(本記事は、藤井 正徳氏の著書『はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本 「経営改善計画」の活用による業績改善コンサルティングの実践手法』セルバ出版の中から一部を抜粋・編集しています)

課題を明らかにして意思決定につなげる管理会計

企業会計は、その目的に応じて「財務会計」と「管理会計」という2つに区分することができます。

まず「財務会計」とは、企業外部の利害関係者に、企業の財務状態や経営成績などに関する経済的情報を提供するためのもので、わかりやすく言えば決算書をつくるための会計です。

これに対して「管理会計」とは、主として企業の内部において、企業自身の情報を分析活用する目的で行われるものです。具体的には、社内において各業務プロセスからデータを集計・加工し、直接費や間接費の原価分析、収益性分析のレポートを作成し、それを基に現状把握や経営判断に活かしていきます。例えば、月次売上金額、部門別損益、商品の損益分岐点など、社内で使用される数字はすべて管理会計に含まれます。とくに法的なルールはなく、レポートの形式などについても制限はありません。

管理会計のメリットとしては、「数値に基づく意思決定ができるようになること」と「数値に基づく業績評価」などの経営者側のメリットが挙げられますが、管理職や現場レベルに経営者感覚を身につけてもらいやすくなることも利点となります。一般的な会計ソフトにも、財務会計をすることで管理会計に反映させる機能がついています。少なくとも使って損になることはありませんので、具体的には税理士事務所と相談のうえで進めていただくよう推奨します。

「部門別会計」でセグメントごとの収益性を把握する

経営改善における基礎データは、まずは決算書になります。ただし、決算書は全体の合計しか表示されません。1つの事業所で1つの事業しか行っていない小規模事業者であれば、この決算書を見るだけで充分です。しかし、多角化で複数の事業を運営している、あるいは多店舗展開で複数の事業所がある場合などでは、現状分析や課題の抽出、計画策定において十分な精査ができないケースがあります。

例えば、麺を製造してスーパーマーケットに卸している食料品加工会社が、自社の麺を使ったラーメン店も運営している場合、この会社には「製造業」と、「料理飲食店」という2つの側面があります。製造業の顧客は小売店等の事業者ですが、料理飲食店の顧客は地元住民であり、ターゲット顧客もビジネスモデルも利益の構造もまったく異なります。この2つの異なる事業がまとめて合算されてしまう決算書では、不振原因の核心に迫る分析はできません。

また、営業エリアや取扱商品が異なる5店舗を経営している小売業の場合、業績不振になったとしてもすべての店舗が同時並行的に不振になるわけではなく、特定の店舗が大きく足を引っ張っている可能性があります。しかし、5店舗がまとめて合算されてしまう決算書では、どの店舗が不振なのかということすら把握することができません。

このようなケースで活用したいのが、管理会計の手法の1つである「部門別会計」です。部門別会計とは、1つの企業が複数の事業や店舗を運営している場合に、それぞれの事業別・店舗別に損益を算出する会計手法です。

経営改善計画策定においては「事業分析」と「財務分析」を組み合わせて現状分析や課題抽出を行います。事業内容が異なれば、照らし合わせる財務内容もそれに応じたものでなければ意味がありません。1つの会社で2つの事業を運営している場合は、「2つの会社を分析する」のと同じレベルで実施します。また、計画策定後のモニタリングについても、全体の結果はもちろん、事業別・店舗別の業績を把握してこそ意味があります。

複数事業あるいは複数店舗を運営している会社の経営改善計画策定支援を行う場合は、部門別会計は必須です。もしも現時点で部門別会計を導入していないようであれば、社長さんと経理担当者と顧問税理士を説得して何が何でも導入していただきます。この場合は、「部門別会計を導入する」こと自体を、アクションプランとして織り込みます(今から部門別会計を新規で導入しても、その結果を確認できるのは1年後の決算以降となります)。

不採算部門・不採算事業を冷静に見極めよ

部門別会計によって、事業別や店舗別に収益状況を分析していくと、どう考えても収益が取れていない不採算事業・不採算部門の存在が明らかになることがあります。現時点で不採算であったとしても、しっかりと戦略を練って対策を打つことで改善できる可能性はあります。

しかし、万策を尽くしたとしても、将来的に収益改善できる見通しが立たない(可能性が低い)場合には、「撤退」が最も合理的な選択肢となります。不採算セグメントから撤退する決断ができれば、そのセグメントで生じている赤字額はゼロになりますので、その分だけ確実に利益改善効果を得ることができます。

もっとも、明らかに撤退することが合理的な判断と考えられる場合でも、社長さんがなかなか決断できないことがあります。赤字を解消できずに撤退するとなれば、その事業を始めたときの苦労や、今まで投じてきた費用や時間はすべて無駄になります。撤退の決断ができない理由は、「あの苦労やお金を無駄にしたくない」、「ここまで頑張ってきたのに諦めるわけにはいかない」、「せめてマイナスだけでも回収したい」という社長さんの心の叫びです。

ここで考慮すべきなのが、サンクコスト(埋没費用)という概念です。サンクコストとは、事業や行為に投下した資金・労力のうち、事業や行為の撤退・縮小・中止をしても戻って来ない資金や労力のことを指します。既に過去に投入して戻ってこない費用を「もったいない」と思うあまりに、「損する可能性が高くても後には引けない」と合理的ではない判断に陥る心理現象を、サンクコスト効果(行動心理学ではコンコルド効果)と呼びます。学問的に定義づけられるということは、我々を含めて誰もがこの心理現象に陥る可能性があるということであり、社長さんが判断を誤りがちになるのはある意味当然のことと言えます。

判断を誤ったとしても、全体として吸収できる程度であれば、目くじらを立てる必要はないかもしれません。しかし、業績不振で資金繰り難に陥り、事業の存続にかかわるような重大場面においては、この誤りは致命傷になります。我々支援者は、ある意味では冷静な第三者であるからこそ、社長さんが判断を誤らないよう適正なアドバイスを提供することが期待されています。

支援者の基本スタンスとして、「過去の経緯は考慮しない」、「現時点からゼロベースで考える」、「現在から未来にかけて最も合理的な判断を促す」という信念をもって社長さんと対峙する必要があります。具体的には、部門別会計を活用した「財務分析」と「事業分析」をもとに今後の見通しを説明し、「もしも過去の話はなかったことにしたら、今から新たにこの事業を始めようと思いますか」という質問を投げかけるのが有効な対策となります。

社長さんの心情には理解を示しつつ、撤退が最も合理的な経営判断であることを、誠意をもって丁寧に説明していきます。最初は強い抵抗をしていた社長さんが最終的には、「実は薄々自分でも間違っていることには気づいていましたが、今回、はっきりと助言していただいて決心がつきました。ありがとうございます」と感謝されることも多くあります。

はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本
藤井 正徳
昭和49年10月生まれ、山口県萩市出身。神戸大学経済学部を卒業後、保険会社に入社し16年間勤務した後、経営コンサルタントとして独立創業。創業から1年後に至誠コンサルティング株式会社を設立。「経営の救命救急士」として年間12件以上の経営改善・事業再生プロジェクトに携わり、全ての案件で金融支援を成功させている。商工会議所・商工会からの受託事業等で延べ500社以上の経営相談に対応し、金融機関・商工会議所・商工会等の主催セミナーの講師としても年間12件以上登壇。2019年に岡山県経営コンサルタント事業協同組合専務理事に就任し、他の専門士業とのネットワークを活用した幅広い経営支援を展開している。

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