この記事は2022年4月1日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「DC一時金受取時の必要書類-前年以前の退職所得の源泉徴収票は要る?要らない?どっち?」を一部編集し、転載したものです。
目次
iDeCoや企業型確定拠出年金(以下DC)の受け取り方法は、年金と一時金、そしてそれぞれ50%ずつといった併用が認められている。一時金で受け取る場合は、税制上、退職所得になる。そして前年以前「一定期間内」に退職金等を受け取ったことがある場合は、前年以前「一定期間内」に受け取った退職金等も勘案して退職所得が決定されることになっている。DCを一時金で受け取る場合、「一定期間内」は14年内であったが、本日から19年内に変わった。この変更と退職所得にかかる所得税への影響等に関するレポート(*1)を昨年末に執筆した。尚、退職所得は分離課税であり、他の所得とは合算されず所得税が決められる。
先日、レポートに関する問い合わせを受けたのだが、その中に『iDeCoの一時金受け取り時に、19年前に遡って退職金等を受け取った際に発行された源泉徴収票が必要なのか』と心配するものがあった。筆者はDCの一時金受け取り時の事務については詳しくないので、勤めていた会社に依頼すれば再発行してもらえるのではないかと軽く考えていた。
ただ、本当に19年前に遡って源泉徴収票を再発行してもらえるのか。再発行してもらえるとしても企業側の負担が大きすぎないか。このような疑問が湧き、少し調べてみた。結論は、法律上、前年以前に退職金等を受け取った際に発行された源泉徴収票を添付するは必要ないが、添付を求められるケースもあり、そして添付を求められないケースでも、源泉徴収票がないと事務手続上は非常に困るというものだった。このどうにもすっきりしない結論に至った理由を順に説明したい。
*1:基礎研レポート「確定拠出年金の一時金をいつ受け取るか―課税ルール変更を受けて」(2021年12月28日)
退職金等を受け取る人の義務
退職金等を受け取る人は、支払いを受ける前に「退職所得の受給に関する申告書」を、退職金等の支払者(通常勤務先だが、DCを一時金で受け取る場合はDC資産管理機関、以下、勤務先等と記す)を経由して所轄税務署長に提出しなければならない(*2)。最終的な提出先は所轄税務署長だが、経由すべき勤務先等に申告書が受理された時に所轄税務署長に提出されたものとみなされるので、実務上は勤務先等に提出するだけでよい。
「退職所得の受給に関する申告書」に記載すべき、主な事項は下記枠囲み内の通りで、このうち、(イ)が有る場合は、その源泉徴収票を添付する必要がある(*3)。つまり、同じ年に受け取った他の退職金等に限り、源泉徴収票を添付する必要があるが、前年以前に受け取った他の退職金等については源泉徴収票を添付する必要はないと解釈できる。
(ア)勤務先等の氏名又は名称
(イ)同じ年に受け取ることが確定した他の退職金等で、既に受け取った退職金等の有無と、有る場合、その詳細
(ウ)所得税計算上で必要となる退職所得控除額を計算する際の基礎情報(勤続期間等)
(エ)前年以前一定期間内に退職金等を受け取っている場合は、その際の退職所得控除額を計算する際の基礎情報(勤続期間等)
(オ)退職金等を受け取る者の住所、氏名、個人番号
国税庁のHPに掲載されている「退職所得の受給に関する申告書」の申請書様式(令和4年4月1日以後)(以下、申請様式と記す)の注意事項でも、同じ年に受け取った他の退職金等について、退職所得の源泉徴収票(又はその写し)を添付するよう記載されているが、前年以前に受け取った他の退職金等については、源泉徴収票の添付を求めていない。
*2:常時2名以下の家事使用人のみに対して給与等を支払う者から退職金等を受け取る場合を除く
*3:所得税法第203条第1項および所得税法施行規則第77条第1項
19年前に遡って源泉徴収票の添付を求められるケース
19年前に遡って源泉徴収票を添付する必要はないなら一安心、と思っていたところ、筆者の配偶者が加入するDC制度の運営管理機関から、制度変更に関するお知らせが来た。そのお知らせには、『2022年4月以降に確定拠出年金(DC)の老齢給付金を一時金、もしくは一時金・年金の併給で受け取る際、DCの老齢給付金をお受け取りになる年および前年以前19年以内に他の制度の退職所得のお受け取りがある場合は、そのお受け取りにかかる「退職所得の源泉徴収票(写しの提出可)」を提出し、申告する必要があります。』といった一文がある(原文ママ)。
国税庁が求める内容と配偶者が加入するDC運営機関が求める内容が異なるのだ。普通に考えると、国税庁が求める内容が正しく、配偶者が加入するDC運営機関が求める内容が間違いなのだろうが、これだけしっかり書かれているのだから、配偶者が加入するDC運営機関が求める何らかの重大な理由・背景があるのかもしれない。
源泉徴収票がないと、正しく「退職所得の受給に関する申告書」に記載するのは難しい
前年以前に受け取った他の退職金等については、源泉徴収票を添付する必要はなくても、前年以前一定期間内に受け取った他の退職金等の基礎情報を記載する必要がある。記入が必要となる主な基礎情報は、下記枠囲み内の通りである。F)の就職年月日など、中には源泉徴収票がなくても正しく記載できる項目もあるが、よほど記憶力が高い人でない限り、C)の源泉徴収税額等は源泉徴収票がないと難しいのではないだろうか。
A)退職金等を受け取ることになった年月日
B)収入金額
C)源泉徴収税額(所得税)及び、特別徴収税額(市町村民税並びに、都道府県民税)
D)退職金を受けた年月日
E)支払者の所在地(住所)・名称(氏名)
F)勤続期間(就職年月日と退職年月日)
源泉徴収税額等は0円だから忘れないと思う人こそ注意が必要である
B)収入金額が退職所得控除額を下回っていた。C)の源泉徴収税額等は0円だから、忘れないので大丈夫。このように思う人こそ注意が必要である。申請様式の申告書の書き方をよく読むと、収入金額が退職所得控除額を下回っていたときは、F)の勤続期間及び退職年月日は、実際の勤続期間及び退職年月日とは異なる内容を記載する必要がある。申請様式の申告書の書き方をよく確認せずに実際の勤続期間及び退職年月日を記載すると、源泉徴収税額や特別調整税額が多くなる可能性が高い。
仮に、間違って源泉徴収税額や特別調整税額が多くなっても、DC資産管理機関を責めるべきではない。間違いの原因は、申請様式の申告書の書き方をよく確認しなかったことにある。
19年前に遡って源泉徴収票の添付を求めるのは親切心かもしれない
ここまでくると、配偶者が加入するDC運営機関が求める内容は間違いではなく、親切心ではないかと思えてくる。添付の要否はともかく、一時金で受け取る際に源泉徴収票がないと困るのは確かなのだから、紛失しないように注意を促してくれているとも考えられるからだ。しかし、注意を促すだけならば、前年以前一定期間内に受け取った他の退職金等の「退職所得の源泉徴収票(写しの提出可)」を提出し、申告する必要があるとまで書く必要はなく、紛失しないよう注意を促すだけでよい。
もしかしたら、申請様式の申告書の書き方をよく確認せずに実際の勤続期間及び退職年月日を記載していないか、結果として源泉徴収税額や特別調整税額が多くならないようにチェックしてくれるのかもしれない。C)の源泉徴収税額が0円ならば、収入金額が退職所得控除額を下回っていたと類推できそうだが、前年以前一定期間内に受け取った他の退職金等の収入金額と退職所得控除額がはっきりしている方がチェックしやすい。残念ながら、前年以前一定期間内に受け取った他の退職金等の基礎情報には、当時の退職所得控除額が含まれないので、「退職所得の源泉徴収票(写しの提出可)」の提出を求めているのかもしれない。
まとめると、DCを一時金で受け取るときに、前年以前に退職金等を受け取った際に発行された源泉徴収票を添付する必要はないが、手元に情報が無ければ、「退職所得の受給に関する申告書」を正しく記載するのが非常に難しい。DC加入者で、翌年以降19年内に一時金での受け取りの可能性があるならば、退職所得の源泉徴収票は写しでもいいから大切に保管しておくべきということである。
もし、現時点でいくら探してもない、無くしたと言う場合は、勤務先であった会社に「退職所得の源泉徴収票」を再発行してくれるよう丁寧にお願いした方がいい。
しかし、勤務先等は「退職所得の源泉徴収票」は、退職金を受け取る人に交付するだけでなく、税務署長にも提出しなければならない。その情報がデータベース化され、適切に利活用されるなら、「退職所得の源泉徴収票」を長期間にわたって保管する必要はなくなる。行政のデジタル化の一層の進展を期待したいものである。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
高岡和佳子(たかおか わかこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任
【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
・確定拠出年金の一時金をいつ受け取るか ―― 課税ルール変更を受けて
・確定拠出年金をいつ受け取るか ―― 一人時間差攻撃も選択肢に
・老後資金の取り崩し
・就労延長で老後の生活水準はどうなるか
・退職後に生活水準の低下をどう防ぐか? ―― リバース・モーゲージなど金融商品の活用について考える