この記事は2022年3月10日にテレ東プラスで公開された「日本の「うまいもん」を届ける!~グルメ通販の仕掛け人~」を一部編集し、転載したものです。
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自宅で味わえる ―― 高級イタリアンに天然マグロ
グルメ激戦区、東京都・南青山にあるイタリアンの名店「リストランテ アクアパッツァ」。看板料理は店の名前にもなっている「真鯛のアクアパッツア」。天然の真鯛にアサリやトマト、魚介の旨味がギュッとつまったイタリア料理だ。「オマール海老とポルチーニのパスタ」も人気。ランチでも「シェフのおまかせコース」は9,500円という高級店だ。
だが、オミクロン株で苦戦する。この日も7組のキャンセルがでた。「急拡大ですから、影響はかなりあります」と語る日髙良実シェフだが、ランチ営業を終えると、なぜか大量のアクアパッツアを仕込み始めた。でき上がると真空パックにしてそのまま急速冷凍する。
この店では去年の夏から料理を「うまいもんドットコム」というサイトでネット販売をしている。コロナ禍で外食を控え、自宅で食事を楽しむ客が増えた。同サイトには全国のレストランからのお取り寄せコーナーがあり、おいしそうな料理がずらりと並んでいる。
「食べることが好きな方に直接届けていただける。飲食店が店舗以外で利益を得る新しい道かなと思っています」(日髙さん)
一方、東京都中央区に住む藤本穰さんがネットで買ったのは天然の本マグロ。普通は寿司屋などが仕入れる「天然生マグロ背側ブロック」(約1キロ)が9,900円だ。利用したのは「豊洲市場ドットコム」というサイト。豊洲に集まる新鮮な魚や野菜を販売。プロ向けの食材がリーズナブルな価格で買えると人気になっている。
▽天然生マグロ背側ブロック
「いろいろなネット通販でお取り寄せをしましたが、ここは毎回うまい。この2年間、週に1回は必ず注文しています」(藤本さん)
「うまいもんドットコム」「豊洲市場ドットコム」を運営している会社が食文化。創業は2001年で従業員32名というベンチャー企業だ。市場からの直送品や名店の料理だけでなく、全国のこだわり食材が取り寄せられるグルメサイトがウリで会員数は80万人。コロナ前は29億円だった売り上げが73億円まで伸びた。
午前7時の東京・豊洲市場に食文化のスタッフがいた。食材探しは毎日欠かさない。そこには食文化のトップ、萩原章史(60)の姿も。
「おすすめなのに売れ残るものは当然、あります。その日、その日でいろいろ違いがあるんです」(萩原)
やんちゃ苺、曲がりネギ、幻の高級魚 ―― 全国で発掘
食文化の強み1:豊洲品質をいち早く
果物の仲卸しで、「きょうはこれを売ってもらいたい」と言われたのは茨城県産「とちおとめ」。形が悪いため3割安だった。扱うと決めるとその場で社員が写真撮影。すぐさまぺージを作成し、その日のお昼過ぎには販売開始というスピード感だ。「やんちゃ苺」(4パック3,780円)と命名し、豊洲品質を届ける。
▽「やんちゃ苺」と命名した茨城県産とちおとめ
食文化の強み2:全国の名産を発掘
食文化はうまいものの情報をキャッチしたら、全国どこへでも駆けつける。この日は萩原自ら栃木・宇都宮市の農家へ。育てていたのは大きく曲がったネギ。江戸時代からあるこの地域の伝統野菜「新里ねぎ」だ。
あえて斜めに押し倒しストレスをかけると、曲がるだけでなく甘みが強くなるというが、「こういう手間のかかる不ぞろいなネギは商品になりにくい」(生産者の麦島弘文さん)。
通常の流通ルートにはのりにくいが、食文化なら売ることができる。
「ただのネギ、薬味のネギではない、ごちそうのネギ。その価値を認めて販売する」(萩原)
こうした全国に眠っている希少な食材を発掘し、販売しているのだ。
自分たちで探すだけではない。全国の自治体から販売を依頼されることも増えた。
愛媛県愛南町。この日は愛媛県から呼ばれ、海で育てている名産品の視察にやってきた。沖合に向かうこと20分。養殖のいけすで育てていたのは幻の高級魚。天然物はほとんど上がらない希少な「スマ」だ。愛媛県はその完全養殖に成功。2019年から新たな特産品として販売している。その味は、身は脂がのっていて、どこを切っても大トロ級。しかし、まだ無名で売り上げが伸びない。そこで愛媛県は食文化に相談を持ちかけた。
▽スマを試食する萩原社長
「まず、もっと認知度を高めて、味が分かる食文化の会員の方に知っていただき、食べていただきたい」(愛媛・営業本部・藤原英治さん)
食文化の強み3:価値を伝えるプロデュース力
販売が決まると、萩原は自ら生産者の元を訪ねて取材する。この日のターゲットは神奈川県相模原市にある養鶏場の「丹沢滋黒軍鶏」。和食の料理人が最高の素材を求め育てているまだ無名の軍鶏だ。まずはおいしさを再確認。続いて鶏舎を見学する。
「1平米で4羽以下。羽を広げて動き回れるスペースを確保しています」(山路ファーム・江川弘一さん)
情報を事細かに聞き出していく。さらに同行したカメラマンがサイトに載せる写真を撮影。そして東京のオフィスに戻ると、取材をもとに新たな食材の魅力を書き上げる。
背景にあるストーリーまで掘り下げるのが萩原流。だから説明文はかなり長めとなる。今回のキャッチコピーは「飼育の難しい勇猛な軍鶏が優しい飼育で凄い鶏肉になる!」。
「見て、食べて、においをかいでと、感覚的なものを書いているので、自分でやらないとできないですね」(萩原)
こうしたプロデュース力で大ヒットさせたのが蜜の多いリンゴ、青森県産「こみつ」。「人を魅了する香り、圧巻の蜜」とうたい、人気商品に育てあげた。
霜降り人気に推されていた赤身が売りの秋田県産「鹿角短角牛」は「濃厚な赤身は無骨にして美味!」として、こちらも大ヒット商品となった。
「『こういう特徴がある』とか『こういう料理に向く』とか、細分化して紹介することで最大の価値を生み出すのです」(萩原)
商機をつかむ「先読み力」 ―― 倒産危機からの逆転劇
萩原にはもうひとつの顔がある。神主だ。実は妻の有香さんの実家が神社。その手伝いをするため、神職の資格を取ったのだ。さらに家庭で大事な役割が料理。9対1の割合で萩原が料理をするという。
▽萩原社長は神主でもある
1962年、静岡・島田市生まれ。小学生のころから料理が得意だったという。大学を出て就職した先は大手ゼネコンの間組。そこで萩原が発揮したのが「先読み力」だった。
1986年、中国に赴任。当時は今とは違い発展途上のさなかだった。「ほかのゼネコンも中国に来ていましたが、職人さんが嫌になって日本に帰ってしまうんです。当時は食べ物もおいしくなかった。それなら作ればいいと、肉や魚を買って、多い時は30人分の料理をしていました」(萩原)
自らおいしい賄いを作り、職人が逃げるのを食い止めた。
1991年にはITが進んでいたアメリカに赴任。インターネットの可能性に気付く。そんな中、アメリカとカナダ、メキシコの間で自由貿易協定NAFTAの交渉が始まる。すると萩原はいち早く、協定の締結前にメキシコに事務所を作った。読みは的中し、メキシコでは日本企業の工場建設ラッシュとなり、次々と受注を勝ち取った。
萩原は日本にもITの波が来ると読んで、起業を決断する。2001年に食文化を創業、グルメ通販の先駆けとなるサイトを作った。しかし、「最初の1年は潰れそうでした。日商1万5,000円とかで、それも購入はほとんど身内でした」。
アマゾンの日本版サイトができたばかりのころ。ネット通販が認知されていないため、そもそも出品者が集まらなかった。そこで萩原が目をつけたのが築地市場。毎日のように通い、仲卸しに「商品を出してくれ」と頼んだが「ネット通販?」と、まったく相手にされなかった。
しかし、思わぬ転機が訪れた。「メロンが当時の築地市場で何百個と余った状態になった時があったんです」(萩原)
贈答用の高級メロンが大量に余り、廃棄されそうな事態に陥って途方に暮れていた仲卸しに、萩原はここぞとばかりに交渉した。ネットで売り出すと、あっという間に300ケースが完売。これで仲卸しの萩原を見る目が変わる。「300ケースを売ったらしい」という噂は築地市場を駆け巡り、萩原は足がかりを作ったのだ。
鮮度抜群! ノドグロに甘エビ ―― 北陸の魚を新幹線でお届け
石川県金沢市の中央卸売市場は北陸の台所だ。食文化は去年、ここを拠点に画期的なサービス「きょう着く便」をスタートさせた。
午前3時半、競りが始まった。活気あふれる声が飛び交う現場に、食文化から依頼を受けた金沢市場商事の青山勝人社長がやって来ていた。始めたのは魚の目利きだ。
▽中央卸売市場で競りが始まった
まず、北陸名産の甘エビに目をつけた。通常よりかなり大きい。さらに旨味が強い高級魚ノドグロなど、これはという魚を買い付けて、すぐさま箱詰め。この日の最高の「鮮魚セット」を作りだす。すぐに車に乗せて、午前6時30分に出発。向かったのはJR金沢駅だ。
とれたての魚が詰まった箱は新幹線に乗せられ、東京へ。午前10時20分、東京駅に到着。新幹線の輸送にはJR東日本も協力している。その後、魚は食文化が自社トラックで客の自宅まで届ける。午後2時、金沢の市場で競り落とされてからわずか11時間後に客の元に届いた。
北陸の旬の味が豪華に詰まった「石川鮮魚盛りだくさんセット」は9,000円。中身はその日の水揚げ次第。届いた時のお楽しみだ。
▽中身はその日の水揚げ次第という「石川鮮魚盛りだくさんセット」
こんなサービスが可能になったのは、豊洲市場の中にある水産物卸しの最大手「中央魚類」とタッグを組んだからだ。食品ネット通販の雄と魚河岸の卸し大手の提携が実現したのは2020年11月だった。
「中央魚類」は全国の産地から魚を仕入れている。それを競りにかけて仲卸しに売る、いわば市場の大元だ。食文化はこの大卸と組むことで、金沢など全国各地の市場から、とれたての魚を仕入れられるようになったのだ。
一方、「中央魚類」の伊藤晴彦社長は食文化と組むことのメリットをこう語る。「やはり時代が変化して、ネットの生鮮品販売は増えていく。そのマーケットで、もっと販売をさせていただこう、と」
社員同士の人材交流もスタートした。「中央魚類」から食文化に出向してきた新井圭はネット通販のノウハウを勉強中。仲卸しと付き合いの長い新井が加わったことで、食文化もより市場に食い込めるようになった。
▽新井圭さんはネット通販のノウハウを勉強中
「結局この世界は『顔』で、『あれ』『これ』で終わる。顔がつながっていないと話が進まないんです」(萩原)
新井の顔で、仲卸しからこれまで以上にいい魚が入るようになったのだ。
「本当に最初は『ネットなんかで』とバカにしていたんです。『俺らの思いが伝わるかよ』と思っていた。でもウニを売ってみたら一日1,000以上売れた。ビックリしました」(山治・山崎康弘社長)
市場で働く人たちの意識も大きく変わり始めている。
※価格は放送時の金額です。
~ 村上龍の編集後記 ~
「食文化」変な会社名だ。しかし、まさに「文化」と呼ぶしかないような広がりと、多様性を持っている。ゼネコンにいたころ、NAFTAの締結を予想し、莫大な利益を当時の会社にもたらした。
どうしてNAFTAのことがわかったのかと聞くと「常に現状を妄想している」との答え。
妄想ではなく想像力だ。そして萩原さんの想像力は考動を伴う。これからはネット通販が流行ると思ったら、ネット企業を興している。最初は妄想かも知れない。妄想が文化を生むのだ。
<出演者略歴> 萩原 章史(はぎわら・あきふみ) 1962年、静岡県生まれ。1985年、早稲田大学卒業後、間組入社。2001年、食文化創業。 |