
1991年:ゴールドマン・サックス証券会社株式部。
1992年:ゴールドマン・サックス証券会社外国株式部。
1994年:Goldman Sachs and Company(NY)機関投資家向け米国株式営業。
1996年:ゴールドマン・サックス証券会社金融法人部。
1999年:ゴールドマン・サックス証券会社株式資本市場部。
2000年:株式会社いい生活代表取締役副社長。
2020年:株式会社いい生活代表取締役社長。
これまでの事業変遷について
ーー 創業の経緯についてお聞かせいただけますか?
株式会社いい生活 代表取締役社長CEO・前野 善一氏(以下、社名・氏名略)
私は大学を卒業して、新卒でゴールドマン・サックスに入りました。当社は、その時の同期と、他の部門にいたメンバーと4人で創業した会社です。
前職在籍時にニューヨークで働いていた際、テクノロジー企業の進展を肌で感じる経験がありました。それは、MicrosoftやNetscapeといった企業が次々と上場したタイミングで、その時テクノロジーの進化が世界を変えるという確信を持ちました。これが創業のきっかけの1つでもありました。
また、ニューヨークのゴールドマン・サックスで働く中で、不動産業界の変動を目の当たりにしました。特に1990年代のアメリカでは、不動産不況からの脱出を目指し、不動産の流動化、つまり証券化が進んでおり、そこでREIT(不動産投資信託)が出現しました。証券化とは金融商品のリスクを分散するうえで非常に重要な仕組みです。ただ、不動産のREITは多くの人にリスクを共有するために、公開されるデータが非常に細かく、デューデリジェンスも非常に厳格である必要がありました。
アメリカのREITは当時、数百億規模の小規模なスタートが多く、1,000億円規模で超大規模とされる時代でした。今考えると、非常に小さな市場規模でしたね。しかし、その当時から、不動産のデータ管理には膨大な量の情報が必要で、テナントの属性や支払い状況なども含め、すべての情報が公開されることが求められていました。
ーー 不動産業界におけるデータの量と重要性が増大していたということですね。
前野
ええ、まさにその通りです。その時から、不動産データの管理には、テクノロジーと親和性が非常に高いと感じていました。当時はLotus1-2-3などの表計算ソフトが主流でしたが、データベースとしての機能は不十分でした。エクセルも同様です。リレーショナルなデータベースがなければ、不動産の適切な管理は難しいと感じました。
その後、日本に戻り、ゴールドマン・サックスのメンバーと再会しました。その頃から、インターネットを通じてデータを提供する仕組みが重要になると考え、仲間と共に「いい生活」を創業しました。
ーー そうだったのですね。創業時は不動産業界をどのように見ていたのでしょうか?
前野
もともと、不動産業界は情報の非対称性が強く、不透明な部分が多いと感じていました。株式市場は民主化が進んでいますが、不動産業界では依然としてインサイダー情報が大きな役割を果たしており、完全な透明性は実現していません。しかし、私たちは、データを公開することで、最適な判断材料を提供できると信じています。これは、私たちが目指している事業の中心的な考え方です。
ーー ありがとうございます。創業初期に大変だったことや壁になったことはありますか。
前野
技術的な壁という意味では、初期のインターネット回線の遅さが大きな課題でした。当時は、電話回線を使った64Kbpsのダイヤルアップ接続が主流で、画像1枚を送るのにも非常に時間がかかったような時代です。それでも、私たちはデータベースに数十枚の画像を登録できるようにして、不動産ポータルサイトでの表示を進めました。現在と比べると非常に限られた環境でしたが、私たちは回線が改善されることを信じて事業を続けました。
ーー なるほど、インターネット環境の改善と共に事業も進展していったのですね。
前野
そうです。それに加えて、SaaSやASPの概念も浸透していませんでした。日本ではカスタマイズ文化が根強く、個別対応が求められることが多かったため、SaaSの普及には苦労しました。
多くの会社が5年契約などで顧客をロックしている中、当社は1年契約を標準とし、常に最新の技術を提供することで、顧客に対して価値を提供してきました。
また、リクルートをはじめとする大手不動産仲介企業がインターネット対応を始めたのも、私たちが業界をリードしていたからです。現在では、不動産業界全体が私たちの取り組みによって、時間とコストの節約を実感していると思います。
ーー ありがとうございます。不動産業界は情報格差を商売にしている人もいる中、情報を可視化することについて、どのような考えをお持ちでしょうか。
前野
情報をブラックボックスにして利益を得るよりも、データを全て可視化し、管理する方がはるかに効率的であると考えています。ただ、これにはクライアントの内部の抵抗勢力もあり、変革には時間がかかることもあります。しかし、私たちは引き続き、不動産業界全体に価値を提供するため、データの透明性を追求していきます。

自社事業の強みについて
ーー 御社の事業における強みについて教えていただけますか?
前野
まず、我々が「リアルテック」や「プロップテック」という新しい産業を切り開いてきたことは大きな強みだと思っています。当社は、新しいことに挑戦する企業文化が、社員全体に広く根付いています。
また、当社は、単純に目先の売上や利益だけを追求しカスタマイズに重きを置いたビジネスモデルとは一線を画しています。私たちは「ワンプラットフォーム・マルチテナント」という考え方を採用しています。例えば、数十万件の物件管理を行う会社と、数百件の物件管理を行う会社が同じプラットフォームを利用していますが、それぞれが干渉することなく、独自のデータを管理できる仕組みです。
これの利点は、消費税が変わったり、住所変更があった際も、マスターデータを一度変更すれば、すべての顧客がその恩恵を受けられます。最近も大規模な住所変更がありましたが、我々がマスターを変更するだけで、顧客側で特別な対応は必要ありませんでした。これが、顧客にとって非常に大きなメリットだと思います。
ーー 顧客にとって、コスト削減や利便性が高まるのは大きな魅力ですね。
前野
その通りです。民法や業法の変更、消費税の引き上げ、インボイス制度の導入など、社会環境が大きく変わる中で、対応できないシステムを抱えている会社は徐々に淘汰されてきているのも現状です。我々のシステムは、こうした変化にも柔軟に対応できるため、顧客に喜ばれています。
ーー 確かに、変化に対応できるシステムは重要ですね。
前野
さらに、システムは1つだけで完結するものではありません。物件のデータベースだけでなく、人やお金のデータも管理し、それぞれが連携することが重要です。例えば、人のデータベースでもオーナーや入居者など、それぞれの属性が異なるため、管理が煩雑になります。これらのデータを、我々の「One API」で一元管理することで、顧客の負担を大幅に軽減しています。
ーー 全体をカバーするソリューションを提供することで、御社の強みがさらに際立っているわけですね。
前野
そうです。市場にはカテゴリーごとの小規模なスタートアップもありますが、全体を包括的にカバーするソリューションを提供する我々のような会社が求められるケースが増えてきているのを感じています。
ぶつかった壁やその乗り越え方
ーー 次に、事業を進める中でぶつかった壁や、その乗り越え方についてお聞かせいただけますか。
前野
創業期にも課題はありましたが、事業を続けていく中では、当然色々な問題に直面します。私たちも明確なビジョンを何年も前から掲げ、それを明文化し、図式化し、さらにリブランディングも含めてさまざまな取り組みをしてきました。
ただ、どんなに努力しても社員全員が全く同じ方向を向いて進むわけではありませんでした。どれだけビジョンを共有しようとしても、個々人の思考や感情の違いから、全員が完全に同じベクトルで動くことは難しいものです。
ーー 確かに、そのような統一は難しいですね。
前野
どんなに大きなビジョンを持っていても、日常的な小さな課題や問題は必ず発生します。ただ、それを乗り越えていく過程も、事業を継続させるための一環だと捉えています。良いことも悪いことも、その一部に過ぎないという意識で取り組んでいます。
ーー ありがとうございます。その柔軟な姿勢が事業の継続を支えているのですね。
今後の経営・事業の展望
ーー 今後の事業展開や未来構想についてお聞かせください。2024年3月期の通期決算を拝見すると、有料課金法人1,505法人で、年間28億円の売上高を達成しているようですね。今後、既存事業や新規事業をどのように拡大しようと考えていらっしゃいますか?
前野
数値目標については、上場企業としての責任として出している部分がありますが、根本的なビジョンはもっと大きなものを掲げています。我々の究極的な目的は、日本の不動産市場におけるすべてのトランザクションや物件データを、いい生活のデータベースに集約することです。
ーー すべてのトランザクションをいい生活のデータベースに集める、ということですね。
前野
そうです。私たちは、不動産業を直接手掛けようとは思っていませんが、不動産に関わるあらゆるデータをもとに、売買や賃貸の判断材料を提供することが重要だと考えています。現在の日本の不動産市場では、根拠となるデータがまだまだ不十分です。この点を改善していきたいと考えています。
これは、私がゴールドマン・サックスに在籍していた頃に学んだ証券業界の透明性の重要性に通じる部分でもあります。先述しましたが、株式投資と同様に不動産業界も、もっとデータがクリアであるべきだと感じます。当然、富裕層が自分の資産を100%オープンにすることは難しいかもしれませんが、一定のデータの透明性が不可欠です。
ーー データの透明性が業界全体の信頼性向上に繋がりますね。
前野
はい。私たちのデータベースには、例えば東京ガスやNTT系の不動産会社などの企業も含まれています。不動産とインフラは表裏一体であり、鉄道会社や電力会社も重要なデータを持っています。我々の顧客には、東急、京王、阪急阪神、西鉄といった大手私鉄や、三井住友信託銀行、ビレッジハウス(フォートレス)、大和ハウスリアルエステート、丸紅、INPEXが含まれており、これらの企業と共に、さらに不動産データを蓄積していきたいと考えています。
ーー なるほど、鉄道やインフラも不動産と密接に結びついているわけですね。
前野
そうです。不動産というのは、非常に広範囲にわたる産業です。金融商品と同様に、すべてのデータをクリスタルクリアにしたうえで、日本中のあらゆるトランザクションや情報が我々のデータベースに集まるようにするのが目標です。そして、これを通じてデータの精度をどんどん高めていくつもりです。
ーー データの蓄積が重要なんですね。そのデータをどのように活用していくお考えですか?
前野
銀行をはじめとする金融機関は、我々のデータを活用して融資判断を行いたいと考えるかもしれませんし、我々のプラットフォームを使ったレンディングサービスの可能性も広がると思います。また、現在も不動産のオーナー層に何万人規模でプラットフォームをご利用いただいていますが、今後は賃貸入居者にも同じデータを活用してもらい、賃貸から購入に切り替えてもらう可能性もあります。人はいつか物件を手放す時が来ますから、データの保持は今の不動産保有者だけでなく次の保有者にも有益です。
さらに、不動産投資家にとっても、当社のデータは非常に有益です。不動産の売買にかかる費用やコストは複雑です。例えば、家賃だけではなく、維持管理費や修繕費、税金などの費用も膨大ですよね。これらを正確に把握し、投資判断を行うことができるプロはまだ少ないですが、我々のデータを使えば、より精度の高い投資判断が可能になります。
ーー 今後はM&Aのような展開もお考えですか?
前野
現時点では、特定の会社を買収する計画はありません。現状は、自社のデータベースの価値をさらに高めていくことに集中しています。
ZUU onlineユーザーへ一言
ーー 最後に、ZUU onlineのユーザーに向けて一言お願いできますか?
前野
当社「いい生活」はBtoBのビジネスモデルであり、深く専門的なデータベースを扱っています。そのため、一般的な知名度はまだまだ低いかもしれませんが、実際には非常に膨大な不動産データを管理しています。
現在、当社の顧客の継続月数は平均で200ヶ月を超え、約17〜18年となっています。これは、顧客が我々のデータベースの価値を感じ、他に移行する動機がないからです。私たちは、より多くの投資家の方々に、このデータベースの価値を理解していただきたいと思っています。
ーー それは非常に長期にわたる継続利用ですね。
前野
はい、近年ホリゾンタルSaaSが多く台頭していますが、当社はただのバーティカルSaaS企業ではなく、不動産市場のように無限に成長する可能性を持つ分野で、独自のデータベースを活用しています。今後も、このデータを活用して、さまざまなマネタイズのチャンスを広げていきたいと考えています。
そのため、当社に投資いただけましたら、アップサイドは今後ますます拡大するであろう不動産市場の発展の流れに乗ることができ、ダウンサイドはバーティカルが故のプロテクションが働きます。特に、公開株の投資家の皆様には、今後の「いい生活」の成長に注目していただきたいと思います。
ーー 素敵なお話をありがとうございました。
- 氏名
- 前野 善一(まえの ぜんいち)
- 社名
- 株式会社いい生活
- 役職
- 代表取締役社長 CEO