この記事は2024年7月4日に「テレ東BIZ」で公開された「業界の風雲児が仕掛ける 客が喜ぶ買い取り戦略を徹底解剖!:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
売れない商品をスピード現金化~「全部買い取ります」驚きの仕組み
開発メーカー「プルガティオ」の経営者・森久康彦さんは大きな悩みを抱えていた。倉庫にうず高く積まれたダンボールは在庫の山。中身はウイルスを減らせるという業務用の加湿器だ。
森久さんはコロナ禍の東京五輪の室内競技会場向けなどにこの加湿器を開発した。大量の採用を目指したのだが、無観客開催となり、そっくり売れ残ってしまった。
▽業務用の加湿器、無観客開催となりそっくり売れ残ってしまった
「ご採用をいただけなかったのでそのまま在庫になった。売るのには何年もかかるし、ものは悪くなりますし……」(森久さん)
そんなピンチに現れたのが在庫の買い取り業社、ピンチヒッタージャパンだ。加湿器の値段は1台約24万円。ミストの粒子が細かいため、メガネに当てても曇らない。
品質に問題はなく、あとは条件次第だが、7,000台の一括の買い取りが成立した。価格は明かせないが、提示された金額に森久さんは「有効に生かしていただくのが前提であれば、ありがたい金額だと思っています」。このお金を元手に新製品の開発を始めると言う。
加湿器7,000台は10トントラックで24台分。運送費用もピンチヒッタージャパンが負担する。
ピンチヒッタージャパンは基本的に何でも買い取る。
愛知・春日井市のおもちゃのディスカウントショップ「おもちゃ屋さんの倉庫」。並んでいるのはアウトレット品や「型落ち」の品が多く、そのほとんどを激安価格で販売、中には90%以上の値引き商品もある。
▽「おもちゃ屋さんの倉庫」中には90%以上の値引き商品もある
2階、3階には段ボールが山のように積まれていた。多くは売れ残ったおもちゃの在庫だ。処分しようと98%オフの108円にしても売れなかったという。
運営会社の「キャプテン」の岡崎弘展さんは「新しいものを仕入れたいのですが、倉庫の容量が限られているので、滞留在庫をどうするか考えていかないといけない」と言う。
今回岡崎さんはピンチヒッタージャパンに、売れずにしまっていたおもちゃ4種類、2万2,000点の買い取りを依頼した。
この先も売れる見込みのない商品だが、岡崎さんの買い取り希望価格は「上代(メーカーの設定価格)の3%」。これに対してピンチヒッタージャパン・若林美瑛は、正確な値付けは後になるものの、「全量一括買い取りで」と答えた。
「他の買い取り業者では『これはいる』『これはいらない』が出てきます。全量買い取りを検討してもらえるところはなかった」(岡崎さん)
岡崎さんは今回が9回目の取引だ。ピンチヒッタージャパンを利用する企業のリピート率は94%に上る。
ピンチヒッタージャパンの拠点は長崎・諫早市。2013年の創業で、2024年春には3階建ての自社オフィスも手に入れた。従業員は81人だ。
売る会社・買う会社・消費者~急成長支える「三方よし戦略」
急成長の秘密は、在庫を売る会社、それを買って販売する会社、そして消費者も喜ぶ「三方よし」の仕組みにある。
三方よしの戦略1~希望通りの販路で「売り手よし」
社内で、先述の「キャプテン」から買い取る商品の価格を最終的に決める会議が行われていた。過去の膨大な買い取りデータを参考に、客の希望額と照らし合わせながら最終価格を決めていく。ほぼ、売り手の希望通りの価格で買い取ることが決まった。
「当日か翌日には暫定の金額を出して、早い時には3、4日でお買い取りが決まることもあります」(上級執行役員・松本貴寛)
売り手にとって最も重要なのが「ライバル店に販売しない」など、販路に条件がつけられること。例えば「キャプテン」の場合「玩具専門店での販売はNG」という条件だった。
これが可能なのは、ピンチヒッタージャパンが全国に3,500社という売り先を持っているからだ。売り手のNG販路を避けながら販売することができるのだ。
「最大限考慮してもらえるので、弊社としては心強いです」(岡崎さん)
三方よしの戦略2~ピンポイントな仕入れで「買い手よし」
ピンチヒッタージャパンの売り先の一つが大阪・泉佐野市の「半額倉庫」りんくう店。種々雑多な商品を扱うリサイクルショップだ。
そこへピンチヒッタージャパンの佐々野孝太が、先日「キャプテン」から買い取った型落ちのおもちゃの提案にきた。交渉の末、合計2万点を買い取ってくれることになった。
「特にこの店は外国の方が多いので、アニメ系の商材も結構置いています。日本のアニメは強いので」(「半額倉庫」社長・磯遊晋介さん)
店は関西国際空港に近く、立ち寄る外国人観光客も多いため、日本のアニメのおもちゃがよく売れると言う。
▽大阪・泉佐野市の「半額倉庫」りんくう店、日本のアニメのおもちゃがよく売れると言う
「おもちゃは意外と提案が少ない。売れているので商品を広げていきたいです」(磯遊さん)
外国人はアニメの放映時期も気にしない。あるところではまったく売れない在庫も、それを必要とするところにピンポイントで売れば、喜ぶ買い手がいるのだ。
三方よしの戦略3~掘り出し物ザクザクで「消費者よし」
ピンチヒッタージャパンの主力商品の一つがアパレルだ。東京・新宿の「ローカスト」新宿マルイ本館店は、アパレルの在庫を買い取り、格安で売っているショップ。
▽東京・新宿の「ローカスト」新宿マルイ本館店、人気ブランドがとにかく安い
人気ブランドがとにかく安い。この店は多い時で半分以上がピンチヒッタージャパンの商品になるという。
「ピンチヒッターさんから仕入れた商品は超お宝です。我々がメーカーさんと直接交渉するのは大変ですし、『このブランドが出てきたの』という驚きもあります。我々も驚いています」(「ローカスト」副社長・稲村和弘さん)
ピンチヒッタージャパンの幅広いネットワークで掘り出し物が揃うから、消費者の満足度も高くなるのだ。
こんな戦略で客を掴み、ピンチヒッタージャパンの2019年~21年の3年間の成長率は400%を超えた。
4月1日は12回目の創業記念日。本社には全社員が集まっていた。平均年齢は28歳。現在、会社で働く社員の9割が地元・長崎県の出身だ。社長・吉岡拓哉(36歳)は、吹けば飛ぶようなベンチャーからスタートし、地元の人気企業に育てた。
「ミッションは引き続き『もったいないを笑顔に変える』。今期ももったいないと思う領域で新しいサービスをやっていきたいと思います」(吉岡)
野球のグルーブを見てひらめいた~「どん底から大逆転」の裏側
吉岡は地元の思い出深い「きりん食堂」を訪ねた。ご主人の林田志朗さんが持ってきたのは、2014年に吉岡が作った地元、諫早市のフリーペーパー。
▽2014年に吉岡さんが作った地元、諫早市のフリーペーパー
在庫買い取り業の前にはこんな仕事もしていた。誰も相手にしてくれなかった時代、飛び込みで来た吉岡に掲載料を払ってくれたのが「きりん食堂」だった。
林田さんは吉岡を「諫早を盛り上げたいという熱意だけは伝わってきました。スピード感を持って挑戦し、ダメだったら次に行ったりして、見ていて楽しい」と評する。
大学を卒業後、美容関連のセールスの仕事に就いた吉岡は、25歳で大学時代の友人・川口恭平(現副社長)と二人で起業。
何をやるかは決まっておらず、イベント企画、フリーペーパー作り、LED電球の営業と、何でもやった。しかし、どれも大したお金にはならず、共同生活は悲惨だったと言う。
「電気が止められてつかない。お湯をひねっても出ないので、真冬に水を浴び、シャンプーも買えないので洗顔で髪を洗うみたいな……」(川口)
▽「電気が止められてつかない。お湯をひねっても出ない」と語る川口さん
そんなどん底生活を送る中で、転機が訪れる。
2016年、LED電球の飛び込み営業で地元のスポーツ店を訪ねた吉岡。そこには10年以上前のものと思われるグローブが半額で並んでいた。聞くと、「これが売れないから新品を仕入れられない」と言う。
吉岡はひらめいた。すぐさま銀行に走って30万円をおろすと、古い型のグローブ、全てを買い取った。そしてインターネットで、二日で売り切ったのだ。
「買い取った時のオーナーさんのうれしそうな表情。10年、20年と溜まっていた在庫を一瞬ではけることができた。しかも売り上げを次の商品の仕入れに回すことができて非常に喜んでもらえた」(吉岡)
この「在庫一括買い取り」に商機を見出した吉岡と川口は、中古のワゴン車を購入した。
全国のスポーツ店を回り、少しずつ買い取り先を増やしていった。
野球用品の買い取り事業が軌道に乗った頃、吉岡は、どのスポーツ店もグローブよりスポーツウエアの在庫を大量に抱えていることに気づく。
「アパレル業界がどうなっているかを調べた時に、とんでもない量の服が廃棄されているのを知りました。アパレル業界の商品を販売できるようになったら、チャンスはあるんじゃないかと」(吉岡)
ただし、アパレルメーカーを相手にするとなると買い取り金額は一気にはね上がる。そこで吉岡は2019年、順調だった野球用品の事業を顧客情報や査定データなどとセットで売却。そのお金でアパレルの買い取りを本格化させていく。
さらに「自分が買いたい物」ではなく「客が売りたい商品」を一括で買い取ることで、年間取扱高を557億円まで引き上げた。
「代打って、チャンスの場面で出てくることが多いと思うんです。チャンスの場面でお客様に貢献し、結果を出せるような企業になっていきたい」(吉岡)
空き倉庫から飲食業まで~在庫以外も何でも売買
長崎・雲仙市の主に野菜を扱う運送会社「橘運輸」。しかし倉庫の中は「夏場は野菜が採れないからほとんど何もない状態」(社長・松尾孝充さん)だと言う。
▽空きスペースを期間限定で買い取って売れないかと考えたのがピンチヒッタージャパン
この空きスペースを期間限定で買い取って売れないかと考えたのがピンチヒッタージャパン。全国の運送会社が持つ400余りの倉庫の、空きスペースを一定期間買い取り、貸し出している。
在庫の買い取りから発展させたビジネスもある。
ピンチヒッタージャパンの旭太樹が向かった先は、名古屋市内のマンションの家具付きのレンタルルーム。女子会や仲間内のパーティー向けなどに作られた。旭の目的は、このレンタルルーム事業の買い取り。ピンチヒッタージャパンでは、こうした小規模の事業を買い取り、希望者に売っている。
「売りたくて悩んでいる方と買いたくて悩んでいる方を、スピードを持ってサポートして、課題解決につなげられたらと考えています」(旭)
ピンチヒッタージャパンのこの事業における強みは最短2日という買い取りのスピードだ。今回、相談してきた「エスクリエーション」の牧原光祐さんは、事業拡大のための資金集めが必要だったのだが、話の速さに驚いていた。
「売却の時間を縮められたらだいぶ助かります」(牧原さん)
2022年に開始したこのサービスでは、後継者のいない飲食店やインターネット上で商品を販売するショップなど、700以上の事業売買を実現させている。
横浜市内にピンチヒッタージャパンを利用して新たな事業を始めた人がいる。沖縄の会社がやっていた肉味噌の製造事業を買った「琉球ビオス」社長・山田教博さん。現在、一人で肉味噌を手作りし、出来上がったものを瓶に詰め、「ゴロっと肉味噌プレミアム」(800円)としてインターネットを中心に販売している。
▽ピンチヒッタージャパンを利用して新たな事業を始めた「琉球ビオス」社長・山田教博さん
46歳の現在まで20年以上、食品会社などに勤めてきたが「自分で食品を製造販売する会社をつくろうとずっと思っていて、45歳でその夢を叶えようと」、2023年8月、この事業を買い取り、一国一城の主になった。
「ピンチヒッタージャパンに入っていただいたおかげですごくスムーズ。事業の内容の理解度も深まったし、何と言ってもスピードが速いので買い取りを決断しました」(山田さん)
通常の事業売買は買い手が見つかるまで話が進まない。しかし、ピンチヒッタージャパンはいったん自社で直接買い取るため、売買が早く進むのだ。山田さんが250万円で購入したのは肉味噌のレシピや原材料の仕入れルートなどで、わずか4カ月の準備で開業にこぎつけた。事業を始めた後もサポートしてくれる。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
今は、事業を買い取り、他の企業に売ることをメインにしている。事業はいったん買い取る。なので交渉が速い。
もともとはスポーツ用品店にある型落ちの野球グローブの買取。大型商業施設に押され、商品が売れなくなった。新しい商品も仕入れられない。中古のバンを買い、東北から九州までの店を巡り、在庫を一括買取していった。
地方だと、昔ながらの商いをしている人も多い。オーナーとも顔を合わせて話す。地方、田舎でも、販路を確保すればビジネスになる。その販路は、地道に、アナログで、築いたものだ。