富裕層にとって相続税対策は重要な課題と言える。日本の相続税の最高税率は55%(相続財産6億円超の場合)だ。そんな富裕層向け税務の世界では「今年は贈与による相続税対策の大チャンス」と囁かれている。実際、駆け込み贈与を急ぐ富裕層もいるようだ。なぜ「今年は贈与による相続対策の大チャンス」と言われているのだろうか。

「相続税と贈与税の一体化」の検討が進んでいる

その理由は「相続税と贈与税の一体化」の検討が進んでいることだ。2020年12月に自民党が発表した「2021年(令和3年度)の税制改正大綱」には、「今後、諸外国の制度を参考にしつつ、相続税と贈与税を一体的に捉えて課税する観点から、現行の歴年課税制度を見直す本格的な検討を進める(筆者意訳)」と明記された。平易に言えば、「暦年贈与は富裕層の相続税圧縮に活用されているので、規制を強化する」ということだ。

実は、相続税と贈与税を単純に比べると、贈与税のほうが税負担は大きい。たとえば、1億円を相続した場合は30%の税率だが、1億円を贈与した場合は55%の税率がかかる。しかし、贈与には年間110万円までの基礎控除(非課税枠)がある。そのため、極端にいえば、110万円を91年かけて暦年贈与(毎年一定額を贈与し続けること)し続ければ、相続税も贈与税もゼロで資産移転が可能なのだ。

実際、91年もかけるのは難しいだろうが、直系卑属(子どもなど)に400万円以下を贈与する際の税率は15%なので、基礎控除分を足した510万円(400万円+110万円)を歴年贈与し続ければ、約20年で1億円を税率15%(相続税率の半分!)で資産移転できる。子どもが2人いれば移転スピードは2倍、3人いれば3倍なので、比較的現実性がある数字といえるだろう。

「税金のアービトラージ」で相続税を節税する

相続税より低い税率で贈与ができれば、原則として『相続税率−贈与税率』の分だけ「税金のアービトラージ」ができる(節税できる)ことになる。筆者は元野村證券マンとして、現在はファイナンシャル・プランナーとして、1,000名以上の富裕層を見てきたが、彼らにとって「一定の贈与税を支払って、ある程度まとまった金額を歴年贈与していくこと」は、相続対策の鉄板とも言える方法だった。

また、現金の贈与だけではなく、「定期的なキャッシュを生む資産」や「値上がりが期待できる資産」を下の世代に贈与することで、贈与以後の「その資産が生み出すキャッシュ」や「値上がり分」を下の世代の保有財産にできる。つまり、贈与者の「未来の資産増加」を減らし、間接的に相続税を圧縮する効果が期待できるのだ。相続税に敏感な富裕層でよく実行されるテクニックである。

筆者は野村證券マン時代に、「お孫さんたちに110万円を歴年贈与し、ジュニアNISAなどでその資金をお孫さん名義で運用する」提案をよく行なっていた。豊田支店にいた時は、トヨタ自動車の元幹部の相続対策として「お孫さん7人に毎年110万円を歴年贈与し(毎年770万円が孫世代に移転される)、同時にお孫さん名義で保険に入ってもらって、保険で運用していく」案件を成約したことがある。

なお、祖父母世代から孫世代に贈与すると、相続を一代飛ばせることに加えて、後述する「3年以内の贈与の持ち戻しルール」の適用外となる(孫が相続で財産をもらわない前提)。こちらも相続税に敏感な富裕層でよく実行される節税テクニックだ。

持ち戻し期間が10〜15年に延長される?

では、今後どのような税制改正が行われるのだろうか。

税制改正大綱には「本格的な検討を進める」と記載されただけであり、まだ何も確定していないが、識者の間では「贈与の持ち戻し期間が延長される」ことが予想されている。

現在の日本の税制では、相続が発生してから3年以内に実施された贈与は「贈与自体がなかったものとして持ち戻しされる」というルールになっている。税制改正大綱には「諸外国の制度を参考にしつつ」と書かれているので、諸外国に合わせる形で持ち戻し期間が延長されるのではないかという予想だ。

では、どれくらい延長されるのか。ヒントとなるのが、2020年11月13日に開催された内閣府第4回税制調査会の資料だ。同資料によると、米国の持ち戻し期間は一生涯(相続税と贈与税が統合されている)、ドイツは10年、フランスは15年であることが指摘されている。いきなり米国式に変更すると多くの混乱が予想されるため、独仏に合わせる形で、持ち戻し期間が「現在の3年」から「10〜15年」に延長されるのではないかという声が多い。

早ければ2022年の税制改正で適用?

仮に、持ち戻し期間が10〜15年に延長されるのであれば、「いつから制度が改正されるか」も重要な要素だ。前述の通り、多くの富裕層は歴年贈与を活用して相続対策を行なっており、その戦略を見直す必要があるためだ。特に、寿命に限りがある高齢者であればあるほど、持ち戻し期間に引っかかってしまう可能性が高まる。

何も確定はしていないが、早ければ2022年の税制改正で適用される可能性がある。そうなると、現状の持ち戻し期間で贈与ができるのは、今年(2021年)と来年(2022年)の2回しかない。そのため、冒頭で記したように、「今年は贈与による相続対策の大チャンス」と囁かれて、実際に駆け込み贈与を急ぐ富裕層もいるというわけだ。

特に、独仏に合わせる形で持ち戻し期間が10〜15年に延長されるのであれば、比較的若い富裕層はまだ対策する余地があるが、米国式(相続税と贈与税が統合)になった場合は、今後一切「贈与による相続税対策」は意味をなさなくなる。「今年(2021年)の分は確実に贈与しておきたい」という人は、スピード感のある対応が求められる。

税理士などの専門家と連携して対応しよう

ただし、駆け込み贈与にはリスクもある。ここまでは、「新税制は過去の贈与に遡求しない」ことを前提に議論を進めてきたが、過去の贈与に遡求する形(過去○年の贈与は新税制の対象とするなど)で施行される可能性はゼロではない。相当な混乱が予想されるので、過去遡求される可能性は低いと思われるが、その場合は駆け込み贈与自体の意味がなくなる。

いずれにせよ、富裕層の相続税対策には税理士などの専門家と連携することが不可欠だろう。あなたも顧問税理士などと相談しながら、改めて相続対策を練り直してみてはいかがだろうか。

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菅野陽平
菅野 陽平(かんの・ようへい)
富裕層の資産管理に詳しいファイナンシャル・プランナー。幼少期より学習院で育ち、学習院大学卒業後、2012年に新卒で野村證券に入社。多くの富裕層の資産管理を担当する。2016年、株式会社ZUUに入社し、日本最大級の金融・経済メディア「ZUU online」編集長を務める。プライベートバンカー資格、AFP保有。編集著書に『富裕層・経営者営業大全』(一般社団法人金融財政事情研究会、2020年7月31日発売)。