カンブリア宮殿,ネジロウ
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常識破りの「緩まないネジ」~不可能を可能にする発明

埼玉県さいたま市にあるネジロウさいたま技術研究所。作業台が並ぶ町工場のような建物に、発明家でネジロウ創業者の道脇裕がいた。打ち合わせの際も電話に出る時も手離さないのがレモンティー。「レモンティーを飲むと頭が冴える」と、1日10本以上、20年間飲み続けているという。

道脇の代表作ともいえる発明品がネジ。橋や製鉄所など、すでに一部の現場で使われている。

「緩みがネジの最大の問題になりますが、緩みがない。緩みにくいのではなく、緩まないが実現できる」(道脇)

緩まないネジは身近な商品にも使われている。例えばカシオのGショックの最高峰モデルの本体とバンドをつなぐ部分。動きが激しくどうしてもネジが緩みやすかったのだが、道脇のネジなら、機械で激しい振動を5分間与えても「全然緩まない。『ネジは必ず緩む』が常識でした。画期的です」(技術本部・丸山善弘さん)と、カシオの技術者も舌を巻く

一般的なネジは、ボルトに「らせん構造」のネジ山がある。ナットの内側も同じ形状に彫られていて、回せばそれが噛み合い締まる仕組みになっている。ただし、ネジはどんなに強く締めても、振動が加わるとナットが回り緩んでしまう。

そこで道脇は常識を捨てる。ボルトの「らせん構造」構造をやめたのだ。代わりに作ったのが新しいネジ山。二つの形の組み合わせになっていて、ネジ山の正面が高いものと、裏側が高いものを交互に重ねている。

これにナットをはめて回すと、「らせん構造」構造の時と同じように、締めることができる。ネジ山の一番低くなっている部分で次の段に上がっていくのだ。

このネジの最大の特徴が、右回しのナットだけでなく、左回しのナットも使えること。そしてこの向きの違う二つのナットを同時に締めると、絶対に緩まなくなる。振動で上のナットが緩もうとしても、下のナットは締まろうとする。二つのナットが逆方向の動きとなるため、緩まないのだ。

左回りと右回り、レフトとライトでその名も「L/Rネジ」。これがネジの誕生から2000年、不可能と言われた難題をクリアした道脇の発明だ。

「『可能辞典』に載ってないことは、みんな不可能だと思っている。『緩まないネジはできる』と考えたら、『どうすればできるか』という思考に変わる。できる前提に立てば、たいがいのことはできてしまう」(道脇)

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企業の悩みを瞬時に解決~今より長持ちするコンクリートも

カンブリア宮殿,ネジロウ
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道脇はただのネジ会社の経営者ではない。この日は滋賀県湖南市にある自動車部品のメーカー「ゴーシュー」から「相談がある」と呼ばれていた。

 この会社では、溶ける直前まで熱した鉄を金型に押し込み、トランスミッションの部品を作っている。使った金型は別の金型に交換するのだが、ここに長年の悩みがあった。金型を固定していたボルトが、熱の影響なのか、緩まなくなってしまうのだ。通常なら30分でできる作業が2時間かかることもあると言う。そこで、頑丈に固定し、かつ簡単に交換できる方法はないかと、道脇に相談してきたのだ。

道脇の仕事はこうした企業の困りごとを発明で解決することだ。しばらく現場を見つめていた道脇は、もう解決策が浮かんだという。「試作品を作って持ってくる」と言い残し、その場を去った。

「一瞬で解決されると、少し複雑な心境でもあります(笑)。『頭の中を見てみたい』と、みんなで言っていました」(社長・林大輔さん)

 東京・文京区のネジロウのオフィスは企業秘密満載で、カメラが入るのは初めて。そこには異様な空間が広がっていた。壁はすべてホワイトボードで、訳の分からない図形や数式がびっしり。冷蔵庫にも書き込みがある。これが発明のアイデアの元になっている。

企業からの困り事の依頼は常に20件ほど。発明に当たるのは道脇一人で、他のスタッフはそれを形にするために動いている。ちなみに報酬は「1案件で5億円とか、数千万円とか」(道脇)だそうだ。

次から次へとアイデアが浮かぶといい、これまで取得した特許は500件以上にのぼる。 ネジ関連だけではない。高速道路の騒音を消す防音壁に、福島の原発事故で考えたのが放射線を90%ブロックする水の壁……。そして今、完成を目指しているのが、新型コロナウイルスの感染力を高い確率でなくす装置だ。

道脇が考え出し、来年、実用化が見込まれる大発明もある。重工業メーカー「IHI」と共同開発しているのが、今より長持ちするコンクリートだ。一見頑丈なコンクリートだが、寿命がある。

「一番厳しい状況を想定した場合、50年で寿命がくるケースもあります」(技術本部・倉田幸宏さん)

コンクリートはセメントに水や砂利を混ぜたもの。しかし、混ぜる過程でどうしても空気が入り、気泡が残ってしまう。この気泡が寿命を縮める元凶となる。鉄筋コンクリートが雨や潮風にさらされると、水分や塩分が気泡を通って染み込んでしまう。その結果、鉄筋がさびて膨張し、コンクリートを中から壊してしまうのだ。

「僕らも学術的に勉強している立場ですが、気泡を消すための論文はない。気泡なしで作るというのは至難の技です」(倉田さん)

 道脇が3年かけて作った装置は、「気泡を除き、機能すれば寿命が200年に延びてもおかしくない」(道脇)。本体には生コンクリートが入っていて、その下に4本の足のような物が突き出ている。スイッチを入れると足が上下に動き出した。そこから出てくる生コンはすでに気泡が取り除かれているという。

足の内部では、道脇の考案した特殊な揺れが加わると、気泡がどんどん外に追い出されていく。通常のコンクリートに比べ、この装置を通したコンクリートは7割の気泡を消すことに成功した。

「絶対に思いつかないですね。学問的に真面目にやるほど思いつかない。大発明だと思います」(倉田さん)

「業界ごとに『これが実現できたら……』という夢の技術というのが結構あって、僕なら実現できることが少なくない。片っ端から実現できたらいいなと思います」(道脇)

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小学5年で自主退学?~学歴なしで起業した理由

20年以上、同じレモンティーを飲み続けている道脇は、シャツやズボン、靴も同じ物を買いだめて使い続けている。発明以外のことに極力、頭も時間も使わないようにしているのだ。

1977年、群馬県に生まれた道脇。父は大手化学会社の研究所所長。母は大学の物理学の助教授という理系一家だった。

小学校でもらった教科書は1週間で全教科分を読みきり、頭に入ってしまったと言う。小1で共感したのは、あのナポレオンの言葉だった。

「『わが辞書に不可能という文字はない』がかっこよくて、自分の辞書を持ってきて不可能のページを破り捨てて、『僕の辞書にも不可能がなくなった』と(笑)」(道脇)

しかし、小学校高学年になると、道脇は学校に我慢ができなくなる。

「退屈ですよね。おこがましい言い方をしたら、分かりきった授業に1年間付き合うわけですから。先のことをやらせてもらえない。1分1秒が永遠のように感じられて、最大の拷問みたいな……」(道脇)

そして小5にして学校に行くのをやめる。自主休学してしまうのだ。

「(親の反応は?)『あ、そう』という感じでした。『こいつは放っておくしかない』と、早い段階から思っていたんだと思います」(道脇)

その後は中学や高校にもろくに行かず、いろいろな仕事を体験するなど、自分の好きなことばかりやっていた。だが、19歳の時に転機となる出来事が起こる。運転中の車のタイヤが外れてしまうという事故だ。幸いケガはなかったが、その原因こそ「ネジの緩み」だったのだ。

「大きい事故に自分が遭遇して初めて、『大惨事になったりするんだな』と」(道脇)

道脇はすぐに緩まないネジの構造を思いついたが、それで満足してしまい、形にはしなかった。その後、20代は家に引きこもり、およそ7年間、好きだった数学の研究に没頭した。

そんなニートのような道脇に社会に出るきっかけを作ってくれた人がいる。大手IT企業の顧問をしていた岩渕正詔さんだ。友人を通じてたまたま知り合ったという。

「恩人であって、孤島から僕を世の中に引っ張りだしてくれた人でした」(道脇)

自宅に引きこもり、数学の研究にあたる道脇を、岩渕さんはたびたび飲みに誘った。そして道脇の発想力にほれ込み、「君のアイデアを世の中の役に立ててみないか?」と、およそ3年間、口説き続けた。

ところが、道脇がやっとやる気になった矢先、岩渕さんはがんに倒れてしまう。道脇が見舞いに行くと、岩渕さんはあるものを用意していた。それは「緩まないネジ」の事業計画書。そしてその二日後、岩渕さんは息を引き取った。

「病床でもいつも考えてくれていたんだと思って心に響いた。バトンを受け取って走り出すみたいな感じでした」(道脇)

岩渕さんの死から1年後の2009年、道脇はネジロウを設立。緩まないL/Rネジを完成させる。他人とは全く違う道をさまよってきた発明家は、ついに社会の役に立つ、自分の道を見つけた。

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新型コロナにも挑む~最新発明の成果は…

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道脇が新型コロナウイルスの対策にも動き出した。この日、訪ねたのは神奈川県相模原市の北里大学。待っていたのは医療衛生学部長の北里英郎さん。微生物学の権威で、北里柴三郎のひ孫にあたる人物だ。

訪問の目的は試作した発明品の性能検査。道脇が持参した50センチほどの筒のような装置を取り出した。「新型コロナウイルスや変異ウイルスもこの装置を通すと不活化できてしまう」(道脇)と言う。

道脇が作った新型コロナウイルスの対策装置「ドクターエアー」は、筒の下の口から空気を吸い込み、中でウイルスを不活化させて上から出すという。

筒の中心部に紫外線を出すランプを置き、その周りは道脇考案の紫外線を反射する特別な素材と形にした。こうすることで高密度の紫外線空間が生まれ、ウイルスの感染力をなくせるというのだ。

「紫外線を反射させるのは難しくて、ほとんど減衰してしまう。高度な反射率を保つのは難しく、世界初だと思います」(道脇)

微生物学の専門家、北里さんも大きな期待を寄せる。

「あるエリアの空間除菌には効くと思います。ウイルスを一瞬で不活化すると思いますが、それを新型コロナウイルスで実証する。かなり期待はできるんじゃないでしょうか」 「ドクターエアー」はウイルスをどれくらい不活化できるのか。結果が出る12日後の6月2日、道脇が北里大学に呼ばれた。すると、99.999%の新型コロナウイルスが不活化していた。

「今回は武漢で流行したウイルスで検査しましたが、構造的には全ての変異ウイルスに有効です」(北里さん)

「いい結果ですね。安心で安全な世の中になるように、少しでも貢献できたらいいなと思います」(道脇)

道脇は秋までにこの装置を商品化させるつもりだ。

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~村上龍の編集後記~

ネジロウのネジの軸には、通常ある螺旋状の溝がない、らしい。その代わりに、右螺旋と左螺旋の役割を同時に行う特殊な溝が刻まれている、らしい。見た目にはわからない。ナットはボルトの軸を螺旋が切ってあるとしか思えないように、クルクルと回り、上がったり下がったりする。道脇さんは、発明はイメージだと言った。相対性理論も、元々は視覚らしかった。びっしりと埋まったホワイトボード、浮かんできたイメージを描く。不可能という文字だけはない。

<出演者略歴>
道脇裕(みちわき・ひろし)1977年、群馬県生まれ。1988年、小5で小学校を自主休学。1990年、中学時代に漁師、とび職などを経験。1996年、自動車事故を経験し、緩まないネジの構造を思いつく。2009年、ネジロウ創業。

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