一見、アナログとも思える福祉の現場で、ReSowはどこにビジネスチャンスを見出し、どのような戦略で急成長を遂げているのか。
動物園の清掃からカブトムシの養殖、果ては大規模なアワードの開催まで、常識にとらわれないアプローチで「生きづらさ」を抱える人々の可能性を引き出している。その視線は国内の福祉市場に留まらず、「AI」「海外展開」という未来に向けられていた。ReSowが描く野心的な経営戦略と、その根底にある「わくわく」の哲学とは──。
企業サイト:https://resow.co.jp/
目次
「選べる」ことが強み。ヘラクレスオオカブトムシから動物園の清掃まで
── ウェブ系の開発や貿易業から福祉の分野へ転身されたのは、大きな方向転換ですね。
熊野(以下、敬称略) 貿易の仕事では、大量に届く荷物の検品や加工作業が発生します。その労働力をどう確保するかという話になったとき、たまたま先輩経営者から「そういう仕事は、障がいを持つ人の仕事になるよ」と教えていただきました。それがすべての始まりですね。
── それまでは、福祉との接点はまったくなかったのですか?
熊野 はい、接点はありませんでしたが、先輩経営者に教えていただいた通り障がいがある方々にお願いしてみると、「仕事ができてうれしい」と、すごく喜んでもらえるんです。
私たちは「労働力」を探していただけだったのですが、それが誰かにとっては「喜び」になる。それならもっと本格的にやろうと。この仕事を始めるまで、こういうニーズと供給の形があることをまったく知りませんでした。
── ReSowホールディングスの就労支援事業は、一般的な福祉サービスと比べて、どのような点に強みがありますか?
熊野 強みは大きく二つあると考えています。一つは、仕事の選択肢がとても多いことです。
就労支援というと、内職系のお仕事をイメージされることが多いと思います。もちろん、私たちもやっていますが、それだけでは選択肢になりません。たとえば、天王寺動物園の清掃業務を請け負ったり、自社でクリーニング工場を持ってクリニックの白衣などを洗濯・納品したりもしています。
── 特にユニークな仕事はありますか?
熊野 最近、力を入れているのが世界最大のカブトムシ、ヘラクレスオオカブトの養殖ですね。温度管理を徹底した専用の部屋で、今、何百匹という単位で増やしています。これが結構難しくて、奥が深い。
最近は成虫そのものよりも「大きなカブトムシが育つ土」というオリジナルの土の開発・販売に力を入れています。利用者の中には、特定のことへのこだわりが非常に強い発達障害の傾向がある方も多いので、そういう方が土の配合や温度管理の研究にものすごくハマります。
── 仕事の幅が非常に広いですね。なぜそこまで「選べる」ことにこだわりを?
熊野 長年引きこもりを経験されていたりして、ご自身で何かを選択するという経験が極端に少ない方が多いからです。選ぶのが苦手というか、そもそも選んだことがない。
私たちはあえて「今日はこっちの仕事とあっちの仕事がありますけど、どっちやりますか?」と選択枠を提示して、ご自身で選んでもらう。この「選ぶ練習」をしてもらう支援を、非常に大切にしています。
人生初の表彰台と「緊張」を。公会堂で仕掛けるアワードの狙い
── もう一つの強みは何ですか?
熊野 経験の提供です。これは仕事に限りません。たとえば、20年間ずっと引きこもりだった方が勇気を出して私たちの施設に来てくれたとしても、圧倒的に社会的な経験が不足しています。「世の中にはどんな仕事がありますか?」と聞くと、「配達してる人と、コンビニでレジを打っている人です」と答えたりするんです。知っている世界がそれだけでは、仕事を選べと言われても無理ですよね。
だから、私たちは仕事以外の経験、たとえば「みんなでご飯を食べに行く」「電車に乗って出かける」といった、当たり前の日常も含めて、さまざまな経験をしてもらう場にしています。
── 経験の中でも力を入れていることなどありますか?
熊野 はい、その集大成とも言えるのが「アワード」です。「人生で一度も表彰状をもらったことがない」「学校行事に出たことがないから、卒業式も成人式も出ていない。だからスーツも着たことがない」という利用者の声から始まりました。
それなら、私たちがそういう機会を作ろうということで、大阪市中央公会堂という、国の重要文化財にもなっている歴史ある建物の、一番大きな部屋を借り切って、年に一度、盛大に開催しています。
アワードにはもう一つ、めちゃくちゃ緊張させるという大きな目的があります。これまで発表会などにも一切出たことがない方が、人生で初めて、400人〜500人という大勢の前で注目を浴びてスピーチをする。
この「緊張する」という経験も、社会に出るうえで非常に重要だと考えています。
潜在市場300万人の「生きづらさ」へ。草の根で広げるマーケティング
── 福祉業界は、国が決めた報酬に左右されるなど難しい側面もあるかと思います。
熊野 おっしゃる通り、業界全体としては課題が多いです。売り上げの上限がある程度決まっているので、スタッフの給料を上げにくい構造があります。
ただ、私たちは既存のマーケット、つまり障害者手帳を持っている方(全国で約80万人)だけを対象にしているわけではありません。私たちが今、本気でアプローチしようとしているのは「手帳を持っていない層」、つまり医療や福祉サービスにつながっていない「生きづらさを抱える人」や「引きこもり」の方々です。
この方々は全国に300万人以上いると言われています。その多くは、「働く」か「働かない」かの二択しかありません。その中間に、私たちのような「社会に戻るための練習をする場所」がある。この選択肢を世の中に提示していくことが、私たちの役割だと考えています。
── その300万人に、どうやって情報を届けているのでしょうか?
熊野 リスティング広告などデジタル施策も行いますが、それ以上に力を入れているのが、アナログな草の根作戦です。
たとえば、「ワンダーステップ通信」というフリーペーパーを毎月2万部ほど作って、クリニックや病院に置かせてもらっています。また、私の創業時の話を漫画にしたり、自分の居場所を見つけるためのワークブックを載せたりした「小冊子(7daysワークブック)」も作りました。
── どういった狙いがあるのですか?
熊野 この仕事をしていると、経営者仲間などから「実は、うちの子が引きこもりで……」と相談を受けることが多いのです。当事者の身近にいる人たちも、どう声をかけていいか分からない。
そこで声をかける代わりに、「こんな本があるんだけど、よかったら読んでみる?」と、そっと渡してもらう。そういう「心配の仕方」はどうですか? という提案です。これは一切宣伝していないのですが、口コミだけで5000部があっという間になくなりました。
急成長の組織課題と、企業の「障害者雇用」を解くFC戦略
── 事業も組織も急成長されていますが、経営者として大切にしていることは何ですか?
熊野 理念は「わくわくを社会に。感動から人生は変わる。」で、私自身、世の中を楽しくしたいという思いが根本にあります。そして、それは働いているスタッフに対しても強く思っています。
就労支援員が、つまらなそうに働いている姿を見て、利用者が働きたいと思うでしょうか? あの人みたいになりたいと思ってもらわないと意味がない。だから、できるだけ管理をせず、方向性だけ示して、あとは任せるようにしています。
── 急成長ゆえの課題もあるかと思います。
熊野 最大の課題は、まさに組織が追いついていないことです。就労支援事業「ワンダーフレンズ」を始めて8年ですが、去年1年だけでも100人以上を採用し、現場のスタッフはどんどん増えています。しかし、中間管理職がまったく足りていない。
また、福祉業界は制度上、管理者になるには10年以上の経験が必要だったりします。そのため、外部からベテランの方を採用することも多いのですが、会社の考え方やスピード感と、長年福祉業界で培われてきた価値観との「チューニング」が難しいと感じています。
── 法人向けのフランチャイズ(FC)展開も、そのあたりと関係があるのでしょうか?
熊野 関係しています。ある程度の企業規模になると、法律で障害者雇用が義務化されます。でも、企業側にはノウハウがない。そこで、ワンダーフレンズのFCに加盟してもらうのです。
まず自社で就労支援事業所を運営してもらい、そこで育成した方を、自社の雇用につなげていく。これは、企業の障害者雇用という課題を解決すると同時に、うちの強みである仕事の場の多さを、加盟企業の力も借りて維持・拡大するという戦略でもあります。
「福祉」のままでは上場しない。ReSowが描く「AI×海外」の野望
── IPOについては考えていますか?
熊野 IPOについては、東京プロマーケット(TPM)であれば2年後ぐらいでも可能かもしれません。ですが、グロース市場を目指すとなると、正直、今のビジネスモデルのままでは難しいと思っています。
── 「福祉の会社であるため」ですか?
熊野 はい。福祉の会社というだけでは、なかなか時価総額がつきにくい。これは、この領域で先行するリタリコさんの株価を見ても感じることです。どうせやるなら、それ相応の時価総額がつく形で上場したい。そのためには、ビジネスモデル自体を大胆に変えていく必要があると考えています。
── それでは、今後は領域を広げていくということですか?
熊野 長期的には、10年スパンで二つの領域に大きく舵を切ります。
一つは「海外」です。日本で培った、障がいや生きづらさを持つ方への就職サポートモデルを、海外で展開します。生きづらさという課題は万国共通のはずです。
もう一つは「AI」です。実は今、社内では支援の記録や計画作成にAIを活用し始めているのですが、これを外販できるSaaSのようなレベルに高めます。さらに言えば、福祉事業者向けだけでなく、「生きづらさを抱える人」自身が日常で使えるようなアプリやAIサービスとして開発・販売していく。
それらが整ったタイミングで上場すれば、私たちが目指すような評価も可能になるでしょう。
- 氏名
- 熊野 賢(くまの さとし)
- 社名
- ReSowホールディングス株式会社
- 役職
- 代表取締役

