この記事は2022年2月10日に「第一生命経済研究所」で公開された「ガソリン・灯油の負担の地域格差」を一部編集し、転載したものです。
要旨
ガソリン・灯油の価格補助が、現在の1リットル最大5円から見直される方針だ。都道府県別に、ガソリン・灯油の負担を調べると、地域によって大きく差が生じている。消費者物価の12月の上昇率でも、「東高西低」で大きな相違があるのが実情だ。エネルギー全体でみて、ガソリン・灯油の価格補助を見直しても効果は限定されてしまう。やはり賃上げを通じて家計の耐久力を強くするしかない。
追加対策の指示
政府は、経済対策としてガソリン・軽油・重油・灯油の4油種に、価格抑制のための補助金支給を実施している。しかし、ガソリン・灯油に対して、実施から僅か3週間で1リットル5円の補助では価格高騰を抑え切れなくなっている。これに対して、岸田首相は2月8日に追加策を指示した。松野官房長官によると、これまでの対策の効果の検証や、さらなる対応策の検討を議論したいということである。筆者は、検証や議論は是非とも念入りに行ってほしいと願うところだ。
この政策が決まったときから疑問だったのは、政府が誰を念頭に置いて支援を実施するかが明らかではないという点だ。なぜ、ガソリン・灯油の値上がりだけを抑制するのかもわからない。優先順位も見えないまま、目に付きやすい品目だけに税金を使って支援するのは、政策として説得力に欠ける。食料品の値上がりはどうしようもないから、ガソリン・灯油4種だけに支援をするということなのだろうか。岸田首相の指示は、そうした論点を議論する絶好の機会になる。
電気・ガス代も値上げ
2021暦年の総務省「家計調査」は、そうした家計負担を吟味するための格好の資料になる。まず、エネルギー品目と言えば、支出が大きい順に、①電気代、②ガス代、③ガソリン、④灯油が挙げられる(図表1)。その4つのうち、ガソリン・灯油は支援があるが、その割合は3割弱(28%)に過ぎない。もっと大きな割合の電気代・ガス代は手つかずである。電気・ガス代は、2022年3月まで7か月間連続で値上げされることが決まっている。電気代は、家計だけではなく、事業者にも大きな負担になる。
大都市よりも地方に恩恵
次に、本稿で注目したいのは、地域別にみてガソリン・灯油の支出に大きな差があることだ。消費支出に占めるガソリン・灯油の割合は、全国平均で2021年2.1%である。この割合は、大都市と地方では大きな差がある(図表2)。大都市(東京23区+政令指定都市)は、ガソリン・灯油の消費支出に占める割合は1.2%と低い。一方で、小都市・町村(人口5人未満の市と町村)では、3.4%と高い。自家用車の利用が多い地方の方が大都市よりも、負担感が大きい。灯油もシニア世帯の方が支出が多く、高齢化が進んでいる地方の方が負担が大きいことがわかる。ガソリン・灯油の価格補助は、地方・高齢者世帯の負担増を抑制することになる。しかし、電気代・ガス代の部分は、支援が行われず、部分的な手当ということになる。
東京都区部の負担感は小さい
さらに、都道府県の県庁所在地別にガソリン・灯油の負担割合を調べてみた。消費支出全体に占める割合の地域別の変化である。すると、47都道府県では、青森市が4.7%と最も負担感は大きかった(図表3)。全国平均は2.1%である。青森市に続くのは、札幌市、盛岡市、秋田市、山形市、山口市、富山市である。ブロック別には、北海道・東北地域が寒冷地であることもあって、灯油の支出が多くて負担感も大きい。東京都区部は、消費支出に対する灯油の割合が0.05%とごく小さい。北海道地区では2.5%と大きい。
ガソリンでも、東京都区部は、消費支出に対するガソリンの割合は0.6%とやはり小さい。北海道地区の割合は2.1%、東北地区は2.5%と高い。傾向として、負担感は「東高西低」になっている。ガソリン・灯油の負担割合は、最も多い青森市(4.7%)と東京都区部(0.6%)の間では7.2倍も違っている。札幌市(3.7%)との間でも、東京都区部との比較で、6.0倍の違いがある。
消費者物価も地域別に格差
では、ガソリン・灯油だけではなく、消費者物価全体について、どのくらい都道府県県庁所在地別にばらつきがあるのだろうか。2021年12月の総務省「消費者物価」では、都道府県の県庁所在地別の前年比が発表されている(図表4)。全国平均は、消費者物価・総合で前年比0.8%である。それに対して、秋田市は前年比1.9%と全国一の高い伸びである。次いで、仙台市、長野市、青森市、奈良市、山口市、京都市が続く。全国7都市が、すでに前年比1.0%を超えている。反対に、鹿児島市は前年比▲0.5%、大分市は同▲0.2%、佐賀市は同▲0.1%と、この3県だけはマイナスの伸びである。九州地区と四国地区は、物価上昇率が緩やかである。やはり、ガソリン・灯油の押し上げ効果が効いていて、消費者物価にも、「東高西低」の傾向がみられる。
見えにくい負担
なぜ、ガソリン・灯油に限定して、政府は価格補助をするのか。筆者が考えるのは、国民がガソリン・灯油の高騰を通じて、実感に重きを置いて、物価の痛みを感じやすい部分にだけ手当てしたということだ。購入頻度別にみて、ガソリン・灯油は食料品と並んで、購入頻度が多い。だから、その実感を和らげたいという意図で、限定的ながらも価格補助を行っている。しかし、実体面での生活コスト高は範囲が広い。例えば、上昇する食料品は手つかずだ。2021年のエンゲル係数は28.1%と、エネルギー品目の消費支出に対する割合7.5%よりも遙かに大きい。2021年12月の食料品価格は、前年比2.1%まで上がっている。
物価上昇全体に対する耐久力を高めるには、賃金を上昇させるしかない。本質的に、こちらが重要だ。賃金を上昇させるには、生産性上昇を成功させる必要がある。賃上げ促進と同時に、政府は成長戦略を推進することが大切だ。
経済学の先達たちの記録を読むと、過去、インフレ対策として何度も物価統制が実施されてきたが、経済学者たちはそれには冷ややかである。物価統制には所詮限界があり、後からみて資源配分を歪めると反対する。筆者は小さな価格補助には反対しないが、やはり限界を知って慎重に臨むことが大切だと考えている。
筆者は、ガソリン高騰については、家計以上に運送業者、宅配業者への負担増が気になる。東京・大阪では、ガソリン支出こそ低いが、宅配利用は多い。見えにくいところで、負担のしわ寄せが事業者には起こっている。コロナ禍では、インターネット通販の利用が増えたが、そこでの宅配料の値上げは限られていて採算が厳しくなっている。そうした運送業者・宅配業者に対する手当としても、ガソリンへの価格補助がベストの手法になるのかどうかについても、政府は議論してほしい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生