この記事は2022年2月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「 」を一部編集し、転載したものです。


Oil platform on the ocean. Offshore drilling for gas and petroleum
(画像=Photocreo Bednarek / stock.adobe.com)

要旨

  • 今後の原油先物価格が平均80ドル/バレル程度に落ち着くと仮定すれば、今年から来年にかけての家計負担額は年+2.5万円程度にとどまる。しかし今年後半の原油価格が平均90もしくは100ドル程度で推移すれば、今年から来年にかけての家計負担をそれぞれ年+3.0万円、+3.5万円も増加させる計算。足元の原油高が持続すれば、家計に無視できない悪影響を及ぼす。
  • 今後の原油先物価格が平均80ドル/バレル程度に落ち着くと仮定すれば、今年の経済成長率を▲0.14%pt程度押し下げるにとどまる。しかし今後の原油価格が平均90もしくは100ドル程度となれば、今年の経済成長率をそれぞれ▲0.19%ポイント、▲0.23%ポイントも押し下げることになる。足元の原油高が持続すれば、マクロ経済的に見ても無視できない悪影響を及ぼす。
  • 足元の原油価格と過去の交易利得(損失)との関係から、今後の原油先物価格が平均80ドル/バレル程度に落ち着くと仮定すれば、22年度は▲1.6兆円程度の所得の海外流出にとどまる。しかし、今後の原油価格が平均90もしくは100ドル/バレル程度となると、22年度はそれぞれ▲3.1兆円、▲4.6兆円もの所得の海外流出が生じることになる。これは、原油価格が足元の100ドル/バレル台の水準で推移すれば、消費税率+1.6%ポイント引き上げと同程度の負担が生じることを意味する。
  • 資源価格が上昇すれば、資源の海外依存度が高い日本経済が資源価格上昇の悪影響を相対的に受けやすく、日本経済は構造的に苦境に立たされやすい環境にある。特に足元の個人消費に関しては、行動制限が課される一方で、厳しい所得環境や相次ぐ値上げの影響等により消費者心理が急激に悪化している。今後の個人消費の動向を見通す上では、原油価格の高騰を通じた負担増が遅れて顕在化してくることにも注意が必要であろう。

はじめに

原油価格が高騰している。ドバイ原油はこのところ1バレル=90ドル台で推移しているため、既に経済活動に影響が及んでいる。一方、円も対ドルで減価(円安)していることもあり、円建てドバイ原油先物価格はさらに上昇している。

原油価格が上昇すれば、企業の投入コストが上昇し、その一部が産出価格に転嫁されるため、変動費の増分が売上高の増分に対して大きいほど利益に対する悪影響が大きくなる。

また、価格上昇が最終製品やサービスにまで転嫁されれば、家計にとっても消費者物価の上昇を通じて実質購買力の低下をもたらす。そうすると、企業の売り上げへも悪影響が及び、個人消費や設備投資を通じて経済成長率にも悪影響を及ぼす可能性がある。

まず、原油高が企業活動に及ぼす影響として、ガソリン価格の上昇がある。事実、レギュラーガソリンの全国平均価格は13年ぶりの高値となっている。原油価格の上昇で反応するのがガソリンや軽油、灯油の価格だ。また、原油先物価格が上がれば、化石燃料から作られる電気やガス料金も3~5カ月のタイムラグを伴って値上がりする。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

穀物価格への影響も

さらに、原油価格の上昇は船の燃料となる重油やビニールハウスの温度調節に使われる業務用ガソリンなどに影響するため、第1次産業にとっては負担増となり、場合によっては収穫された魚や野菜、果物などの値上がりにも結び付く可能性がある。

他方、世界的にガソリン価格が上がれば、その代替エネルギーとなるバイオ燃料の需要が増える。このため、バイオ燃料の原料となる穀物の値段も上がる。例えば小麦の価格が上がれば麺やパン、菓子類に影響がでるほか、大豆であれば大豆製品や調味料、トウモロコシなら家畜のえさを通じて肉や乳製品の値上がりも誘発されるだろう。

このように、原油先物価格の上昇は幅広く企業活動の負担増に結び付くことになる。冬でまだ気温が低い現在、経済規模の大きい北半球で暖房需要が大きいため、急激な原油価格の下落は想定しにくい。当面の間、企業は原油高に伴う負担増を強いられる可能性が高い。

そこで、家計への影響を見てみよう。原油価格が上昇すると、タイムラグを伴って消費者物価に押し上げ圧力が強まることがわかる。事実、2006年1月以降の原油価格と消費者物価の相関関係を調べると、円建てドバイ原油価格のプラス1%上昇は7カ月後の消費者物価を約0.01%押し上げている。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

90ドル推移でも家計負担約3万円増

そこで、これらの関係から具体的な家計への負担額として21年における2人以上世帯の年平均支出額約334.8万円(総務省「家計調査」)を基にすれば、22年から23年にかけての2年間の家計負担が80㌦で2.2+0.3=2.5万円増、90㌦で2.4+0.6=3.0万円、100㌦で2.6+0.9=3.5万円程度増加する計算になる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

より現実的な経済全体への影響について、内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(18年版)」の乗数を用いて試算するとどうなるか。今後の原油先物価格が1バレル=80㌦もしくは90㌦、100㌦程度で推移したとすれば、22年の経済成長率をそれぞれ0.14%ポイント、0.19%ポイント、0.23%ポイント程度も押し下げることになる。このように、原油価格の上昇はマクロ経済的に見ても、無視できない悪影響を及ぼす可能性がある。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

また、原油価格と日本の交易利得(損失)には強い相関がある。交易利得(損失)とは、1国の財貨と他国の財貨との数量的交換比率である交易条件が変化することによって生じる貿易の利得、もしくは損失のことであり、輸出入価格の変化によって生じる国内と海外における所得の流出入の損失を示す。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

そして、この関係に基づけば、原油先物価格が1バレル=10ドル上がると年換算で1.5兆円の所得の国外流出が生じることになる。そこで、この関係から今年の原油先物価格が平均80㌦もしくは90㌦、100㌦程度で推移すると、今年度の▲4.1兆円に上乗せして、来年度はそれぞれ▲1.6兆円、▲3.1兆円、▲4.6兆円もの所得の海外流出が生じることになる。これは、原油価格が足元の90㌦台の水準で推移すれば、今年度は消費税率+1.5%ポイント引き上げ程度の負担増が生じることに加え、来年度はそこからさらに+1.1%ポイント引き上げ程度の負担が上乗せされることを意味する。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

資源高に弱い経済構造

経済のグローバル化や市場の寡占化が進展して以降、物価がこれまでと比較して世界の需給条件を反映した水準で決まりやすくなっている。特に、新興諸国が経済成長率を高めた03年ごろから、経済のグローバル化が実体・金融両面を通じて商品市況の大きな変動要因として作用している。

このため、今回もコロナショックから世界経済が持ち直していることで、世界の商品市況は高騰が続いている。特に今後は、ウクライナ情勢がさらなる緊迫を迎えることにより化石燃料や穀物の供給懸念が拡大すれば、世界の原油価格はさらに上昇する可能性もある。従って、今後もしばらくは原油先物価格が高水準で推移し、世界的な脱炭素化の流れに伴い、化石燃料関連分野に投資マネーが流れない状況が続けば、中長期的に見ても原油価格が高止まる可能性がある。

これは、日本のように原油をはじめとした資源の多くを海外に依存する国々にとって所得が資源国へ流出しやすい環境になることを意味する。

特に人口減少などにより国内市場の拡大が望みにくい日本では、内需主導の景気回復は困難であり、所得の大幅な拡大も困難な状況が続く可能性が高い。従って、資源の海外依存度が高い日本経済は資源価格上昇の悪影響を相対的に受けやすく、構造的に苦境に立たされやすい環境にあるといえよう。

特に足元の個人消費に関しては、オミクロン株の感染拡大や相次ぐ値上げの影響などにより消費者心理は大きく悪化している。したがって、今後の個人消費の動向を見通す上でも、原油価格の高騰といった負担増がタイムラグを伴って顕在化してくることには引き続き注意が必要であろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣