インフレ対策による景気悪化が懸念される米経済界だが、「あるところにはある」のがマネーだ。米アップルは大量の余剰資金を抱えており、2022年に自社株買いや配当などの株主還元で1000億ドル(約13兆1800億円)以上を投入したが、同年末に手元流動性が高い現預金や市場性証券を1650億ドル(約21兆7600億円)も保有している。そのため同社が大型買収に乗り出すのではないかとの観測が出ている。

アップルの豊富な手元資金に見合う買収先は?

もっともアップルは(同社にとっては、だが)小口の買収案件にしか手を出していない。過去最高額の買収でも、2014年に実施した米ビーツ・エレクトロニクスの30億ドル(約3900億円)にすぎない。アップルが余剰資金を吐き出しきるほどの買収先はあるのだろうか?

M&A Online

(画像=「M&A Online」より引用)

例えば「最も旬な企業」であるチャットGPTを開発した、米オープンAI(米カリフォルニア州)はどうだろう?オープンAIと言えば「非営利法人の人工知能研究所」として知られているが、実は傘下に営利企業のOpenAI LPを持つ。

ややこしい話だが非営利法人のオープンAI(OpenAI Inc.)は、従業員らが保有する営利企業のオープンAI(OpenAI LP)株を米ベンチャーキャピタルのスライブ・キャピタルとファウンダーズ・ファンドへ売却する交渉を進めていると、米ウォール・ストリート・ジャーナルが1月5日に伝えている。

それによると同社の時価総額は290億ドル(約3兆8200億円)で、仮にこの金額で買収が成立すれば過去最高額だったビーツの10倍近い。それでもアップルの余剰資金の5分の1未満、余裕で買収できる企業だ。

アップルはAIアシスタント「Siri」を提供しているが、この分野でのライバル企業の追い上げは激しい。同社は人工知能関連イベント「WWDC for AI」を開催するなど、AI開発の取り組みを強化している。アップルにとってチャットGPTを持つオープンAIは、買収したい企業の一つだろう。


すでにMSの手がついているオープンAIだが…

ただ、オープンAIは米マイクロソフトとの関係が深い。すでにマイクロソフトはOpenAI LPに30億ドル(約3300億円)を出資しており、全株式の49%を握る。残る51%は親団体のOpenAI Inc.が保有している。今さらアップルが買収に乗り出しても、成功する可能性は極めて低いだろう。

とはいえ、可能性はゼロではない。オープンAIのサミュエル・H・アルトマン最高経営責任者(CEO)の動向だ。常識的に考えれば、スタートアップの同社を全面的に支援してきたマイクロソフトを裏切り、アップルに乗り換えるとは考えにくい。

しかし、アルトマン氏は一筋縄ではいかない人物だ。オープンAIは巨大企業が秘密裏にAI開発を進めていることに懸念したアルトマン氏が、同様の問題意識を持つ米テスラのイーロン・マスクCEOらの寄付を得て発足した非営利団体だった。

ところが2018年にアルトマン氏がCEOに就任すると、オープンAIはマイクロソフトに接近して出資を受ける。「産業界から離れてAIを開発する」という設立当初の誓約は、アルトマン氏によって反故にされたのだ。

この先、OpenAI Inc.が保有する51%のOpenAI LP株をアップルに譲渡しないとの保証はない。そもそも非常に煩雑な手続きが必要にはなるが、非営利法人のOpenAI Inc.自体をアップルに譲渡すれば、OpenAI LPは孫会社としてアップルの支配下に置かれる。

現時点でそのような動きは見られないが、金利上昇でM&Aに必要な資金調達が厳しくなる中、豊富な資金力を持つアップルの巨大M&Aに市場の関心が高まっている。

文:M&A Online