年間270兆円規模に拡大するとされる「行動変容による脱炭素市場」。その先頭を走るのが株式会社スタジオスポビーだ。AI解析で徒歩・自転車、マイボトル、コンポスト、公共交通シフトなど日常の環境行動を自動算定し、“人の力によるCO₂削減”を可視化する。知財や市場占有率も随一で、IPCCが示す「最大7割は行動で削減可能」という国際的裏付けを背景に、日本発ベンチャーとして突出している。
10都道府県との共同事業「脱炭素エキデン」も今年度始動。この市場を牽引する夏目恭行社長に、創業から現在までの歩みと今後の展望を聞いた。
行動を変えるための本質的アプローチ
── 2017年に創業されたそうですが、今はどの分野に注力されているのでしょうか?
夏目氏(以下、敬称略) 現在は、個人の行動を起点にした脱炭素事業に力を入れています。脱炭素には「資源」「設備」「行動」という三つの柱がありますが、2020年のカーボンニュートラル宣言以降、企業の多くは前者二つに注力してきました。私たちは、あえて「行動」に光を当てています。
実はこの考え方の背景には、コナミ在籍時に携わった健康事業での経験があります。もともとゲームプロデューサーとしてサッカーゲームなどを担当していましたが、東京五輪の開催決定をきっかけにシニア向け健康サービスに関わることになりました。当時は「これは盛り上がる」と感じたものの、現場で直面したのは期待と実際の行動のギャップでした。「運動しないと疾患を発症しますよ」といった恐怖訴求でジムに入会しても、運動せずにお風呂だけで帰る人、居場所を求めて弁当を食べて過ごす人が多かったのです。
そこで痛感したのは、健康や環境のような社会課題は堅苦しく伝えるのではなく、もっとカジュアルに、楽しく参加できる形で提供すべきだということでした。人間の行動原理は恐怖による抑止ではなく、ポジティブな動機付けに基づくべきだという学術的な視点を得たのです。こうした知見が「行動を変える仕組みをつくる」という現在の事業につながっています。
この健康事業の経験を糧に、2017年に起業。人の行動を楽しく変え、社会課題の解決につなげる。その延長線上に、現在の脱炭素事業があります。
コロナ禍を乗り越えた「脱炭素行動」の発見
── 起業してみてどうでしたか。
夏目 当初は手探りでしたが、2019年にはスマートフォンアプリをリリースできました。当時としては珍しかった歩数計アプリとポイント活動アプリをあわせたようなサービスで、歩いて健康に、ポイントも貯まる──そんなサービスでした。ダウンロード数は順調に伸び、「これはいけそうだ」と思った矢先に、コロナ禍に突入し、社会全体が一気に氷河期を迎えました。ましてや三密回避や外出禁止の状況下で、歩くアプリはその存在自体を否定されるような局面でした。
そんな状況下で、数少ない顧客の一つであった行政機関が、健康増進のために当社のアプリを導入してくださいました。その自治体は北海道の地方部で、自動車依存の生活圏。住民はあまり歩かず、糖尿病の有病率や肥満率が高いという社会課題を抱えていました。
そこに当社のアプリが導入され、半年後、コロナ禍にもかかわらず、市民ユーザー約1万人の1日あたりの歩行量が1,000歩ほど底上げされたのです。1,000歩は徒歩で約10〜15分に相当し、一人あたりの年間医療費に換算すると約2万円の削減効果が見込まれます。この自治体の保健局からは「大成功です」という言葉をいただきました。
── それは嬉しい言葉ですね。
夏目 その行政担当者がふと疑問を口にしました。「この新たに増えた1,000歩の10〜15分は、どこからひねり出されたのでしょうか」と。データを解析したところ、車の移動量が減っていることが判明しました。
さらに行政担当者からは「これって健康増進だけでなく、エコでもありますよね?」という一言がありました。車の量が減るということは、CO₂排出量も減るということです。その瞬間、稲妻に打たれたような衝撃を受けました。
脱炭素へ舵を切った転機
折しもカーボンニュートラルが発表され、大手企業や行政機関で脱炭素への機運が高まっていた時期。当社は「人の移動における行動変容が脱炭素につながる」という視点に可能性を感じ、研究開発に舵を切りました。もともと私自身が開発気質で、実証や試作を重ねながら形にしていくことを得意としていたのも功を奏し、その成果をプロダクト化しようと考えたのです。何度もお客様の意見を聞き、行政に足を運び、環境省にも頻繁に出入りしながら磨きをかけました。
── ビジネスとして成立するのか、不安はありませんでしたか。
夏目 もちろんありました。だからこそ研究開発と並行して、ビジネスコンテストでアイデアを磨き続けました。その結果、宮城県仙台市主催のコンテストでグランプリを受賞することができました。2022年には、モビリティ移動を歩行や自転車に代替した場合の脱炭素量を算出するアプリをリリース。その直後からNHKなど大手メディアで特集され、全国の行政機関に広く知られるようになりました。翌年には30以上の自治体で実証や実装が進み、個人の脱炭素行動を可視化する意義を市場も共有し始めたタイミングでした。
行政連携とデータのJクレジット化
夏目 2023年末ごろ、大阪府のプロジェクトパートナーに選ばれる機会をいただきました。ちょうど吉村洋文知事が行動変容の重要性に触れておられ、私たちにとっても大きなチャンスだと感じました。しかし、ビジネスは行政をメーンにするのではなく、法人にいかに訴求していくかが重要です。ベンチャー企業がカーボンニュートラルにコミットするような大手企業にドアノック営業をしても、担当者にたどり着くことすら難しいのが現実です。
そこで、行政と共同事業を立ち上げ、企業と連携して事業を推進する手法を確立しました。 2024年には、大阪府との共同事業「脱炭素エキデン」プロジェクトを始動。このプロジェクトでは、地域の市民にアプリを提供し、参加企業からはライセンス費用をいただき、その上で従業員の脱炭素行動スコアを会社の環境パフォーマンスデータとして活用できる仕組みを構築しました。
この仕組みは大阪府の公式アプリとなり、多くの企業に導入が進んでおります。企業がこのアプリを導入することで、従業員である府民の皆様が日常的に脱炭素行動に取り組むきっかけとなり、結果として、企業の導入が府民の参加を効果的に促すという好循環を生み出しました。
一介のベンチャー企業では難しい信頼の獲得や大規模な案件を行政と連携することで実現できております。この官民一体での取り組みが大きな話題を呼び、1年足らずで100社以上との契約締結に至りました。
このビジネスモデルが功を奏し、全国から声がかかるようになりました。2025年には10都道府県との共同事業が始まります。編み出した営業戦略を着実にビジネスに転換しているところです。
── 今の成長を支える大きな要因は何でしょうか。
夏目 技術に裏付けされたプロダクトの機能、そしてそれを構成する技術の積み重ねが成長の基盤です。人の脱炭素行動変容を可視化する技術において、当社は複数の知財を保有しています。ベンチャー企業なので潤沢な投資はできませんが、知財への投資は惜しみません。移動におけるアプローチやAIによる削減量の検知など、主要な部分で知財を押さえています。
これが信頼性、信用性の大きな基盤です。他社も行動変容の重要性に気づき参入してきていますが、多くは自己申告のアンケートアプリ。「エコ活動をしました」「CO₂を50グラム削減しました」といった自己申告では、データに信頼性がありません。当社は「人が判断せず、機械が判断する」という非申告性のプロダクトを基盤としています。
現在、多くのお客様企業からのリクエストを受け、当社アプリで算出したデータを第三者保証する取り組みを急務で進めています。これは国際的な規格(GHGプロトコルなど)に準拠していることを保証するものであり、さらにはJクレジット化を狙える段階にまで来ています。この領域でポールポジションにいるのは当社くらいではないでしょうか。
未来を共に創るパートナーとの挑戦
── 知財や第三者保証の取り組みが競合優位性になるのでしょうか。
夏目 そのとおりです。技術に裏付けされた知財を押さえ、さらに第三者保証を進めている点が当社の大きな強みです。自己申告型のサービスが多い中で、非申告型で国際規格に沿った形でデータを保証できるよう取得を進めている点は、他社にない特長です。加えて、昨年IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が地球上のCO₂の最大7割は「行動」で削減可能と示したことも、当社の取り組みを強く後押ししています。
── 今後の事業拡大における資金調達の計画について教えてください。
夏目 これまでは、大手ベンチャーキャピタルや多くの個人投資家の方々にご支援いただき、必要な局面を乗り越えてきました。そのご支援に深く感謝するとともに、今後も共に挑戦してくださる投資家の存在を大切にしていきます。
現在、重点を置いているのは事業会社との連携です。特に環境・脱炭素の領域は、単体だけで何かを成し遂げられるものではなく、市場すらも作っていかなければなりません。近い将来の合意を視野に、複数の事業会社が手を挙げてくださっており、協議を進めている状況です。
今後は、事業会社との連携を通じて、私たち単体ではできない市場形成を共に進めていきたいです。そのようなことに楽しみを感じていただける事業会社様やベンチャーキャピタル様、そして挑戦を心から共にしてくださる個人投資家様との出会いを切に望んでいます。
- 氏名
- 夏目 恭行(なつめ たかゆき)
- 社名
- 株式会社スタジオスポビー
- 役職
- 代表取締役