(株)原田武夫国際戦略情報研究所 竹田 有里
リニア中央新幹線の静岡工区を巡り、川勝平太・静岡県知事とJ R東海との対決がヒート・アップしている。
静岡工区である南アルプストンネルは、山梨県・静岡県・長野県をまたぐ全長25キロのトンネルで、大井川の水源の下を通過することから水源の流出が懸念されている。川勝知事は「環境問題」を盾にリニア工事認可にNOを突きつけているが、新たに立ち上がった国の有識者会議(大井川の水資源への影響を科学的・工学的に検証)で専門家からは「中下流域の地下水の影響は大きくない」「大井川の平均流量毎秒74トンと比べれば先進坑掘削時に流出する毎秒0.08トンが受忍限度かどうかは受け手の気持ち次第」といった意見が出ている。
それでも静岡県が頑なに反旗を翻す理由に、30年以上君臨し続けていた取締役を2020 年6月に退いたJ R東海の葛西敬之名誉会長の存在がある。関係者は「静岡工区は人里離れた山奥。静岡にとって旨味はないため知事は葛西さんに東海道新幹線の静岡新駅設置や県内へののぞみ停車を工事の見返りに頼み、葛西さんは作ると言ったが反故にされてしまった。」と語る。別名「葛西プロジェクト」と関係者内で言われるリニア中央新幹線について、取締役を退任したものの葛西名誉会長は本件について「何がなんでも実現させろ」と発破をかけているという。
川勝知事も“大企業”との対立構造で県民の求心力を上げているため退くに退けなくなってしまったのだろうと県関係者は話す。両者に挟まれた国も対応に苦慮しているようだ。自民党県連関係者は「リニア抗争解決のため動きたいが、知事の支持率が高く返り血を浴びたくない…」と口を閉ざす。リニア中央新幹線プロジェクトは、葛西名誉会長と親交の深い安倍総理、つまり官邸サイドも沈黙を貫いており、霞ヶ関にも本件については指示が下りてきていないという。政府関係者は「実質“葛西イズムV S川勝イズム”のデスマッチの戦いとなっていて、静観している」と話す。
金子慎JR東海社長は「県から6月中の同意が得られなければ2027年開業は困難」と発言しているが、なぜ6月なのだろうか。それは霞ヶ関の人事異動があるからだ。
静岡工区の本体工事は勿論、工事準備のためのヤード設置すら始まっていない。台風で崩れた林道の補強や作業員の安全確保のための工事は、知事が指摘する大井川の水源に影響はない。しかし今月、県は「本体工事と一体不可分と定義している」として着工に同意する段階にないと明言した。とはいえ、間を取り持つ国の有識者会議がこのまま進めば、県が唯一反対理由の盾にしていた「環境問題」と葛西名誉会長悲願の「リニア実現」が両立することになりそうである。
川勝知事の次の一手は、そしてJ R東海はどう切り返していくのか。この両者の攻防を引き続き注視して参りたい。
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株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
竹田 有里(たけだ ゆり)
1987年生。津田塾大学卒業。上智大学大学院地球環境学修了。2010年TOKYOMX入社。報道記者として国土交通省、都庁、警視庁などを担当。2018年より環境ジャーナリストとして独立。2020年1月より現職(グローバル・インテリジェンス・ユニット ゲスト・リサーチャー)。