株式会社カミナシ

現場の「紙」をなくすことを起点に業務効率化を推進する株式会社カミナシ。創業当初の苦難を乗り越え、急成長を遂げる同社の諸岡裕人社長に、事業の変遷、競争優位性、そしてAIやIoTを活用した未来戦略について聞いた。日本の社会課題である「人手不足」を、カミナシはどう解決しようとしているのか──。

諸岡 裕人(もろおか ひろと)──代表取締役CEO
1984年生まれ。2009年、慶応大学経済学部卒業後、株式会社リクルートスタッフィングで営業職を担当。2012年 家業であるワールドエンタプライズ株式会社に入社し、LCCの予約センターや機内食工場の立ち上げなどに携わる。その中で感じた現場の課題を解決するため、2016年12月に株式会社カミナシ(旧社名:ユリシーズ株式会社)を創業し、ノンデスクワーカーの業務を効率化する現場DXプラットフォーム「カミナシ」を開発。
株式会社カミナシ
「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」をミッションに、PCやデスクのない現場で働くノンデスクワーカー3,900万人の働き方をITの力でスマートにすることを目指す。 提供中の現場DXプラットフォーム『カミナシ』は、現場の基盤である「作業方法」「人」「設備」を軸にした4つのシリーズ製品を展開。これらのクラウドサービスを通じて現場DXを推進している。

現場の非効率を解決する創業の志とピボット、「カミナシレポート」の誕生

── もともと家業がおありだとか。

諸岡氏(以下、敬称略) はい。家業は、成田空港での清掃やホテル客室整備、チェックインカウンターといった、いわゆるブルーカラー業務を請け負う会社でした。私は跡継ぎとして現場責任者を5年間務め、その中で現場の非効率性を目の当たりにしました。

当時はITサービスで解決したいと考えても、良いものが見つからなかったのです。また、事業を楽しむ父の姿を見て育ったこともあり、自分にしか知り得ない現場の負を解決する事業を立ち上げようと、2016年にカミナシを創業しました。

創業当初は私一人で事業を始めましたが、なかなかうまくいかず、3年間は鳴かず飛ばずの状態でした。2016年から2017年頃は「現場のDX」という言葉自体が理解されず、「クラウドは危険」「現場にデジタル機器を持ち込んだら壊れる」といった声に真顔で直面する日々でした。商談に呼ばれても、開口一番にそのような話が出てくるほど、現場のデジタル化への理解は進んでいなかったのです。

このままでは事業が立ち行かないと判断し、2019年末にはベンチャーキャピタルからの出資を受けつつも、既存製品を破棄して新製品へのピボットを決断しました。残り資金が尽きる寸前でしたが、当時7名いた社員が「社長がやるなら最後まで付き合う」と残ってくれました。そして2020年6月、現場の紙帳票をデジタル化するノーコードツール「カミナシ レポート」をリリースしました。

3年間の苦闘の中で現場の紙の課題と向き合い続けた結果、何が正解かという知見が私たちの中に蓄積されていたのでしょう。リリース直後から多くの引き合いをいただき、瞬く間に売上が伸びました。

過去2年間で達成した売上を半年で上回り、同年12月にはスタートアップの登竜門であるIVSのピッチコンテストで優勝。これを機に多くの投資家から注目していただき、事業は一気に加速しました。2021年にはシリーズAで11億円、2023年3月にはシリーズBで融資を含め30億円の資金調達を実施し、現在に至ります。

マルチプロダクト戦略と「カミナシID」がもたらす競争優位性

── ピッチコンテストでの優勝以降、事業を大きく伸ばされたわけですね。今の強みはどこにあると分析されていますか?

諸岡 当社の強みは、複数のプロダクトを一つのサービスで提供する「マルチプロダクト戦略」です。他社製品の多くが帳票、教育、設備管理など特化型のサービスが多い中で、当社は「カミナシレポート」に加え、2023年8月以降に3製品を投入し、現在計4製品を展開しています。

この戦略の背景には、オフィスワーカーのIT導入史が辿った「導入から統合へ」という本質的な流れが、現場のノンデスクワーカーにも繰り返されるという予測があります。オフィスワーカーは当初少数のアプリから始まり、「乱立期」を経て連携・統合へと進みました。 しかし、現場のノンデスクワーカーへのITツール導入は、予算的な制約や作業者のITリテラシーなどの要因から、この「乱立期」を経験することなく飛び越え、「一つで何でもできるオールインワン」がより早く、強く求められることが予測できます。

また、競争優位性として「カミナシID」というID管理基盤を構築しています。複数のアプリ利用によるID・パスワードの乱立は、セキュリティ上のリスクや管理の煩雑さを招きます。カミナシIDは、当社の全サービスを一元的に管理できるだけでなく、将来的にはシフト管理や教育ツールなど他社サービスとの連携も視野に入れています。

大手流通企業との協業が成長のきっかけ

── 成長のきっかけとなった出来事はありますか?

諸岡 大手流通企業であるセブン-イレブン・ジャパン様との取り組みです。食品の品質管理において消費者から絶大な信頼を得ている同社の商品を製造している工場がカミナシを活用していることは、他社からの引き合いを大きく増やしました。

きっかけは、鳴かず飛ばずの時期に、セブン-イレブン・ジャパン様と取引のあるメーカー様がカミナシを導入し、品質管理コンテストでその活用事例を発表してくださったことです。当時、クラウドやノーコードといった概念はまだ珍しく、これを見たセブン-イレブン・ジャパン様から「こんなことやっているなら話を聞きたい」とお声がけいただきました。

そこからセブン-イレブン・ジャパン様のお取引先メーカーの8〜9割にまで導入が拡大し、当社の事業を大きく成長させる要因となりました。このご縁は今も続いており、当時から夢を語り合ったパートナーと、その夢が現実になりつつある世界を共に見させていただいています。

当社のメインターゲットは、食品、機械、素材といった「ものづくり」に携わる製造業ですが、物流や建設業からの引き合いもあります。当社のサービスは特定の業種に限定されず、幅広い現場で活用可能です。

人手不足の社会課題に挑むAI・IoT戦略とIPOへの展望

── 今、最も関心のあるトピックは何ですか?

諸岡 最も関心があるのは、日本の社会課題である人手不足です。AIの進化は著しいですが、ものづくりや清掃といった現場業務をAIが直接担うことはまだ先の話です。ホワイトカラーの仕事がAIに代替されても、現場の人手不足は続くと考えられます。今後10〜20年、いかに持続可能で強い現場を維持していくかがテーマであり、外国籍従業員の活躍支援も重要な解決策の一つです。

現場のデジタル化はまだ黎明期であり、大きな市場が残されています。

カミナシは現場の紙帳票をデジタル化することで、これまで活用が難しかった膨大な現場データを蓄積しています。生成AIは、こうした非構造データを整理し、人が認識できるアウトプットを出すことに強みがあるため、当社のデータと組み合わせることで大きな価値を生み出せると確信しています。AI製品に加え、IoTやハードウェア分野への取り組みも強化していきます。

当社のビジョンは、2022年に公開した「カミナシビジョン小説」に描かれています。そこでは2027年に現場のパーソナルAIアシスタントが世界を変える様子が描かれており、2030年代にはこのビジョンに基づいたAI製品を実現したいと考えています。

── 今後の事業拡大戦略について教えてください。

諸岡 ゆくゆくはIPOすることを視野に入れています。M&Aについては、すでに東京大学松尾研究所発のAIスタートアップを買収しており、今後もカミナシの事業とシナジーがあり、ビジョンを共有できる企業があれば積極的に検討していきます。

AI革命は新たな産業革命であり、オフィスワーカーの労働力が現場のノンデスクワーカーへと移転するという見方があります。実際、AIによる人員削減のニュースと、現場での外国人材活用が同時に報じられる現状は、この変化を裏付けています。

現場のIT化への投資はまだ十分ではありませんが、今後間違いなく盛り上がる分野です。経営層や投資家の皆様には、ぜひこの領域にご注目いただき、温かい目で見守っていただければ幸いです。

氏名
諸岡 裕人(もろおか ひろと)
社名
株式会社カミナシ
役職
代表取締役CEO

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