個人開業医の節税方法と法人成りを考える際の2つのポイント
(画像=PIXTA、ZUU online)

第5回は個人開業医の税務戦略について見ていこう。野村證券にてプライベートバンキング業務に従事し、現在は佐野比呂之税理士事務所代表である佐野税理士に話を聞いた。(聞き手:菅野陽平)

佐野 比呂之
佐野 比呂之(さの・ひろゆき)
1998年、立教大学経済学部卒業。複数の中小税理士事務所に勤務。2006年、中央大学国際会計研究科修了MBA取得。税理士登録。2007年、税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(PwC)入社(一時期、野村證券へ派遣)、主にオーナー企業向け税務顧問及び事業承継業務、国際相続案件に従事。2011年、野村證券株式会社にて上場・未上場企業オーナー向けプライベートバンキング業務に従事。2014年、佐野比呂之税理士事務所を開所。2015年、合同会社パープル・リングスを設立。税理士、行政書士、1級FP(CFP)、宅地建物取引士、貸金業務取扱主任者、証券外務員一種(内部管理責任者)。

手段が限られている?個人開業医の節税方法

個人開業医の場合、法人化していない個人事業主ということなので、税務上の所得は「事業所得」であり、所得税の対象になる。所得税は累進課税のため、うまくいっている個人開業医には多額の所得税がかかってしまう。

「個人開業医は節税の手段が限られており、税負担を大きく下げることはなかなか難しい。私のクライアントでも個人で整形外科をしている先生がいるが、多大な税負担が発生している」(佐野氏)ということは前提にしつつ、個人開業医の節税方法について解説してもらった。

まず挙げられることは、各種節税関連規定をしっかりとフル活用することだ。例えば、小規模企業共済、経営セーフティ共済、中退共などが挙げられる。

小規模企業共済制度は、小規模企業の経営者や役員、個人事業主などのための積み立てによる退職金制度だ。最大月7万円まで拠出することができ、全額が所得控除となるため、支払い余力のある個人開業医は、しっかり満額を拠出するようにしたい。

経営セーフティ共済は中小企業倒産防止共済制度とも呼ばれ、取引先事業者が倒産した際に、中小企業が連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐための制度だ。無担保・無保証人で掛金の最高10倍(上限8,000万円)まで借入れでき、掛金は損金または必要経費に算入することができる。掛金月額は最大20万円だ。

従業員がいる場合は、中小企業のための国の退職金制度である中退共制度も有効だ。事業主が中退共と退職金共済契約を結び、毎月の掛金を金融機関に納付する(全額事業主負担)。従業員が退職したときは、その従業員に中退共から退職金が直接支払われる。中退共には国の助成があるほか、掛金は必要経費として全額非課税となる。

個人開業医の大きな味方「概算経費」

さらに、個人開業医の大きな味方が「概算経費」だ。「医業は行っている事業が特殊なこともあり、経費の計算が難しい。そこで租税特別措置法26条により、売上に一定比率をかけた額をいわば『見なし経費』として所得計算することが許されている。具体的には年間の社会保険診療報酬が5,000万円以下で、医業から生じる事業所得の総収入が7,000万円以下の場合に活用できる」(佐野氏)という。具体的な計算式は以下の通りだ。

年間の社会保険診療報酬(A) 概算経費
2,500万円以下 A×72%
2,500万円超3,000万円以下 A×70%+50万円
3,000万円超4,000万円以下 A×62%+290万円
4,000万円超5,000万円以下 A×57%+490万円

上記のように、概算経費を活用すると、かなり大きな経費を作ることができる。年間の社会保険診療報酬が2,500万円以下までは実に72%を経費とすることができ、4,000万円超5,000万円以下であっても57%だ。なお、概算経費は個人開業医しか活用できないわけではなく、医療法人であっても活用できる。

「概算経費は小規模な個人開業医を想定しているため、一体の事業規模を超えると活用することはできないが、条件を満たしていると相当有利と言える。というのも、なかなか医業で経費を作るのは難しいためだ。ほとんどのケースにおいて、概算経費を活用できるときは、活用したほうが経費は大きくなるはずだ。なかには、概算経費を使いたいあまり、年末になると勤務時間をセーブして、社会保険診療報酬を5,000万円の範囲内に収めようとするドクターもいるくらいだ(笑)」と佐野氏は解説する。

注意点もある。あくまで社会保険診療収入を基礎に概算経費計算を行うので、自由診療収入に掛かる経費には活用できない。自由診療の割合が大きい美容外科や矯正歯科などは注意が必要だ。極端な話、売上が全額自由診療であると概算経費はゼロになってしまう。

個人開業医が法人成りを考える際の2つのポイント

それでは、経営がうまくいき、年間の社会保険診療報酬が5,000万円超になってしまうような個人開業医はどうすれば良いのか。佐野氏によると「概算経費を使えなくなるタイミングが、法人成りを考えていくタイミング」とのことだ。

法人成りのタイミングについて、もう少し詳しく解説してもらった。法人成りのタイミングについては、定量的要素と定性的要素を総合的に勘案して判断することが重要だという。

まずは定量的要素だ。「課税所得ベースで2,000万円を超えたときは法人成りを検討したい。課税所得で2,000万円を超えているということは、概算経費の規定を超えて社会保険診療報酬があることが多いためだ」と佐野氏は指摘する。

次に定性的要素だ。これは「開業医がどれだけお金が必要か」ということだ。第4回で述べたように、医療法人は配当を出すことができず、法人から個人に資金を還流させることが難しい。

「ドクターの支出事情によっては、所得税負担が増すことになっても、法人化は少し待って、高い個人所得を維持したほうが良いという場合もある。例えば、子どもが私立医学部に進む予定で、多額の学費がかかるが、まだその準備ができていないといったケースだ。このケースは子どもへの医療承継が発生する可能性が高いため、所得税対策と医療承継対策の両面から、学費の工面ができた後、法人化するのが得策だろう」(佐野氏)

一般的に高所得者の節税方法としては、「法人化して節税しよう」ということが言われがちだ。しかし、佐野氏の指摘の通り、あえて法人化せずに個人所得を高めて、個人の手元現金を厚くしたほうが良いときもある。節税に目がないドクターこそ気をつけたいポイントだ。

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