日経平均と一緒にメンタル下降中の人は必読
「3万円台回復」に沸いた春先の雰囲気もどこへやら、ゴールデンウィーク開けの日経平均は2日で1000円以上も下落。これまで市場を買い支えてきた日銀も、5/11の前場のTOPIXが-1.98%だったにも関わらずETF買い入れを行わなかったことから、市場には一層の悲観論が漂っています。
とりわけ、この暴落が一番こたえているのが、年初の好調をみて新たに株取引を始めた人ではないでしょうか。今回はそうした人にこそ読んで欲しい「プロディーラーが大損したときのメンタルマネジメント」の実例をご紹介します。
※本記事は『「株式ディーラー」プロの実践教本』より一部を抜粋・編集したものです
怖さと向き合いながら努力する
「怖い」という感情は、危険がたっぷりある相場という世界のなかではとても大切なものです。怖さを知らない、あるいは怖さから目を背けることは、長く相場の世界を生き抜き、勝ち抜きたいのであれば、決していいことではありません。臆病なぐらいでちょうどいいのかもしれません。
たしかに、怖くて手が出せないとか、ビビッてばかりでは話になりませんが、怖さを知っているから、それを克服するための努力、研究を懸命にできるし、怖さを感じられるから、危険を察知することもできるのです。怖さを感じられない人や、直視できない人は、危険な相場の張り方をします。それは会社や投資家から許されたリスクのとり方ではないはずです。個人投資家であれば、自己責任の範囲でやればいいともいえますが、その結果、マーケットから退場することになってしまえば、本意ではないはずです。
私も実際に、怖くて手が震えたり、眠れない夜があったり、悔しくて部屋にこもって大声で叫んだりしたことがあります。一度だけですが、損失の金額に気持ち悪くなり、トイレに駆け込んで吐いたこともあります。しかし、決して弱いディーラーではなかったと思います。
周囲の後輩たちからは、「なんでそんな金額損しても耐えられるんですか?」と聞かれることもよくありました。それは怖さと向き合う勇気を得るために、水面下で必死に努力し、苦しい経験を乗り越えてきたからできたのだと思います。怖さを知らないことは蛮勇、怖さから目を背けることは現実逃避です。そうではなく、怖さと向き合い、怖さを知り、それを乗り越えるための努力をし、そして一歩ずつ強くなることが大切です。
いったん相場から離れることも大切
私が「一生忘れられない1日」として記憶している経験談をお話ししましょう。
2003年12月13日のことを覚えている人はいるでしょうか。この日は、米国への同時多発テロを引き金に行なわれたイラク戦争でバグダードが陥落した後、逃亡していたサッダーム・フセイン元イラク大統領が、米軍の「赤い夜明け作戦」によって逮捕された日です。
当時、私は一介の株式ディーラーでした。その年、私は非常に好調で、10月までの勢いであれば年間での過去最高益を更新できそうな勢いでした。4月から10月までの利益はすでに3億円を超えており、まさにイケイケといった状態でした。
しかし、11月あたりから様子がおかしくなります。歯車がかみ合わなくなり、取ったり取られたりを繰り返し始めました。損益のブレの大きさの割には利益が残らない。その歪みは12月に入りさらに悪化していきました。「おかしい」と感じながらも自分を抑制できず、大きな金額で安易なポジション・テイクをしてしまいました。結果、数百万円の損失が生じたのですが、このくらいは何とかなるという気持ちもあり、そのままトレードを続けていました。
ところが、数百万円を取り戻すどころか、損失額はどんどん膨らみ、ついには1800万円を超えてきました。こんなに連敗する経験がなかったので、当然ですが焦ります。この損失を何とか挽回しなければならない。
そう思ったときに、フセイン元大統領捕縛のニュースが流れてきました。大チャンスと思った私は、すかさず銀行株と日経225先物をフルロングにするというポジションをとりました。フセイン元大統領の逮捕によって中東情勢が安定し、株価の上昇につながるというシナリオで、劣勢を挽回しようとしたのです。
ポジションをとってすぐに大きな評価益が得られました。ただ、1800万円の損失を全額、取り戻すところまではいかなかったため、オーバーナイトでポジションを持ち越すことにしました。それもフルポジションの状態でです。欧米の株式市場が、東京市場に追随して上昇し、さらに翌営業日の東京市場でも、さらに株価が上昇することを期待しての行動ですが、ここに大きな落とし穴がありました。
フセイン元大統領逮捕のニュースが日本時間に流れて日経225が上昇したということは、欧米市場の株価がさらに大幅に上昇しなければ、日経225の水準が正当化されません。その夜、ニューヨーク市場が開くのを、ドキドキしながら見ていたのですが、寄付きからニューヨーク・ダウは強気で、100ドル以上も上昇していました。「勝った」と思いました。
しかし、ニューヨーク・ダウが100ドル値上がりした程度では、日経225の上昇を正当化できなかったのです。ちなみに、逮捕劇があった12月13日は日本時間の土曜日だったので、マーケットはありませんでしたが、15日の月曜日の日経225は、前週末比で321円高でした。この321円高を正当化するためには、ニューヨーク・ダウの100ドル高ではダメだったのです。
しかも朝、目が覚めてみると、ニューヨーク・ダウは100ドル高を維持しているどころか、逆にマイナスになっていました。「やってしまった」と、目の前が暗くなりました。そこから電車に乗って会社に出社するまでの気分は、何か刑の執行を待つようなものでした。
寄付き段階で、とりあえず持っているポジションの半分を処分しようとして銀行株と日経225先物の売り注文を出したのですが、みな考えることは同じで、多くの市場参加者が持っているポジションを投げてきました。とくに銀行株は当時、短期筋が付いていて相場も沸いていましたから、彼らの投げ売りも派手で、すべて売り気配のまま寄り付かない状態が続きました。
そうこうしているうちに日経225先物が寄り付いたので、値下がりを見込んで売りポジションをつくり、損失の穴埋めをしようとしたのですが、銀行株が寄り付いて損切りできた途端、今度は日経225先物が一気に100円近くも値上がりしたため、日経225先物でもさらに傷口を広げてしまい、最終的にこの時点で3400万円の損失になりました。
当時、私に許されていた月間損失限度額は4000万円でしたが、このような状態では損失を挽回するのは不可能だと考え、上司にお詫びをして、いったん、ポジションをフラットにしました。そして、いつからトレードを再開するかは、すべて私自身の判断に任せてもらうことにしました。ポジションを持たない状態で、自分のトレードのどこに問題があったのかを、冷静に見極めるためです。
トレードで大きな損失を出すと、とにかく損失を取り返したくて仕方がない気持ちになります。これは、株式ディーラーとして会社の資金を運用している立場でも、個人投資家として自分のお金を運用している立場でも同じだと思います。この気持ちが焦りにつながり、悪手を指してしまうのです。
とにかく、いまの自分がまずい状況にあると思ったら、いったん、相場から離れることです。損失を確定させ、その状態で市場から離れることはものすごく辛いことだけれど、ポジションをフラットにすることで、とりあえず冷静さを取り戻すことができます。私の場合、相場から離れて自分がとったポジションを見直すことによって、何が悪かったのかを冷静に見つめることができました。
このとき具体的に私がしたことは、歯車が狂い始めた11月以降のポジションを、一つずつチェックする作業です。その結果、10月までの好調さが招いた慢心、そこから狂い始めた歯車、そして焦り、といったものが見えてきました。なぜそれがわかったかといえば、普段の自分だったら、「ここはもう少し慎重に見極めるだろう」というところで安易にリスクをとりにいっていたからです。
慢心した結果として、負けがかさみ、それを取り戻そうとしているうちに焦りが生じ、チャンスでもない局面がチャンスに見えてくるという悪循環に陥っていました。色眼鏡をかけてマーケットを見ているから、つい手が出てしまうのです。
言い方を変えると、マーケットとその値動きにトレードさせられて、手数ばかりが増えていくわけですが、客観的な判断に基づいてポジションをとっていないので、勝率は下がる一方です。さらにこれまで積み上げた収益があるからと、ポジション量のコントロールも完全に失っていました。自信のあるなしに関係なく、常に大きな金額を振り回していた自分がいたのです。
損失を取り返したいというのは、あくまでも自分の都合です。トレードは、自分の都合で行なった時点で負けます。フセイン元大統領の捕縛で銀行株と日経225先物を全力買いし、そのまま過剰なリスクをオーバーナイトしたのは、少しでも早く損失を取り戻したいという自分の都合や焦りからの判断なので、負けるのは当たり前だったと、いまならわかります。
メンタルコントロールがうまくいかないと、そのような泥沼にはまってしまうリスクが、個人投資家でもプロの株式ディーラーでも同じようにあるのです。
著者:工藤哲哉
価格:¥1,650(税込)
(提供:日本実業出版社)
【オススメ記事 日本実業出版社より】
・吐き気がするほどの暴落を目にしたときに思い出してほしい、トレーダーのメンタルマネジメント術
・個人投資家必見「カネが逃げ出す危険な習慣」とは?
・相場の波にうまく乗る! 脱・初心者のための「空売り」入門
・億トレはトレーディングノートをどう書いているのか
・ドル円相場の「歪み」は、いつ崩壊するのか