シンカー:グローバルな経済の大きな潮流を読んでみたい。10年単位のシナリオライティングである。これまでのグローバルなデフレ懸念から新型コロナウィルス後のインフレトレンドへの転換を含め、グローバルなマクロシナリオと日本経済に対する考え方を11回にわたって解説する。①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム、②インフレ復活への序章、③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換、④コロナショック後の景気の形、⑤アベノミクス2.0、⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r、⑦米中の覇権争いがもたらすもの、⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化、⑨生産性がほぼすべて、⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ、⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ。
金融政策への過度な依存への反動で、景気回復の促進と格差是正のため、財政拡大を含めた政策を総動員することで合意した2016年のG20、そしてその流れを加速したG7は新たな転換点だったと考えられる。金融政策・財政政策・構造改革をG7版の三本の矢としてバランスよく用いることを確認し、財政再建が主眼であったこれまでの方針から転換した。ポピュリズムの蔓延に対する警戒感も、政策転換を後押ししたとみられる。2010年からは緊縮財政などによるグローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であったが、2016年からは財政政策が緩和気味になり、グローバルな需要回復とインフレ復活が特徴になってきた。2017年からグローバルな景気回復が強くなってきたことに、既にその動きが現れてきた。
この間に、グローバルに金融緩和政策の緩やかな正常化の動きが続いてきた。しかし、これまでの景気回復力が弱かった局面で束縛となっていたのは不十分な金融緩和政策ではなく、財政政策と企業活動を含めたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)の弱さであったため、金融緩和政策の正常化が進行しても、財政政策と企業活動が強くなり、景気回復力は弱くならないばかりか、逆に強くなってきた。ポピュリズムによる政情不安が財政拡大を過多にしたり、金融緩和政策の正常化が遅れれば、グローバルにインフレ方向への変化がみられるだろう。
企業の資金需要の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が大きくなれば、正常化は進行しても中立的な水準より緩和気味な金融政策の効果は強くなり、物価上昇を促進していくことになる。先進国では、これまでの需要停滞による企業の支出抑制姿勢が、生産性の停滞につながっていた可能性があり、需要拡大後のインフレの進行は予想より早くなるリスクもある。新興国ではバブル的な資本の短期的拡大、そしてストック調整があったが、資本の質の向上(深化)は遅れているとみられ、生産性の向上が弱ければ、インフレリスクは大きくなる。更に、グローバルな貿易の拡大が、貧富の格差などの社会的な歪みの原因とされ、各国の自国優先の貿易紛争が生産性低下やコスト増加として、インフレリスクを追加的に大きくしてしまうかもしれない。
一方、緊縮財政に戻れば、景気回復力を削ぎ、ポピュリズムが更に蔓延し、経済問題は、社会問題や地政学問題というより深刻なものにつながるリスクが生まれる。もともと、金融緩和の強化と財政緩和のコンビネーションで、貧富の格差や中間層の没落を食い止めながらの政策運営がなされていれば、グローバルな景気の停滞とポピュリズムの蔓延という不安定な状態に陥ることはなかったかもしれない。インフレかポピュリズムの蔓延かという、好ましくない二者択一になることもなかったであろう。
このような背景で、グローバルな物価のトレンドは、デフレからインフレに転換した。最近までの物価の停滞はまだ過去のトレンドが残っていたからで、その停滞は一時的であったと考えられる。新興国のインフレとそれにともなう金利上昇、そして資本逃避と通貨安が大きな問題となれば、グローバルな景気・マーケットの新たな不安定要因となるリスクがあることには注意が必要だ。インフレの復活は、国際商品市況を活性化させ、それがインフレに跳ね返るという形も警戒する必要がある。
図)日本ネットの資金需要
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司