欠けていればどんなに優秀な監督であってもキャリアの終わりの始まりがやってくるという事例と言えよう。その反対に位置するのがマヌエル・ペジェグリーニであり、アンチェロッティであり、それを受け継ぐジダンである。

⑩共感力が高い

選手たちの力を引き出してチームをよりよく機能させるためには、ロッカールームの雰囲気をよくしておくことが死活的に重要である。そのためにも傾聴して、選手たちに近づいてその能力を認め、戦うために必要な自信を植え付けて、彼らが替えのきかない重要な存在であると思い込ませることが力となる。その面で長けているのがアンチェロッティであり、その下で監督業を学んだジダンにとって、彼の立ち居振る舞いが現在の基本となっているのだろう。

監督が決してやってはならないこと

どんなに優れた監督でも失態を避けることは不可能に近い。ひとつの判断ミスが大きな失敗、フットボールでいえば負けるはずのない一戦を落とすこととなる。ジダンにもそのような一戦があった。2018年1月24日の対レガネス戦(コパの準々決勝)だ。その要因に触れる前に、一般的な観点から敗退に至る根幹を探ってみようと思う。

コーネル大学のデイビッド・ダニングとジャスティン・クルーガーは、非常に面白い事実を発見した。もっとも無能な人間には認知バイアスがかかり、より準備を重ねてきた周囲の相手たちよりも能力が上だと勘違いしてしまうというのだ。これを「ダニング・クルーガー効果」と呼ぶ。

「無能な人間の自己過大評価は、自身の能力を誤認するところから始まっている。相手の能力の過小評価は、相手の能力を低く誤認するところから始まる」

何もわかっていない者ほど、何かをでっちあげてしまうのだ。実践しながら学べるのにどうしてわざわざ自発的に勉強しなければならないのか、と。かのチャールズ・ダーウィンも次のように述べている。

「無知は往々にして、知識よりも多くの自信を生み出す」

無知とは非常に恐ろしいもので、準備万端な人、それこそソクラテスのような人こそ「私が唯一知っているのは、何も知らないということだ」と言うわけだ。論理的思考、文法、ユーモアに関する研究で、最低ラインの12%の人が自身を実力上位だと自己評価していた。逆説的なことに、この人たちが正規の授業を受けると、自己評価が上がることはなく幻想から目覚めたという。つまりは現実的になれたということだ。何かを知らないということは、実際のところ、何を失うのかわかっていないということだ。2000年に、ダニングとクルーガーはこの研究の成果を認められ、イグノーベル賞を受賞した。

この研究でも明らかになった幻想の優越感、傲慢さといのは、決断を下す際に悪影響をおよぼし、学習の差異にも負の効果をもたらすということだ。準備不足の者ほど、自らの実力が上だと勘違いする。これは自我(エゴ) の問題ではなく、純粋かつ単純に無知から発生する問題である。一見、謙虚に振る舞っているように見えたとしても、実績の裏付けがない過信は傲慢につながる。

「愚か者と議論はするな。お前がその低いレベルに引きずられて、相手がこの経験を通じてお前から何かを奪ってしまうぞ」

作家マーク・トウェインが指摘する通りだ。

『教職白書』の著者でもある、哲学者のホセ・アントニオ・マリーナは、学習の効能をほかの誰よりも信じている一人である。学習とは生存そのものにかかわる問題で、生き延びるためには個人であれ、チームであれ、組織であれ、社会全体であれ、少なくとも周囲の環境が進化するのと同じペースで学び続けなければならない。そして勝ちたいならば、それ以上の速さで学ぶ必要があるということだ。

そこで重要となる能力が英語で言うLearnability、つまりは「学ぶ力」である。知ることが大切なのではなく、学び続けられる能力こそが重要なのである。

ジダン監督
フアン・カルロス・クベイロ
リーダーシップ論とコーチング論のエキスパート。ビジネスコンサルタント会社IDEOの業務執行社員、AECOP(スペイン・コーチング&プロセスコンサルティング協会)名誉会長、デウスト商科大学教授、ESIC教員、フンデセム・ノバカイシャガリシア校長を歴任。スペインにおける、リーダーシップおよびコーチング論の第一人者として知られ、世界のトップ企業400社あまりの戦略コンサルタントを手掛け、著書も多数。
タカ大丸(タカだいまる)
1979年、福岡県生まれ、岡山県出身。英語同時通訳・スペイン語翻訳者で、韓国ドラマの字幕制作も手掛けるポリグロット(多言語話者)。英語翻訳書に『クリスティアーノ・ロナウド ゴールへの渇望』(実業之日本社)、『ザ・マネージャー』(SBクリエイティブ)、『ジョコビッチの生まれ変わる食事 新装版』『クリスティアーノ・ロナウドの「心と体をどう磨く?」』(新装版・ともに扶桑社)、『エムバペ』(扶桑社)のほか、スペイン語翻訳書『モウリーニョのリーダー論』(実業之日本社)、『貧困脱出マニュアル』(飛鳥新社)など多数。

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