DXの推進でESGの課題解決を図る横河電機、2050年に向けたサステナビリティ目標とは

企業の活動領域が大きければ大きいほど、ESGの取り組みは複雑になる傾向があります。横河電機は60ヵ国に拠点があり、海外での売り上げが全体の7割程度を占めています。さらに、顧客はエネルギーやマテリアル、水、医薬品関連の企業など多岐にわたります。このような事業を展開する横河電機は、どのような体制でESGを推進しているのでしょうか。

本シリーズ「DXエバンジェリストが斬り込む!」では、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンターチーフエバンジェリストの福本勲氏が企業に直接訪問し、ESGの担当者に現場の取り組みを伺います。今回は、同社フェローでサステナビリティ推進部長の古川千佳氏にお話を聞きました。

(左から)横河電機の古川千佳氏、東芝の福本勲氏(2023年7月10日、東京都武蔵野市の横河電機本社で)
(左から)横河電機の古川千佳氏、東芝の福本勲氏(2023年7月10日、東京都武蔵野市の横河電機本社で)
古川 千佳氏
横河電機株式会社 フェロー 経営管理本部サステナビリティ推進部長
2015年にCSR部の部長に就任。2017年にサステナビリティ推進室の室長に就任。持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)の「WBCSDリーディング・ウーマン・アワード2018」を受賞。2023年サステナビリティ、ESG 経営推進担当フェローに就任。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
*2人の所属及びプロフィールは2023年8月現在のものです。

目次

  1. 幅広い産業のお客様と共に、社会貢献に取り組む
  2. Three goalsを支える6つの貢献分野
  3. AIを用いたプラント自律制御によってCO2排出量40%削減
  4. 複雑化するイシューにデジタルを組み合わせ、ESGの課題解決を図る


幅広い産業のお客様と共に、社会貢献に取り組む

福本氏(以下、敬称略) 御社の事業概要をお聞かせください。

古川氏(以下、敬称略) 当社の特徴の1つはグローバルに事業を展開している点で、海外での売り上げが7割程度を占めています。もう1つの特徴は、我々自身の業種は電気機器ですが、お付き合いしているお客様の業種が非常に幅広いことです。具体的な業種としては、エネルギーや、化学、鉄鉱、紙パルプ などの 素材、医薬、食品、水などが挙げられます。

横河電機 古川氏
「当社の特徴の1つはグローバルに事業を展開している点で、海外での売り上げが7割程度を占めています」(横河電機 古川氏)

主力事業の制御事業においては、生産工程において非常に重要な部分をお客様と一緒に取り組んでいます。制御の改善は品質やコスト、納期に直結し、CO2排出量や人の働き方などにも影響があるため、ESGやサステナビリティ経営に貢献します。

昨今、企業は競争力を高め、持続可能な社会の実現に貢献するために、サプライチェーンも含めた経営から現場までの事業活動全体を最適化することが求められています。これにはDXが重要な役割を果たします。日本や世界においても、DXを進めるうえで、OT(オペレーショナル・テクノロジー)とITの融合を図っていくところが課題です。さらに、ITを得意としている企業はたくさんある一方で、OTに長けている企業については少ないと感じています。当社はOTに関するナレッジを有しているので、ITとOTを融合するIT/OTコンバージェンスを進めて連携および強化を図ることで、社会課題の解決をリードしていきます。

また、サステナビリティの目標として、2050年に向けて目指す社会の姿という位置付けで、2017年に「Three goals」を定めました。

福本 「Three goals」について、詳しくお話いただけますか。

古川 はい。「Three goals」では、2050年に向けて「Net-zero Emission(気候変動への対応)」「Well-being(すべての人の豊かな生活)」「Circular Economy(資源循環と効率化)」の3つのゴールを掲げています。このゴールは、環境・社会・経済のバランスを取ることが、サステナビリティにつながるという考え方で設定しています。

福本 「自社が」目指すゴールというよりも、「社会が」目指す姿なのですね。

古川 当社だけで実現するというよりも、2050年には世界がこうなっていてほしいと考えた上で、お客様と一緒にそのために何ができるかを考えました。当社のお客様の業種は非常に幅広いので、さまざまなサステナビリティの領域での貢献を目指しています。

Three goalsを支える6つの貢献分野

福本 御社は、「2030年に向けて貢献と成長を加速させる6つの貢献分野」も定めていますね。

古川 こちらはマテリアリティ分析(重要課題の特定)を行った上で、「Three goals」を支える6つの貢献分野(下図)を明確にしました。

「Three goals」を支える6つの貢献分野

それぞれの貢献分野は当然、Three goalsと結びついているのですが、1つの分野がどれか1つのゴールと結びついているというよりも、さまざまな分野に関連し合っています。各ゴールや貢献分野が1対1の関係にとどまらないことを示しています。

福本 どのような経緯で「Three goals」に注力するようになったのでしょうか。

古川 事業をグローバルに展開し、さまざまな業種のお客様にサービスを提供していますが、中でも海外のエネルギー関連のお客様は、気候変動に関してのアンテナが非常に高いのが特徴です。我々はかなり早い段階から、こうしたお客様の課題感に対して、何らかの形で貢献していきたいと考え、2016年ごろからESG(環境、社会、企業統治)などの取り組みを意識しています。

このうち、E(Environment:環境)の取り組みの目標としては、2040年にScope1と2(自社が排出した温室効果ガスの総量/電気などを使用したことで間接的に排出された温室効果ガスの総量)におけるカーボンニュートラルを目指しています。中間目標として、2030年にScope1と2は50%、Scope3(サプライチェーン全体の温室効果ガスの排出量)を30%削減としています。いずれも、脱炭素の国際的な認定期間「SBTイニシアチブ」に認定されている、科学的根拠に基づく温室効果ガスの削減目標です。

事業の拠点が欧米のほかにも中国やインド、中東などもある中で、どのように地球全体でどれだけ減らしていくかのすり合わせが難しく、かつ面白いところですね。現状、各拠点の状況を踏まえて温室効果ガスの排出量を削減するためのプランを策定しています。

福本 Scope3では、サプライヤー様から情報を提供していただく必要があります。その中でも、特に小規模のサプライヤー様からいかにして比較的正しいデータを取っていくかが課題になってきますね。

古川 今のところ、サプライヤー様とのデータ連携がうまくできている企業はあまりないですが、今後はさらに積極的に取り組まないといけない領域でしょう。現在は、納品いただいた部品の種類別に、統計に基づく金額ベースのCO2排出係数を使って計算をしていますが、ただそうすると、あるサプライヤー様が努力をしてくださっても、その係数には必ずしも反映されないので、工夫が必要ですね。

AIを用いたプラント自律制御によってCO2排出量40%削減

東芝 福本氏
「Scope3では、サプライヤー様から情報を提供していただく必要があります。その中でも、特に小規模のサプライヤー様からいかにして比較的正しいデータを取っていくかが課題になってきますね。」(東芝 福本氏)

福本 先ほど、IT/OTの融合の話題が出ました。今後、IT/OTコンバージェンスの実現について、どのようにお考えでしょうか。例えば、リニアエコノミーからサーキュラーエコノミー(循環型経済)に移行すると、まだ使えるものを廃棄する前にリユースする動きが出てくるようになります。そのときに、今までの利用履歴をある程度、データ化して保存しておいた方がいいと思うのですが。

古川 そうですね。非常に重要なポイントになると考えています。我々の作る製品のコンポーネントはたくさんあるので、すべてのコンポーネントが一度にだめになるわけではありません。不具合が起きそうな部分を取り替えて、洗浄や交換、調整などを経て状態を整備した後に再利用できます。まさに今、やらなければいけないところです。

福本 デジタル技術を活用したESG関連の取り組みとしては、どのようなものがあるでしょうか。

古川 ENEOSマテリアル様が自律制御AIを化学プラントに採用されました。強化学習AIがプラントを直接制御するものとして正式に採用されるのは、世界初のケースとなります。

実プラントでは物理的、化学的な事象が複雑に影響する中での制御の難しさから、PIDなど既存の制御技術による自動化のプログラムが組めず、熟練運転員が介入しなければならない箇所が数多く残っています。 AIが約1年に渡り、稼働中に一度もトラブルなく、安定的に稼働したことには大きな意味があり、究極の効率化が実現できたことを意味します。

このプラントは蒸留塔で、エネルギー源に排熱を使っています。排熱は量が一定ではありません。また、蒸留塔は外にあり、外気温の変化の影響を受けるので、年間で約40度も違う場所で、安定して制御することは非常に難しいです。社員が24時間張り付いて対応するにも困難が伴い、ミスも起こりえます。

ここに自律制御AIを適用することにより、品質も安定し、蒸気使用量やCO2排出量を約40%(*)削減しました。現場で働いている社員にとっては、これまで業務にあたる上で感じていた大変なプレッシャーから解放されるなどの効果もありました。まさに、DXを使ったSDGs貢献の例が生まれたと考えています。

*本実証実験で自律制御AIを適用した液面の制御に従来使用されていた蒸気量ならびに同蒸気製造に係るCO2排出量に対する削減率。

複雑化するイシューにデジタルを組み合わせ、ESGの課題解決を図る

福本 ESGを加速させるにあたって、社員の士気やモチベーションを上げていく工夫などをされているのでしょうか。

古川 各部署で、色々な取り組みを開始しています。例えば、「Co-!n」というトークンのコインがありまして、感謝と賞賛を送り合うとコインが溜まっていく仕組みで、流通量に応じてNGOに寄付しています。

Co-!n

日本国内の全グループ会社にて運用中で、社員がお互いに感謝・称賛を贈り合うことで、働き続けたいと思える風土・文化を醸成し、エンゲージメントの向上、さらには会社と社員の成長に寄与することを目的としています。

また、人材教育の一環として「未来共創イニシアチブ」という取り組みがあります。未来を担う若手社員を集めて、お客様と共創の場を作って一緒に活動しています。

福本 デジタル化が進むと業務の効率化が進みますが、新たに生まれる業務もあるので、御社のように社員に投資していくことはとても素晴らしい取り組みですね。

古川 ESG評価のスコアを上げることが「目的」になってしまわないように気をつけています。そのためには、社員に何のためにESGの活動をやっているのか腹落ちしてもらうことが大切です。幸い、企業理念に「YOKOGAWA人は良き市民であり勇気をもった開拓者であれ」という一節があり、社会貢献意識の高い社員が集まっていますし、「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」というYokogawa’s Purposeも社員に浸透しています。何を改善していくことで企業価値を上げられるのか、どのようなESGの取り組みを評価する指標をベンチマークにすることが適切なのか、常に考えています。

国内外のお客様からサプライチェーンのサステナビリティ評価会社EcoVadis(エコバディス)の評価レポートを求められることが多くなっています。当社は本年、EcoVadisのサステナビリティ調査で上位5%のゴールド評価をいただきました。今まで当たり前のように取り組んできたことが評価されたのではないでしょうか。

サステナビリティに関する世の中の動きは、非常に早いです。特に気候変動や人権など、これまで別々のイシューとして捉えて議論されていたことが、今では関連し合っていて、すべてを見ながら解決していかなければならないフェーズに入ってきています。今後もサステナビリティに影響を与える変数が増えるので、AIやデジタルの力を使って課題解決をリードしていきたいと思います。

福本 読者がESGへの取り組みを加速できるように、モチベートするようなお言葉をいただけますか。

古川 最近はChatGPTなどが登場して、人間の仕事がなくなるのではという意見も出ていますが、歴史を振り返ったときに、テクノロジーは人間をより幸せに、より進歩させてきたと私は思っています。機械と人間が調和し、人間はより人間らしいことに時間を使えるようになれば、本当に素晴らしいと思います。

福本 貴重なお話をありがとうございました。

【関連リンク】
横河電機株式会社 https://www.yokogawa.co.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html