日本語特化型大規模言語モデル(LLM)や、マルチモーダルなドキュメント読解モデル(VLM、Vision-Language Model。テキストと画像を組み合わせて検索できる)などの生成AIを駆使し、企業における「知識の構造化」を通じて新たな価値創造を支援しているストックマーク株式会社。創業以来、情報収集から営業知見活用、そして社内外ナレッジ統合へと事業を拡大。特に製造業を中心に約300社、3万人規模のユーザー基盤を築き、パナソニックHDとのLLM共同開発など、大企業との協業も推進している。AI時代の市場展望、人とAIが共創する未来のビジネス像を、林達代表取締役CEOに聞いた。
企業サイト:https://stockmark.co.jp/
ビジネス特化型LLMと競争力の深化
── AIやLLM(大規模言語モデル)の開発は今、最も注目されている領域です。
林氏(以下、敬称略) 我々はLLMの中でも、ビジネスに特化したモデルを開発してきました。たとえば、リサーチや研究組織で利用されるような専門性の高い領域では、ビジネスLLMが強みを発揮します。さらに、ビジネスという広範な領域の中でも、化学や機械といった特定の産業に特化したモデルの開発にも現在取り組んでいます。
また、それを企業の競争優位性へとつなげるために、LLMへ大規模な投資を行う企業とは、企業専用の特化型LLMを共同開発する取り組みも行っています。このように、取り組みの深さや特化度合いに応じて、さまざまなレイヤーのサービスを用意しているというイメージです。
── 「個の自律と強い集団」を目指しているそうですが、個人と集団は、組織が大きくなるにつれて相反する側面も出てくるかと思います。その考え方を実現する上での課題感は?
林 我々のミッションは「価値創造の仕組みを再発明する」ことです。これはすなわち、業務効率化だけではなく、新たな価値を生み出すサービスを創出するという意味です。
一般的なSaaSやITサービスは、導入によって工数が削減され、結果として人員が不要になるというものが多いのでしょうが、時間がいくら増えても、人間はすぐに新しいことを始められるわけではありません。そのため、売り上げが上がらず、新規事業も生まれないという中長期的な課題に直面しがちです。当社はそうした状況を打破し、新たな価値創造に貢献したいと考えています。
新たな価値を生み出すことは、答えがない極めて難しい挑戦で、トップダウンが良い結果につながらないケースが多いととらえています。
それよりも、お客様のニーズに深く踏み込み、その中から答えを見つけていく。そして、うまくいった事例をN=1からN=2、3、4へと展開し、新たな事業へと昇華させていくというボトムアップのアプローチが非常に重要だと考えています。この状態を「自律性」と呼んでいます。
「100人の壁」を越える運営、データとLLMで「知識の構造化」を推進
── 組織が大きくなる中での課題感や、人数を増やしていく上での壁はありましたか?
林 やはり「100人の壁」のようなものは存在します(取材時、グループ社員数は約150人)。100人の壁とは、目に見えるコミュニケーションコストと、目に見えない説明コストのことだと考えています。誰かに何かを説明し、納得してもらえないと物事が進められないという状況が、階層間だけでなく、仲間内でも発生しやすくなり、組織のスピードが落ちる要因だととらえています。
そこで、できる限りミッションを明確にし、チームも小さくしています。それぞれが向き合っている課題をしっかりと分解することが重要です。それだけでは局所最適になるため、ブレインストーミングやディスカッションを混ぜながら、基本的には疎結合で動きつつ、密結合が必要なときは徹底的に議論し、情報を共有するようにしています。
加えて、自分が今何をしているのかを週次の全社会で共有したり、成功事例やベストプラクティスをまとめてメンバーに共有することを奨励したりと、そうした状態を作ることを目指しています。
── 現状の市場環境と、成長の展望についてお聞かせください。
林 現在のAI市場は非常に活況を呈しており、その中で我々も確固たるポジションを築いていきたいと考えています。我々は、データ、LLMやVLMなどの生成AI基盤、アプリケーションの三つの層で市場をとらえていますが、このデータの領域が重要になっていると実感しています。たとえば、AIをすぐに使おうと思っても、実はデータがなかったり、データがぐちゃぐちゃだったりするケースが非常に多い。
社内情報でRAG(Retrieval Augmented Generation、検索拡張生成。検索など外部から取得した情報でAIモデルの精度と信頼性を向上させる技術)を構築しようとしても、データが汚すぎてうまく機能しない、あるいはエージェントすら作れないといった課題があります。生成AIが進化しても、データの課題が解決されなければ企業のDXは進まないことが往々にしてあります。
そこで我々は、あらゆるデータを「AI Ready」にしていく仕組みを開発しています。どんなデータが入力されても、AIがうまく処理できるように変換するパイプラインです。これにより、あらゆるデータを生成AIに入れてすぐに賢く使える状態が作れるため、業務が非常に進みやすくなると考えています。
データレイヤーにおけるもう一つの強みは、オープンデータから得た豊富な知識資産です。たとえば、ニュース情報から企業の動向を把握したり、多様な企業の製品カタログを保有したり、グローバルな法令規制データを持っていたりします。こうしたデータの強みを活かし、プリセットされた賢いエージェントとして販売する企画も進めています。これにより、企業が自らデータを用意しなくても、すぐにシステムにつないで使える状態を目指しています。
── マーケティングの今後の注力分野や、現状の勝ち筋についてお聞かせください。
林 マーケティングの注力ポイントは大きく二つあります。一つ目は、我々の既存事業である情報収集SaaSの観点です。特に製造業向けのエージェントとして、CopilotやGeminiといった汎用型AIがある中で、「製造業ならストックマークのAconnectだよね」「Aconnectのエージェントを使おう」という状態をいかに作るかが非常に重要です。
二つ目はAIプラットフォーム「SAT」です。SATでは、データがプリセットされたエージェントを、マーケットプレイスとしてどんどん販売していく状態を作ろうとしています。この二つが、大きなマーケティングのポイントです。
生成AIが変革するプロダクト体験
── プロダクトの改善方針について、自社のサービスを客観的に見たとき、どのような改善ポイントがあると思いますか?
林 我々のサービスは、まだ体験が古い部分があると感じています。すべての機能、すべての領域に生成AIの恩恵を組み込めているかというと、まだまだ生成AI以前のサービスの体系や体験、機能が残っているのが現状です。
たとえば、ニュースを配信する機能一つとっても、いちいちニュースを読むという体験は、もはや誰もやりたくないでしょう。すべて要約してほしい、1万記事を要約してほしい、何も見なくても全てまとまってくる、といった体験を創出したいと考えています。
現在の開発工数やコストの観点から、なかなかそこまでやりきれていませんが、そこを早くスピードアップして実現したいと思っています。
── 経営者と従業員の間で、AIに対する考え方にギャップがあるという話が聞かれますが、この課題をどのようにとらえていますか?
林 AIに限らず、従業員が改善を進め、物事を良くしていくためには、やはり人事評価と人事制度がセットでなければなりません。効率化によって新たな付加価値を生み出した分が、給与に反映されたり、自身のポジションが向上したり、成長を実感できる状態になったりすることが非常に重要です。
したがって、組織の人事評価制度を一緒に変えていくことが根本的な解決策だと考えます。そこまで到達するには時間がかかりますが、我々としてはそうした提案までしていきたいと思っています。
── 大規模な調達をされていますが、将来的なIPOやM&Aといった観点も見据えてのことですか?
林 はい。我々は昨年11月に、シリーズDで日系のPEファンドであるポラリス様から45億円を調達しました。
我々の規模でPEファンドから調達するのは非常に珍しいケースだったと思います。その理由は、とにかく一番大きな資金を獲得したかったからです。VCさんからもオファーをいただき、一定のラウンドの目処は立っていましたが、PEファンドのほうがより大きな資金を出してくださったため、資金規模の大きいほうを選びました。
加えて、ステークホルダーは少ないほうが大胆な意思決定ができるという考えから、複数のVCと組むよりも、一社とがっちり組んで中長期的に大きく育てるというところにベットしました。
IPOについては、最低500億円、目安としては1000億円規模を目指して今取り組んでいます。そこに向けて着実に進めていきたいと考えています。
「EKP」構想を実現し、全員がイノベーター化になる世界へ
── 未来構想と事業拡大プランについて教えてください。
林 最終的に目指しているのは「EKP」(Enterprise Knowledge Platform)構想です。これは「Enterprise Resource Planning」(ERP)になぞらえたもので、これまでのERPが「モノ・カネ」を管理する会計や人事労務といった領域を担ってきたのに対し、EKPは「知恵・ナレッジ」を管理し、新たな価値創造を支援するプラットフォームです。
答えがない時代においては、全従業員の知恵を集め、ナレッジを統合することで、新たな事業を生み出したり、既存業務を効率化したりする必要があります。
そのため、社内のあらゆるドキュメントを構造化して活用できるようにし、さらにドキュメント化されていない情報も知識としてインプットしていく。加えて、社外の情報、たとえば競合や顧客の情報も詳細に観察できるようにする。そうした状態を創出したいと考えているのがEKPです。我々はこのEKPという言葉が世の中に広がることを願っています。
二つ目は、製造業におけるエージェント開発です。我々は100個、1000個といった業務で使えるエージェントを創出することを目指しています。
三つ目に、単に知識を整理するエージェントではなく、アイデアや事業の発想を生み出せるようなエージェントを作りたいと考えています。まるでドラえもんのように、アイデアを一緒に考えてくれるエージェントを創出したいのです。
── 最終的には全てAIが担うような未来像を描いているのでしょうか。
林 人が今よりも少なくなるという状況は確実に起きるでしょう。それはこれまでの産業の変遷を見ても明らかです。第一次産業、第二次産業、第三次産業、そしてAIが第四次産業ととらえるならば、効率的に物事を生み出せるようになるのは当然だと考えています。
一方で、人がほとんどいなくなる世界は、我々にとってはディストピアです。そのような世界は生み出したくありません。仕事も一人でやるよりも、みんなで一緒にやるほうが楽しいものです。みんなで一緒にやるからこそ、成果も共有でき、達成感も得られやすいという側面があります。我々はそうした共創の場を非常に重視しています。
EKP構想の中で最終的に実現したいのは、「新規事業を生み出せるAI」です。現在の企業では、たとえば1万人規模の企業であれば、新規事業に携わるのは100人程度で、残りの9900人は既存事業に従事しているのが実情でしょう。AIが普及すれば、この構図は逆転するかもしれません。100人がデータとアルゴリズムをコントロールして既存事業を回し、残りの9900人は「データがない領域、すなわち人間だからこそできる新規事業をやれ」と言われるようになるでしょう。
しかし、いきなりそれができるようになるわけではありません。そこで、人の感性や困り事をAIと壁打ちしていくことで、誰でも新規事業を生み出せるようになる。それをプロダクトとして世に出し、もし良ければ社内でリソースを獲得したり、マーケティングをかけたりする。
そうやって、誰もがイノベーターになれるような世界を創出したいと考えています。そうすることで、人の感性や知性を活かせる場を残せるのではないかと考えています。
- 氏名
- 林 達(はやし たつ)
- 社名
- ストックマーク株式会社
- 役職
- 代表取締役CEO

