「減価償却が登場する資産といえば不動産」というイメージを持っている人は多い。しかし、ある程度の規模の不動産投資家であっても、自身の状況に合わせて経済的合理性の高い「償却戦略」を持っている人は意外と少ない。
第3回では、第2回に引き続き、7棟を保有する現役不動産投資家であり、『「減価償却」節税バイブル』の著者で不動産専門税理士の萱谷有香氏(叶税理士法人副代表、東京事務所代表)に「不動産投資における減価償却のコツ」を聞く。
法人で減価償却をコントロールする5つの方法
第2回では、法人での不動産投資においては、減価償却をうまくコントロールすることによって利益額を合法的に調整し、有利な法人実効税率を適用させることが肝であると述べた。萱谷氏によると、「法人で減価償却をコントロールする方法」には以下の5つがあるという。
ここからは、以上5つの方法の概要を見ていこう。なお、「どの方法が適切か」は各人の状況や「どれくらいの規模まで不動産投資を拡大させていきたいか」といった拡大マインドなどによって変わってくるため、一概に決められるものではない。自分の状況と照らし合わせて、経済的合理性が高いと思われる方法を選択してほしい。
1.減価償却限度額を最大限に使う方法
「減価償却にそこまで気を遣っていない投資家はその限度額を最大限に使うという状態になっていることが多い」と萱谷氏は言う。この方法は、利益が出にくくなるということであり、税金の支払いも少なくなるということだ。減価償却を計上できるうちは、手元にキャッシュが残りやすい。そのため、次の物件購入のタネ銭も作りやすく、短期間で投資規模を拡大させていきたい人にはおすすめの方法と言えるだろう。
しかし、「キャッシュフローが厚い状態がずっと続くわけではない。不動産投資全般に言えることだが、減価償却を早めに使って最初にラクをすると後々苦しくなる。反対に、最初に苦しい思いをすると、後々ラクになってくる。減価償却限度額を最大限に使おうとしている人はどこかで帳尻合わせがやってくることを忘れないで欲しい」と萱谷氏は警鐘を鳴らす。
そして、この方法を用いる場合は、デットクロス(減価償却費よりも元本返済が大きくなり、利益は多いのにキャッシュフローは少ない状態)が訪れるまでに何かしらの対策を打つことが重要だ。いつデットクロスが発生するかを認識しておくことはもちろん、厚いキャッシュフローが出ている段階から、それに甘んじることなく、第2回で紹介したような節税策を練っておくようにしたい。
「多くの投資家は『買いたい病』になっており、買ったあとのことはおざなりになるケースが多い」(萱谷氏)。なお、個人で物件を購入する場合は、減価償却のコントロールはできない(強制償却)ため、この方法を用いることが原則となる。したがって、萱谷氏の警鐘は個人保有の投資家も傾聴したい内容だ。
2.借入の返済期限と同じ年数で償却していく方法
この方法は「建物価額÷借入期間」で求められる金額を減価償却費として毎年計上する方法だ。この方法であれば、借入期間中は毎年一定の減価償却費を計上できるため、急激な利益の増加や税負担の増加が起こりにくく、キャッシュフローが比較的安定するというメリットがある。
この方法がおすすめなのは、「法定耐用年数<借入期間」であったり、「中古の耐用年数<借入期間」であったり、耐用年数オーバーで借り入れができたケースだ。たとえば、「築25年の木造アパートを15年ローンで購入する」といったケースである(住宅用の木造物件の耐用年数は22年)。このような場合、前述の減価償却限度額を最大限に使う方法だとすぐに減価償却を使い切ってしまい、その後はキャッシュフローが苦しくなる可能性がある。
融資に詳しい読者であれば、「耐用年数オーバーで借り入れできることは滅多にないのでは?」と感じるかもしれない。しかし、「確かにメガバンクは嫌がる傾向があるが、地銀や信金では耐用年数オーバーでも融資がおりることはある。鑑定士を入れて診断書を出させることで、15年しか貸せない築古物件を20年で貸した事例もあった」(萱谷氏)という。
ただし、減価償却費を一定にしても支払利息は右肩下がりになるので、利益が毎年増えて、税負担は右肩上がりになりやすい(キャッシュフローは減っていく)。あくまでキャッシュフローが「一定になる」わけではなく「変動幅が少なくなり、比較的安定する」方法だと認識しておこう。
3.建物の付属設備も建物と同じ耐用年数と考えて使う方法
この方法も前述の「2.借入の返済期限と同じ年数で償却していく方法」と同じで、キャッシュフローの変動幅を減らし安定させることができる。 たとえば、新築RCマンションを購入した場合、建物本体の耐用年数は47年だが、電気設備は15年、エレベーターは17年、宅配ボックスは10年など建物付属設備は個別に定められており、原則として建物本体より償却期間が短い。そのため、建物付属設備を各耐用年数で償却すると、物件保有期間の前半で大きく償却を使ってしまい、前述の「最初は良いが、後から苦しくなってくる問題」が発生してしまう。
そこで、建物付属設備の償却期間を建物の償却期間に合わせてしまい、減価償却の変動をなくしてしまおうというわけだ。なお、「新築の場合は工事明細を出してもらえることが多いため、それを見ながら対応すれば良いが、設備割合が分かりにくい中古の場合は、合理的な割合として20%を建物付属設備とすることがある」という。
4.支払利息の減少に反比例させるように減価償却費を増加させる方法
「1.減価償却限度額を最大限に使う方法」は減価償却を使い切ったあとに大きくキャッシュフローが減少する。一方、「2.借入の返済期限と同じ年数で償却していく方法」と「3.建物の付属設備も建物と同じ耐用年数と考えて使う方法」は利益の変動を小さくすることで、キャッシュフローが減少していくことには違いはないものの、急激な減少を回避することができる。そして、この「4.支払利息の減少に反比例させるように減価償却費を増加させる方法」は完璧に近い形でキャッシュフローを安定化できる。
前述の「2.借入の返済期限と同じ年数で償却していく方法」と「3.建物の付属設備も建物と同じ耐用年数と考えて使う方法」は減価償却費が一定であるがゆえに、減少していく支払利息を相殺しきれず、段々とキャッシュフローを減少させてしまった。そこで、支払利息は「基本的に支払予定額が変動しない(見通しやすい)」という特性を利用して、将来の支払利息を精緻に計算し、その減少に合わせて、減価償却を増加させていく。
「空室ができたり、急な修繕が発生したりするなど、完璧な平準化は難しいかもしれない。実際、この方法を採用している人はほとんどいない。しかし、「1.減価償却限度額を最大限に使う方法」を用いている人には1つの目安になるだろう。特に、減価償却を前倒しで使っている感覚があまりピンとこない人にはこの方法を計算してあげて、『平準化したらこれくらいなのに、あなたは〇〇万円もオーバーして使っているのですよ』と説明してあげることはある」(萱谷氏)という。
5.売却を見据えて使う方法
不動産投資に限らずだが、投資はキャピタルゲインとインカムゲインを合計して初めてトータルリターンが出るため、売却は非常に重要なポイントだ。この方法を活用するときは、まず「何年後にいくらで売却できそうか」を考える必要がある。大きな売却益が見込める場合、第2回で紹介した「実効税率33%ゾーン」に突入してしまう可能性が高いため、保有中はできるだけ償却せずに簿価を保っておき、少しでも売却益を小さくするといった戦略が必要になる。
この方法は、特に短期売却を考えている人には重要だ。なかには『競売で仕入れた物件をリノベーションして、数年後に3倍で売る予定』といった人もいる。そのような場合は、保有中は全く償却せずに簿価を保っておくことが望ましい。売却後に、売却資金を元にレバレッジをかけ、さらに大きな物件を購入するケースも多い。売却益が出た年のうちに新しい物件を購入して、諸費用や初年度の償却を“ぶつける”ことも選択肢だ。法人なら、償却額をコントロールできることを利用して、初年度の償却は満額を計上すると良いだろう」(萱谷氏)という。
自分に合った「償却戦略」を構築していこう
ここまで2回(第2回と第3回)に渡って、不動産投資における減価償却を見てきた。ある程度の規模になれば、法人で購入するケースが大半であるため、「法人の実効税率」と「任意償却」をよく理解して、自分に合った「償却戦略」を構築していこう。
萱谷氏は、「『1円単位でキャッシュフローを残したい!』という人は私と話が合うと思います(笑)」と言う。専業大家になりたい、不動産投資でアーリーリタイアしたいという人は大歓迎とのことなので、自身の償却戦略を磨き上げたいときは、萱谷氏のような専門家に相談してみても良いだろう。
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