(本記事は、藤井 正徳氏の著書『はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本 「経営改善計画」の活用による業績改善コンサルティングの実践手法』セルバ出版の中から一部を抜粋・編集しています)

ビジネス,商談
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経営難の根本原因をあぶりだす「現状分析」 財務分析のコツ

財務分析だけでは「評論文」にすぎず、事業分析だけでは「感想文」にすぎない

ここからは各プロセスの具体的な進め方や実践のコツをお伝えしたいと思います。

経営改善プロジェクトが開始後、まずは現状分析を行います。過去から現在までの流れを踏まえて、現在の立ち位置をしっかりと確認します。このプロセスのゴールは、「なぜこんなにも経営が苦しいのか(原因の特定)」と「このまま何もしなければどうなるのか(現状維持した場合の将来予測)」を社長さん自身にしっかりと理解していただくことになります。

現状分析は、「財務分析(財務DD)」と「事業分析(事業DD)」の2つの目線から実施します。前者は財務諸表をはじめとした「数字を使った定量的な分析」が中心となり、後者は市場環境調査や社長さんへのヒアリングや実地調査等を基にした「定性的な分析」が中心となります。

これは、それぞれ別の取組みのように見えますが、経営改善においてこの両者は密接に関係していることに留意する必要があります。

例えば、定量的に「原価率が上がったので粗利益が減少した」という財務分析が出たとします。なるほど、これは利益が減った原因の1つであることは間違いなさそうです。さらに分析を進めれば、原価の中でも材料費が上がったのか、労務費が上がったのか、その他経費が上がったのかまで分析を進めることはできるでしょう。

しかし、どこまで定量的な分析を進めたところで、財務データは「過去の結果の現れ」にすぎません。経営指標が悪化していることが判明しても、それだけでは現状分析にはならず、ただの「評論文」に終わってしまいます。

その逆に、定性的なヒアリングで「原材料費が値上がりしたから利益が減った」という社長さんの認識情報を得たと仮定します。社長さんの頭の中ではそれが正しい事実なのかもしれませんが、数字と照らし合わせてみると原材料相場が値上がりする以前から原価率が悪化していたかもしれませんし、原材料費以上に利益を圧迫している他の費目が存在している可能性もあります。ヒアリングや現場視察は重要ですが、限られた時間で見聞きした情報だけでは、ただの「感想文」にすぎません。

「定量的な情報」と「定性的な情報」は、それぞれ相互に関連しており、両面からしっかりと分析と検証を行うことで、より「核心的な原因」に近づくことができます。

そして、「核心的な原因」に近づけば近づくほど、真に結果につながる経営改善の方向性を提示することが可能となります。

財務分析のコツ① 決算書の「真の姿」を明らかにする

財務分析は、決算書のデータを基に行いますが、決算書データそのものが企業の現状を正しく表せていないことがあります。例えば、在庫として資産計上されているが実際には売れる見込みがない無価値な在庫が山ほどある、古い建物や機械で減価償却が適正に行われておらず実態より高い価額で残っている、売掛金が資産として残っているが実際には回収不能となっている、決算書に載っていない債務(未払金・未払費用等)がある、といったものです。これらは、実態よりも決算書がよく見える歪みであり、実態把握のうえで修正する必要があります。

このような歪みが生じる理由は様々ですが、1つには「金融機関に対して悪い決算書を見せると資金調達が難しくなるのではないか」という社長さんの恐れがあるように思います。しかし、気づかれていないと思っていても、実は金融機関サイドではある程度の実態情報を把握しているものです。どこまで厳密に表面化させるかは案件によって異なりますが、基本的にはこれまで潜在化していた膿を出しきるつもりでなるべく実態に即した数値に反映させることを推奨します。

逆に、決算書上は負債となっている「社長さん個人からの借入」や「返済する予定のない親族からの借入」については、債務ではなく自己資本とみなす修正を行うこともあります。中小・零細企業では、会社の財産と個人の財産が大企業のように明確に区分・分離がなされておらず、実質一体となっている場合が多いためです(金融庁の金融検査マニュアル別冊においても、中小企業特性を踏まえた自己査定を行うことが記載されています)。

このようにして、会社の実態をより正確に反映した「修正後の決算書」は、経営改善計画におけるスタートラインとなります。スタートラインの認識がずれていると、経営改善計画における数値計画にも影響するため、後々手戻りが生じることがあります。そのため、修正に際しては、なるべく早い段階で取引金融機関と事前相談しながら進めていくことを推奨します。

財務分析のコツ② 「平均」と「傾向」で問題点をあぶりだす

スタートラインを明らかにしたうえで、いよいよ経営難の原因を定量的なデータから明らかにする財務分析を行います。

財務分析は、主に ①収益性(売上総利益率・営業利益率・経常利益率・総資本利益率等)、②成長性(売上高増加率・利益増加率)、③安全性(自己資本比率・負債比率・流動比率等)、④効率性(総資本回転率・固定資産回転率等)、⑤生産性分析(労働分配率等)の5つの視点から行います。

これらの指標は、正しい数値に基づいて正しく計算すれば、誰がやっても同じ結果が導き出されます。しかし、これらの指標をいくら眺めても、それだけでは何の役にも立ちません。指標を活用して問題点をあぶりだすには、2つの視点が必要となります。

1つめの視点は、「平均」との比較です。わかりやすくいえば、「同業他社の平均値と比較して優れているのか、劣っているのか」という視点です。同業他社といっても、厳密にいえば全く同じビジネスをしていることはありえませんし、企業を取り巻く環境も個々に異なります。

しかし、ほとんどの中小企業の社長さんは、自社の決算書しか見たことがなく、同業他社の平均値については強い関心を持っていただけます。なお、同業他社の平均値を活用するには統計データが必要となりますが、TKC全国会(会計事務所の業界団体)が会員向けに提供している「TKC経営指標(BAST)」や、帝国データバンク社の「全国企業財務諸表分析統計」等を活用します。

2つめの視点は、過去からの「傾向」の把握です。同じ会社で、同じビジネスを継続しているにもかかわらず、上昇傾向・下降傾向にある指標には、何らかの変動要因があるはずです。このような傾向分析を行う場合は、少なくとも3期分の決算書を並べてみる必要があります。ここ数年、ずっと低迷しているような場合は、「過去に儲かっていた時代の決算書」と比較してみることも有効です。

定量的な数値データをもとに、「なぜ同業他社と比較して、当社は〇〇比率が高いのでしょうか」あるいは「なぜここ数年間(あるいは儲かっていた時代と比べて)、当社の〇〇比率は悪化しているのでしょうか」という素朴な質問の投げかけが、社長さん自身も気づいていなかった問題点をあぶりだし、経営改善の突破口となるケースはかなり多くあります。

経営難の根本原因をあぶり出す「現状分析」 事業分析のコツ

統計,個別銘柄分析
(画像=Alexander Lukatskiy/Shutterstock.com)

ビジネスの全体像を把握する(企業集団の状況とビジネスモデル俯瞰図)

ここからは、事業分析の具体的な取組みの手法について解説します。社長さんへのヒアリングや実地調査等で、財務分析では現れない問題点を発見したり、財務分析で得られた仮説の検証を行ったりします。

しかし、分析を行う以前の問題として、その会社のビジネスがどのようにして成り立っているのかを把握する必要があります。

経営改善計画書においては、まず「企業集団の状況(グループ相関図と呼ばれることもあります)」を作成します。

これは主に「株主(=多くの場合は社長さんとその親族)」と「取引金融機関」、必要に応じて「子会社や関連会社等」との資金面・資本面での貸借関係をわかりやすく図式化して解説したものです。「誰がどこまでの範囲で経営責任を負っているのか」、「当社の経営を取り巻く登場人物にはどのような人がいるのか」、「どこからどのように資金調達して現在のビジネスが成り立っているか」をまとめた、いわば貸借対照表を視覚的に解説したものとなります。

【「企業集団の状況」と「ビジネスモデル俯瞰図」】

はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本
(画像=はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本)

これに対して、損益計算書(特に売上総利益)を詳細に解説するために、仕入・製造・販売までの流れを図表化したものが「ビジネスモデル俯瞰図」です。仕入先や得意先、外注先などの「外部取引」と、受注・製造・発送等の「内部工程」を表現します。金融機関等の第三者に対して自社の事業内容をわかりやすく伝えることを目的としたものですが、実は社長さん自身にとっても、長年経営してきて当たり前のようになっている自社の事業内容を改めて図表化することで新たな発見につながることもあります。

事業で十分な付加価値を生み出せていないのであれば、ビジネスモデル俯瞰図に記載したどのプロセスが阻害要因となっているのかを社長さんと協議する土台として、有効に活用することができます。

「内部環境」と「外部環境」から方向性を決める(SWOT分析)

ビジネスの全体像を把握したら、いよいよ現状の課題を明らかにして、今後の経営改善の方向性を定める分析を進めます。その際によく活用されるのがSWOT分析というフレームワークです。

Strengths(強み)・Weakness(弱み)・Opportunity(機会)・Threat(脅威)の4つの項目から、内部環境や外部環境について分析を行い、改善策の洗い出しや戦略の方向性を導き出すために活用します。

この4つの項目のうち、強みと弱みは、自社の企業努力でコントロールできる領域であり、「内部環境」となります。逆に、機会と脅威は、政治動向や規制、経済・景気、社会動向、技術動向、業界環境やユーザーのニーズの変化など、自社の企業努力だけで変えられない「外部環境」となります。

苦境に陥っている企業でSWOT分析を行う際、普通に社長さんにヒアリングした内容だけを書き出すと、「内部環境よりも外部環境に偏りがち」かつ「ポジティブ要因よりもネガティブ要因に偏りがち」になることに留意する必要があります。外部環境をいくら解説しても、所詮は自分ではどうしようもないことです。また、ネガティブな要素をいくら正確に書き出したとしても、現状解説や言い訳にはなるかもしれませんが、今後どうすべきかという解を得ることはできません。

経営改善の支援者である我々の手腕の見せ所の1つが、ひょっとしたら社長さん自身も気づいていない「強み」を見出すことにあります。どんな企業にも、どんなに苦しい状況でも、必ず「他社にはない強み」は存在します(そうでなければとっくの昔に潰れているはずです)。

ちなみに私が経営改善の現場で強みを見出す際には、「なぜ現在取引いただいているお客さまは、他の誰でもなく、当社を選んでくれているのですか」という質問を使います。ありとあらゆる選択肢がある中で、世界でたった1つ、わざわざ当社の商品・サービスを選んでお金を払っていただいたという事実の中には、様々な珠玉の情報が隠されていますので、ぜひ皆さんにも活用していただきたいと思います。

なお、SWOT分析を行うだけでは、単に内部要因と外部要因を書き出したにすぎません。前述したように、外部環境とは自社の努力だけでは変えられないものであり、どんなに大きな企業でも外部環境に抗うことはできません。まして中小企業の社長さんとしては、外部環境に内部環境を適応させていく戦略を考えていくしかありません。

この戦略オプションを検討するフレームワークが、「クロスSWOT分析」です。SWOT分析の各要素を掛け合わせて、積極的戦略(強み×機会)、改善戦略(弱み×機会)、差別化戦略(強み×脅威)、防御・撤退戦略(弱み×脅威)の4つの戦略オプションの中から、自社が今後取るべき方向性を見出していきます。

なお、経営改善計画書においては、このクロスSWOT分析結果をそのまま記載することもありますが、多くの場合は、使える意味のある戦略のみを絞り込んで、「経営改善のストーリー」として記載します。「こういう外部環境に対して」→「こんな強みを活かす(こんな弱みを改善する)ことで」→「こういう成果が期待できる」という筋書きを明示することで、その後の行動計画や数値計画の土台を構築していきます。

【クロスSWOT分析】

はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本
(画像=はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本)

事業分析のコツ③ 「経営者」の問題から逃げない

これはとくに中小・零細企業の現状分析において顕著なのですが、経営難の原因を突き詰めると「経営者」の問題に直面せざるを得なくなります。わかりやすく言えば、「現在の苦境の原因の1つは社長さん自身の問題もありますし、経営改善を進めたいなら社長さん自身が変わらないとダメですよ」ということを伝える必要があります。ここを上手に落し込めるかどうかで、その後の経営改善の成否が大きく変わってきます。

社長さんの性格にもよるのですが、「自分自身は精一杯頑張っている」と思っていればいるほど、「現在の苦境を自分以外の誰かのせい」にしたくなる傾向があります。社長さんにとっても面白くない指摘になる可能性は高く、指摘する側としてもちょっと勇気が必要ですが、ここから目を背けていては最終的によい結果を得ることは難しくなります。

言いにくいことをきちんと伝えるためには、その前提として、社長さんと支援者との間に信頼関係を構築しておく必要があります。「支援者としても、この会社をよくしていきたい。その想いは、社長さんと一緒である。だからこそ、社長さんにも変わるべきところは変わってほしいと願っている」ということが正しく伝わっていれば、むしろ前向きなアドバイスとして受け取っていただけます。ただでさえ社長さんという立場は「誰も言いにくいことを指摘してくれない」ということもあって、「愛を持ってズバッと言ってくれる存在」を貴重に思っていただけることも多くあります(そうではない場合もありますが)。

なお、弱みを克服するために「経営者の問題」を指摘するのはよいのですが、これによって社長さんが委縮してしまい、せっかく持っている強みが失われてしまっては元も子もありません。ましてや、社長さんの人格否定につながるような指摘をしてしまっては、信頼関係の土台が崩れてしまいます。あくまで「前向きな事業分析の一環」として取り組むことが肝要です。

はじめて「資金繰りに悩む社長」を担当したときに読む本
藤井 正徳
昭和49年10月生まれ、山口県萩市出身。神戸大学経済学部を卒業後、保険会社に入社し16年間勤務した後、経営コンサルタントとして独立創業。創業から1年後に至誠コンサルティング株式会社を設立。「経営の救命救急士」として年間12件以上の経営改善・事業再生プロジェクトに携わり、全ての案件で金融支援を成功させている。商工会議所・商工会からの受託事業等で延べ500社以上の経営相談に対応し、金融機関・商工会議所・商工会等の主催セミナーの講師としても年間12件以上登壇。2019年に岡山県経営コンサルタント事業協同組合専務理事に就任し、他の専門士業とのネットワークを活用した幅広い経営支援を展開している。

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