この記事は2024年9月11日に「CAR and DRIVER」で公開された「【時代の証言_日本車黄金時代】1989年日産スカイラインGT-R(R32型)、ニュルブルクリンク・チャレンジの興奮 by岡崎宏司」を一部編集し、転載したものです。
GT-Rの実力は世界の一級品。ステアリングを握るのが誇らしく、本当にうれしかった
ニュルブルクリンクをボクは走った。R32スカイラインGT-Rのステアリングを握って走った。それはまさに心躍る、素晴らしい体験だった。
最初の5ラップは、はやる心を抑えた。初めてコースを知ってから10年ほどが経つ。その間、20数ラップくらいは走っていると思うが、腰を据えて走ったことはない。コースの3分の1以上が、うろ覚えの状態なのだ。とくにブラインドコーナーは、まったく自信がない。だから「とにかく安全第一」を、自分に繰り返しいい聞かせ走ることにした。
とはいっても、ニュルブルクリンクとGT-Rの組み合わせは、どうしてもボクを熱くさせた。エキサイティングな唸りを上げるRB26DETT型エンジン。強力パワーを無駄なく路面に伝える素晴らしいトラクション、高い限界性能と優れたコントロール性が両立したシャシー……。走るマシンとしてのGT-Rのポテンシャルと完成度の高さが、ラップを重ねるごとにボクを高次元なスピードの世界に誘い込もうとする。
「まだまだだ。もっと踏み込んでも大丈夫。ほら、もっと気合を入れて……」とボクを叱咤激励するのだ。当然、ボクのボルテージも上がる。5〜6ラップする頃には、コースに体が馴染んだこともあり、タイムがかなり上がってきた。心も体も熱く燃え、明らかにアベレージが上昇していることが体感的にわかったのだ。試しにタイムを測ってみると、ストップウォッチは9分1秒で止まった。正直なところボクはびっくりした。せいぜい9分20秒かそこらと思っていたからだ。コーナーの攻め方は、まだ甘いところだらけ。ブラインドコーナーのほとんどが、まるでだらしのない攻め方しかできていないのに、である。
つまり「クルマがいいのだ」「クルマさえよければこんなタイムが簡単に出せる」と、ボクはあらためてGT-Rのポテンシャルの凄さを思い知った。そして、10年前の「ニュル初体験」を鮮明に思い浮かべた。11分を切れなかったのに遥かに怖かったのである。むろん、いまとは20数ラップの経験の差がある。だが2分という大差は、GT-Rというクルマなしではこう簡単に縮められはしない。
ちなみに「9分」が「高性能車の証」となる勲章のようなタイムといわれる。ニュルブルクリンクで9分を切れば、実力一級品のクルマと認められるらしい。
そうなると「GT-Rは文句なく世界の一級品たる性能の持ち主」になる。ニュル経験ではヨチヨチ歩きのボクが9分1秒なら、ニュル・スペシャリストの黒沢元治さんが乗れば「楽に8分30秒は切れる」はずだからだ。そう考えながらパドックに戻っていくと案の定、「黒沢さんは8分23秒を出した」と耳に飛び込んできた。かなりあっさり出したらしく、「あと2〜3秒は楽に縮まるよ」というコメント付きだったらしい。
その日、黒沢さんは某メーカーのタイヤテストでニュルに来て、仕事の合間に「数ラップを乗った」だけという。さすがとしかいいようがない。このタイムは、おそらくポルシェ911ターボあたりに匹敵するのではないだろうか。黒沢さんは、半袖のTシャツにノーヘルメットの普段着のまま、あっけなくこの凄いタイムを叩き出したのだ。日本チャンピオンだった黒沢さんの腕は、いまもまるで衰えを知らない。
それにしても、たった445万円で手に入る日本のカタログモデルが、あのポルシェ911ターボと対等に走ってしまうとは……。長い間の夢がとうとう現実になったのである。ボクは感激した。本当にうれしかった。世界の超一級品の性能を備えたGT-Rのステアリングを握るのが、とても誇らしかった。
結局、その日のボクは13ラップほどGT-Rを走らせた。タイムは8分46秒まで縮まった。黒沢さんには遠く及ばないが、ボクとしては「どうだ、やったぞ!」といえるほど上出来のタイムだ。「コースをもっと覚えれば、まだまだいける……」と思った。そんな自信と希望がいっぱいに湧き上がってくる。素晴らしいタイムである。
GT-Rが提示する1990年代高性能スポーツマシンの課題と可能性
「8分46秒」という、ボクにとっては大きな勲章をくれたGT-Rは、ほんとうに速く、実に乗りやすい。
GT-Rのシャシー性能は大変なものである。280ps/36kgmのパワー/トルクをイージーなものにさえ感じる、電子制御トルクスプリット式4WD「アテーサE-TS」は、FR方式に組み合わせる4WDシステムとしては、現在考えられるベストだと評価できる。
ニュルでも、ドライの場合はほとんど後輪駆動車に近いトルク配分で走った。タイトターンを激しく攻めると、状況に応じてトルクを巧みに前輪に分配し、「押しと引きの見事なバランス」を示しつつ、コーナーをクリアしてくれた。パワーを送り込みすぎても、従来の4WD車のようにカニ走り的なドリフトアウトといった危険な状態には、まず入らない。
あくまでFRベースの良さを主張しながら、スムーズにドリフトする。パワーとステアリングの微妙なコントロールで、ドライバーにかなり幅の広い操縦の自由を与えてくれるのである。
GT-Rのコントロール性は文句なしだった、過去に乗ったどんなクルマよりも速く、しかも楽にコーナーを駆け抜けた。それなりの高い緊張感、タイトロープを渡る緊迫感はあったが、恐怖心や圧迫感に結びつく類ではない。むしろ高い陶酔感を呼び起こすような、熱い感覚であった。
しかし、である。GT-Rを手放しで褒めてばかりでは、ボクの役目は果たせない。将来に向けてGT-Rがより進化するためには、何をしなければいけないのか、ボクの引き出した課題も紹介しておこう。
まずタイヤとブレーキの一層の強化だ。現在は225/50R16(BSポテンザRE71)を履くが、なるべく早期に17㌅に拡大してほしい。限界域まで(主に中/高速コーナーで)追い込むと、突然、前後タイヤを抱え込むような感じで滑り出す。17㌅になれば、こうした挙動は解消し、コントロール性はグッと高まるはずである。強力なパワー/トルク、アテーサE-TS、スーパーHICASのコンビネーションは、とにかくタイヤをめいっぱい使っている。おそらくタイヤ技術者は「もう後がない。タイヤがかわいそう」といいたくなる状態だろう。
また過酷な負担にタイヤが少しダレてきだすと、さしものGT-Rでも、場合によってはトラクションが低下する。瞬間リアホイールが空転する事態も起こり得る。リア荷重を増やすことも対策のひとつだろうが、タイヤをより強化する手法も、有効なことは、いうまでもない。
ブレーキは日本車として最強といっていい。だが、ニュルを走ると、物足りなさがある。ニュルはより高い性能をいくらでも貪欲に求めてくる。とくに耐フェード性は明らかに不足していた。
サスペンションのセッティング面で注文したいのは「ジャンプしたときの足の構え」だ。ポルシェなどの場合、ジャンプしてもいわゆる「ネコ足」のように着地に向け足をコントロールしている。対するGT-Rは、足が伸びきって、ぶら下がるような形になる傾向がある。着地の際には、どちらがより安定しているか、自ずとわかるはずだ。
ショートピッチの連続したシワ状の不整を、高速で通過するようなときの路面追従性や、前輪側の対地キャンバーコントロールなどといった面にも、まだ研究の余地は残っている。
最後にGT-Rのオーナーに「ドライビングテクニックより、セルフコントロールをより重視してほしい」という言葉を贈りたい。なぜなら、GT-Rにだって限界はあるし、4本のタイヤの能力を超えた走りは不可能なのだから。GT-Rの素晴らしい性能の裏には、当然鋭い牙が隠れている。高性能車とはみんなそんなものであり、危険な牙を抜くことは、いまのところ不可能なのである。それをよく頭に入れたうえで、思いきりスカイラインGT-Rの走りに酔ってほしい。
※CD誌/1989年11月10日号掲載
日産スカイラインGT-R(R32型)主要諸元
モデル=1989年式/GT-R
全長×全幅×全高=4545×1755×1340mm
ホイールベース=2615mm
車重=1650kg
エンジン=2568cc直6DOHC24Vツインターボ(RB26DETT型)
最高出力=280ps/6400rpm
最大トルク=36.0kgm/4400rpm
トランスミッション=5速MT
サスペンション=前後マルチリンク
ブレーキ=前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール=225/50R16+アルミ
駆動方式=4WD
乗車定員=4名
(提供:CAR and DRIVER)