矢野経済研究所
(画像=PIXTA)

8月29日から31日にかけて中印が領土を争うカシミール地方ガルワン渓谷付近で、双方から「相手方が自国の実効支配線を越えた」との非難声明が発せられた。この地域では6月にも越境をめぐって両軍部隊が衝突、7月にはインドは仏製戦闘機5機を、8月には中国もステルス戦闘機2機を当該地域に配備するなど一触即発状態が続いている。

国境での紛争はモディ政権の “脱中国依存” を加速させる。モディ氏は「貿易赤字は “安価な中国製品の大量流入” が主因であり、これが国内製造業の発展を妨げている」と表明、中国企業の排除を進める。国境紛争を背景に大衆もこれを支持する。しかし、新型コロナウイルスの押さえ込みに失敗し、経済の停滞と感染拡大の悪循環が続く中、産業構造転換は足踏み状態にある。こうした状況のもとでの中国資本、中国製品のボイコットは雇用、消費にとって短期的にはマイナスだ。加えてインドの主力工業品である医薬品の原材料は依然として中国に依存しており、現時点で代替先はない。

中国はこうした隙を突く。ただ、いち早く新型コロナウイルスを乗り越えたはずの中国も経済のV字回復には懸念が残る。IMFは2020年の経済見通しについて「中国は主要国で唯一プラス成長が可能である」と予測するが、当の中国は5月に開催された第13期全人代で今年の経済成長に関する目標数値の公表を見送った。米との対立の行方など情勢は不透明である。

8月、習近平指導部は「双循環」という新たな経済ビジョンを表明した。“双” とは国内大循環と国外循環の両立という意味である。つまり、海外と連携しつつ内需主導に成長の軸足を移す、ということだ。国外を “一帯一路” と言い換えれば、つまり、米国との決裂を前提に世界のブロック化を覚悟した戦略、との解釈も成り立つ。であれば、香港、台湾、南シナ海、新彊、カシミールにおける強硬姿勢も頷ける。ただ、それが国際社会に対する牽制であるのか、覚悟であるのか、覚悟であるとしてもどこまでの覚悟なのか、本意は分からない。
今、世界はCOVID-19のワクチン開発に凌ぎを削る。そして、次に来る課題はその配分だ。ワクチンは世界の “陣営” を分けることになるのか、それとも、国際協調への回帰を導くのか、ここが分水嶺かもしれない。

今週の“ひらめき”視点 8.30 – 9.3
代表取締役社長 水越 孝