この記事は2024年7月25日に「テレ東BIZ」で公開された「常識を打ち破る挑戦の物語:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
忙しい人の「おいしい味方」~ゴロゴロ野菜にファン急増
「野菜たっぷりの甘辛プルコギビーフ」「菜の花と豆腐のピリ辛台湾豆乳鍋」「たっぷり温野菜の濃厚デミグラスハンバーグ」……たっぷり入った野菜が特徴の冷凍の宅配食品GREEN SPOON。袋から取り出して電子レンジでチンすれば完成する。
食品の宅配サービスの市場規模は年々増加し2兆5,000億円を突破、中でもいま人気なのが冷凍の弁当やおかずが届くタイプだ。40代までの働く世代を中心に伸びていて、GREEN SPOONの売り上げは1年で3倍になり、2023年には21億円を超えた。
GREEN SPOONの商品ラインナップは「スムージー」「サラダ」「スープ」「メインディッシュ」という4つのカテゴリーで合計約60種類に上る。
▽GREEN SPOONの商品ラインナップは合計約60種類に上る
定期的に指定の個数が届くサブスク方式で、値段は注文する個数によって変わるが、1食752円からと、他と比べるとちょっと高めだ。
だが、人気は一般家庭だけにとどまらない。
ゲーム開発などを手掛ける東京・品川区の「アカツキ」には社員が食事できるラウンジスペースがあり、GREEN SPOONの商品を渡している。
「忙しくてお昼を取る時間がない人も多かったので、簡単にヘルシーに食べられるものはないかと、導入させていただきました」(ラウンジチーム・和田彩子さん)
メニューはすべて管理栄養士が監修している。例えば「鰹香る和風出汁の直火焼きハンバーグ」は314キロカロリーで、ブロッコリーやかぼちゃなど野菜も取れる。「彩り野菜の本格チキンガパオ」は8種類の野菜が取れて250キロカロリーだ。
一方、東京・新宿区のホテル「東急ステイ 西新宿」ではGREEN SPOONのスープをメインにした朝食セットを提供している(「ステイモーニング+」1,500円)。チェックインしたら好みのスープを選ぶ。全ての部屋に冷凍庫と電子レンジがあるから、好きな時に食べることができる。エビのビスクスープはナスやブロッコリー、ズッキーニなど7種類の野菜が取れて、女性客に人気だという。
「パッケージのかわいさ、ボリューム感が我々の探し求めていたものにマッチしていました」(「東急リゾーツ&ステイ」運営管理部・大村彩貴さん)
GREEN SPOONを企画・製造・販売するGreenspoon。オフィスは東京・広尾にある。創業5年で社員数は20人だ。創業者・田邊友則(35)の前職は、インターネット広告などを手掛ける「サイバーエージェント」でメディア事業に携わっていたが、30歳の時、全く未経験の食品業界に飛び込んだ。そこからわずか5年で急成長できたのは、食品業界の常識をぶち破ってきたからだ。
厳選野菜&秘密のキューブ~「最強出来たて食感」を実現
常識破り1~「野菜選びは世界中から」
ゴロゴロ野菜が売りなだけに野菜の選び方には特徴がある。この日は、さまざまな産地や加工業者の冷凍ナスを取り寄せ、食べ比べていた。
「レンジ調理後に、一番おいしい状態になるような原料を選定するように心がけています」(商品企画・開発・岡﨑莉子)
単においしいものを選ぶわけではない。求めるのは、商品にして家庭のレンジで調理した時に最もおいしくなる食材だ。
「野菜たっぷり和風だしのスープカレー」などに使うナスは、加熱すると皮が柔らかくなるベトナム産を選んだ。一方、「野菜たっぷりの甘辛プルコギビーフ」に入れるブロッコリーは南米エクアドル産。エクアドルのブロッコリーは、寒暖差の激しい高地で栽培されるため、つぼみがぎゅっと締まっていて煮崩れしにくい。
「冷凍してレンジ調理した後もシャキシャキしていて、歯応えがしっかりあるのがポイントだと思います」(岡﨑)
常識破り2~「最強の出来たて食感」
試食イベントで初めて食べた人が「冷凍とは思えない」と言う理由はその作り方にある。 製造を委託している工場で、大勢のスタッフが手で詰めているのは冷凍しただけの野菜だ。ブロッコリー、ズッキーニ、パプリカ……何も調理していない、素材のままの野菜を 袋に詰めていく。
田邊が見せてくれたのがスープキューブという塊。「スープの素。GREEN SPOONのキモです」と言う。スープだけを固めたもので、具材は入れず、だしや調味料などを合わせて煮込み、それをキューブ状に冷凍している。
「具材と煮込んでしまうと野菜のシャキシャキした食感がなくなってしまう」(田邊)
多くの冷凍食品は、工場で具材や調味料を合わせて煮込み、料理を一度完成させる。一方、GREEN SPOONは、調理していない具材とスープの素を袋に詰めて届ける。それを家庭でレンジにかけることで初めて調理が始まる。だから「温め直し」ではなく、「出来たて」が味わえるのだ。
常識破り3~「目にもおいしい」
新メニューの試食会は、サンプルの袋を開けるところから始まる。それだけ袋から出した瞬間を大事にしているという。田邊がチェック。野菜が主張するよう、サイズは大きめに。味だけでなく、冷凍なのに見た目も楽しめる商品を目指している。
その思いはホームページにも表れている。普通は出来上がった料理を見せておいしさをアピールするが、GREEN SPOONは冷凍の野菜から始まる。
さらにカップタイプの商品は、フタを開けた時のワクワク感と見た目を大事にするため、野菜を詰める順番までこだわっている。
▽ワクワク感と見た目を大事にするため野菜を詰める順番までこだわっている
「僕は味のプロフェッショナルではないので、いち消費者としてもう1回食べたくなるとか、期待を裏切らないようにしたい」(田邊)
食品業界未経験3人の挑戦~創業3年で倒産危機
田邊は、大学からの友人の常務取締役・黒﨑廉と、「サイバーエージェント」時代の同期の執行役員・小池優利の二人を誘い、3人でGreenspoonを創業した。
この日は3人で、以前オフィスがあった北参道駅近くのレストラン「ル・キャレ」へ向かった。カウンターの横には、野菜を使った10種類以上の総菜が並ぶ。野菜たっぷりのメニューがこの店の売りだ。
▽北参道駅近くのレストラン「ル・キャレ」ここの料理が商品開発のヒントになった
実はここの料理が商品開発のヒントになった。
「こういう料理が電子レンジできたらいいなって構想していたお店です」(田邊)
田邊は大学卒業後、「サイバーエージェント」に入社し、ネットテレビや広告などに携わる。がむしゃらに与えられた仕事をこなしていったが、「なんかモヤモヤするし、幸せと言い切れない時があって。本当にやりたいと思えることができていなかった」と感じ、「本当にやりたい仕事をしたい」と28歳で退社。30歳でGreenspoonを立ち上げた。食品業界を選んだのは、「食べることが好き」と確信できたからだ。
まず考えたのは冷凍スムージーの宅配サービス。その人に必要な野菜が取れるパーソナルスムージーという商品を思いつく。
「パーソナルと言い切っていたので、1万種類作ろう、と」(田邊)
田邊たち3人は全国の食品工場に片っ端から電話をかけたが、種類が増えれば工場側の負担も増える。1社で作れるのは多くても数種類というのが常識だった。
100社近くに断られ、あきらめかけた時、熱意が通じて1社だけ「25種類なら作ってもいい」と言ってくれた。
「今考えたら25種類でもよく作っていただけたなと感じています」(田邊)
こうして食品業界の常識にとらわれない新しい商品が生まれた。
宅配スムージーとしては異例の種類の豊富さが話題になる。例えばパイナップルやブロッコリー、枝豆などが入った「Let it be.」は体を鍛えたい人におすすめ、「Cheer up」は肌が気になる人向けで、ビタミン豊富なマンゴーやグレープフルーツ入り、という具合だ。続いてゴロゴロ野菜のスープシリーズを発売。売り上げは大きく伸びていく。
しかし、それも長くは続かなかった。創業3年目に入るとスムージーの売れ行きが頭打ちになり、さらに夏が近づくと温かいスープの注文が激減。売り上げは半分になり、倒産の危機が迫ってきた。
「お金が尽きるタイミングも残り2カ月だと、会社は潰れるって覚悟をして……」(田邊)
田邊はオフィスに入ろうとすると足がすくんで、家に引き返したこともあった。
「社員に対して申し訳ない気持ちもあったし、自分がこのサービスを一瞬疑ってしまう時もあって……」(田邊)
そんな時でも、創業メンバー3人の思いだけはぶれなかった。
▽創業メンバー3人の思いだけはぶれなかった
「お客さんが喜んでくれることが一番大事。『大切な人にもあげたくなるような商品を作ろうね』と、最初から言っていた」(田邊)
失敗したら次はない。3人は勝負に打って出た。北参道のレストランをヒントに考えた「メインディッシュ」。野菜がしっかり取れるおかずのシリーズだ。これが起死回生となる。
中でも立役者となったのが「紙で包んだハンバーグ」。
▽「紙で包んだハンバーグ」包みを開ける動画をSNSにアップすると注文が殺到
包みを開ける動画をSNSにアップすると注文が殺到した。手間もコストもかかるが、目にもおいしい商品に仕立てたことが、成功につながったのだ。
「あの日は本当にすごかった。こんなこともあるのかと」(黒﨑)
「ハンバーグ記念日と呼んでいるんです」(田邊)
そこから売り上げは順調に伸び、現在、会員数は累計15万人を超えている。
ネット販売から販路拡大~創業以来伝えている「感謝」
東京・渋谷で開催した創業以来、初めての試食イベント。ほぼネット販売だけなので、味を知らない人が多く、知名度もまだまだ。そこで、味と名前を知ってもらおうと考えた。
ブースの中には田邊の姿もあった。客の声をじかに聞ける機会は貴重だという。
▽東京・渋谷で開催した創業以来、初めての試食イベント
「店舗展開とかも可能性としてはある。その一つの実験という意味においても、今回は意味があるかなって思ってやっています」(田邊)
Greenspoonが創業以来、続けていることがある。
訪ねたのは神奈川・厚木市、商品の保管や出荷を委託している倉庫会社「サン インテルネット」EC厚木センター。ここから全国に商品を届けてもらっている。仕分けを担当しているスタッフに、創業メンバーの小池が話し始めた。
「本当にみなさんが日々、出荷作業で箱を一つずつ丁寧に梱包いただいて出荷いただいている。その積み重ねがたくさんの皆さんに選ばれて、ありがたいなと思っています。私たちは楽しくて嬉しくておいしい、そういった商品を届けられればなと思っています」
協力への感謝と思いを伝えるために、すべての協力企業を定期的に訪ねている。
▽協力への感謝と思いを伝えるために、すべての協力企業を定期的に訪ねている
「私も20年くらい物流業界でやっていますが、ここまで熱意あふれる人たちはなかなかいない。オーバーじゃなくて率直に思います」(「サン インテルネット」EC物流部部長・井上竜也さん)
こうして協力企業の理解を深めているのだ。
「無理を楽しんで一緒にやるぞって思ってくれる人が増える印象です」(小池)
そんなGreenspoonが掲げるビジョン「自分を好きでいつづけられる人生を。」について、その思いを田邊はスタジオでこう語っている。
「野菜を届けたい、スムージーを作りたいとサービスをつくったわけではなくて、『自分を好きでいつづけられる人生を』というビジョンを最初に考えた。会社をつくる、事業をつくるって、人々の幸せをつくることだと思う。『自分を好きでいられつづけられる人生』を増やせたら、この世界は少し明るくなると思って、そのビジョンを最初に考えたことが一番のポイントだったと思います」
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
物語は、本当に何もないところからはじまる。
「資金がない」原材料を集めるために鎌倉の農家を「ピンポン」と訪ね「野菜を仕入れさせてください」とお願い。工場も必要、全国の工場に電話。パーソナルスムージーを1万種類作りたい。誰も相手にしてくれない。
初めは創業メンバー3人でExcelに友だちをリストアップして「スムージー買って」とDMすることから始めた。100人が買ってくれた。「かわいい・新しい」を詰め込み、体験を設計すれば。『自分を好きでいつづけられる人生を』田邊さんのモットーだ。