ライブコマースを軸に急成長を遂げ、データとテクノロジー、そしてクリエイティブを武器に新たな市場を切り拓く企業が株式会社Tailor Appだ。同社を率いるのは、祖父の事業の撤退を原体験にもつ、若き経営者・松村夏海氏。「良いものが売れない、という課題を解決したい」という強い想いから始まった事業は、単なるマーケティング支援に留まらず、自社で再生医療技術を活用したブランド開発まで手掛ける事業投資カンパニーへと進化を遂げようとしている。
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祖父の事業の撤退が原体験。「売れない」を解決するライブコマース
── 「良いものが売れない」という原体験が、起業へと突き動かしたそうですね。
松村氏(以下、敬称略) 私の祖父は呉服屋、父は船の会社、母は訪問介護の会社を経営しており、三代続く起業家一家で育ちました。しかし、祖父の呉服屋が廃業してしまったんです。地方の過疎化によって既存のビジネスが立ち行かなくなり、良いものを作っていても、売り方を知らない会社は淘汰されていく現実を目の当たりにしました。この「良いものが売れない」という課題を解決したいという想いが、私の原体験になっています。
学生時代にはスタートアップの創業メンバーとして営業マネージャーを経験し、そこでオンライン接客、いわゆるライブコマースの可能性に出会いました。接客という文化をDXし、購買体験を変えていく。そこからTailor Appの事業はスタートし、ライブコマース領域で日本No.1の実績を築くことができました。
── ライブコマースはテレビショッピングとどのような違いがありますか?
松村 よく比べられますが、私たちの考えるライブコマースはオンライン接客に近しいものです。中国では、WeChatのような巨大プラットフォームを開くと当たり前のようにライブ配信が始まり、日常に溶け込んでいます。
しかし、日本ではまだそこまで文化として根付いていません。テレビと違って、ただ配信するだけでは視聴者を集めるのが難しいのが現状です。
そこで私たちは、ライブ配信に「前」と「後」の概念を取り入れました。ライブ前には、届けたいターゲット層に影響力のあるインフルエンサーを起用して告知し、視聴者を集めます。たとえば、若年層向けならABEMAの出演者、中年層以降向けならテレビタレントの方々などです。
そしてライブ本編では、約60分という時間をかけて、視聴者と密にコミュニケーションを取ります。コメントからリアルタイムでニーズをくみ取り、「お客様がその商品に対してどこに課題を感じているのか」「どんな言葉に心が動くのか」を分析しながら商品を訴求します。重要なのは、ライブ後の展開です。
「コンテンツ」「テクノロジー」「データ」が三位一体となった独自の強み
── ライブ配信の「後」には、どのようなことを行うのですか?
松村 ライブの動画を切り抜き、広告として配信します。ライブ中に最も盛り上がった部分や、視聴者のニーズが顕在化した瞬間を切り出して広告クリエイティブにすることで、非常に高い効果を発揮します。
たとえば、とある食品メーカーと完全栄養食を販売した際、当初は「完全栄養食」であることを訴求していました。
しかし、ライブ中のコメントを分析すると、視聴者は「ダイエット」や「時短」「生理周期の栄養管理」といったキーワードに強く反応していることが分かったのです。そこで、そのコメントを基に広告動画を作り直したところ、販売数がさらに伸びました。
── なるほど。視聴者の本質的なニーズをとらえて、次の施策に活かしているのですね。そうしたデータ分析力が強みということですか?
松村 強みの一つはコンテンツ企画力です。私たちはこれまでの配信で膨大な動画データを蓄積しており、「どんな言葉を発すると視聴者の反応が良いか」「どういう見せ方が購買につながるか」というノウハウが確立されています。台本作りの段階から、広告で切り抜いて使う部分をあらかじめ想定して構成しています。
もう一つはテクノロジー。通常、Instagramのライブ配信ではコメントが消えてしまい、データとして残りませんが、我々は独自開発のツールによって、すべてのコメントを取得し、どのタイミングでどんなコメントが投稿されたかを分析できます。さらに、コメントをしたユーザーに自動でDMを送るなど、テクノロジーを活用して購買までの導線を設計しています。
NTTドコモとの協業では、私たちのツールとドコモのデータを連携させ、ライブ視聴者がどのような属性だったのかを分析し、広告ターゲティングに活かすといった取り組みも行いました。
また、現在150万人以上のデータがたまっており、「この商品をこのターゲットに売るためには、こういうコンテンツで、このくらいの広告費をかければ、一人当たり何円で獲得できる」という非常に高い精度のシミュレーションができます。
単に「この番組を何人に見てもらいましょう」という話ではなく、「この商品をこれだけ売るために、この予算で実行しましょう」と、クライアントの売り上げにコミットできるのが我々の最大の強みです。
マーケティングファンドへ。事業投資で描く成長戦略
── ライブコマース事業を基盤に、今後はどのような展開を考えているのですか?
松村 私たちは、コンテンツとテクノロジーを基盤に、さまざまな領域へ事業投資を行っていくマーケティングファンドのような存在へと進化していきます。ライブコマースで培った「売る力」を、他の事業にも展開していく段階です。
既にHR事業や、再生医療技術を活用したブランドの立ち上げなど、複数のプロジェクトが動いています。
HR事業では、花王やサントリーで実績のあるデジタルマーケティング研修をリスキリングプログラムとして提供したり、採用ブランディングの一環として企業の採用CMを縦型/横型の様々なメディアに応じた制作を行なっています。
テレビCMクオリティの動画を制作し、TVerで配信するといったこともできます。地方の中小企業が採用に苦戦しているケースなどでも、会社の魅力を正しく伝えることで貢献できますし、
CM配信をすることで信頼ある会社としてのブランディングも可能です。
── 自社でメーカー事業まで手掛けるというのは、大きな挑戦ですね。
松村 株主でもある再生医療のリーディングカンパニー、セルソース社の技術を活用し、スキンケアブランドを立ち上げました。なぜ美容だったかというと、ROI(投資収益率)が高く、我々のもつデータやマーケティングノウハウが最も活かせる領域だと判断したからです。
このブランドのメインターゲットは40代後半に設定しています。一見、意外に思われるかもしれません。しかし、我々のデータ分析では、この年齢層が最も広告効率が良いのです。
また、美容トレンドは移り変わりが激しいですが、最終的に消費者が求めるのは効果性です。日本の再生医療という確かな技術を背景に、SNSでの検索ボリュームが多い「レチノール」や「ビタミンC」といった成分を、他社と差別化できる形で配合するなど、処方設計の段階からデータドリブンで開発を行っています。
広告代理店が「メーカー目線をもつ」と言うことは多いですが、実際に自社で事業をやることでしか得られない知見があります。この経験が、他社の支援にも必ず活きてくると確信しています。
上場、そしてグローバルへ。日本に消費革命を起こすという野望
── 事業が多角化していく中で、組織にも変化があったのでは?
松村 組織の壁には何度もぶつかりました。特に創業初期は、創業者のマンパワーに頼らざるを得ず、一時期は退職率が80%に達したこともあります。
そこから、組織を拡大する段階では、「個人商店」から「組織」へと移行するために、電通で20年近くキャリアを積んだ部長クラスの人間や、上場経験のある経営企画の人材に入ってもらいました。
創業者がプレーヤーとして強くても、それだけでは組織は成長しない。いかにメンバーのベクトルを合わせ、仕組みとして事業を動かしていくか。今まさに経営者として向き合っている課題です。
── 上場も視野に入れているのですか?
松村 現在N-3期で、上場を目指しています。時価総額300億円が一つの目安です。ただ、上場はゴールではありません。そこからさらに会社を成長させ、グローバルに打って出たいと考えています。
日本のものづくりや文化は、世界に誇れる素晴らしいものです。我々の力で、それをきちんと世界に届けていきたい。上場によって得た資金や信用力をレバレッジに、将来的には海外企業のM&Aも視野に入れています。
── Tailor Appのサービスを世界中に届けたいと。
松村 ユニクロの元副社長である澤田貴司さんに出資していただいたのですが、その際に「日本発のサービスで、世界で本当に成功したものを見たことがない。プロダクトが命だ。あとは君がやるかやらないか決めるだけだ。
1発打ち上げ花火のような流行のベンチャー社長ではなく、一流の経営者を目指しなさい」とお言葉をいただきました。そこで決意し、グローバルに挑戦しようと。
私は「消費革命」を起こし、もう一度日本を経済大国にしたい、という想いをもって事業に取り組んでいます。祖父の姿を見てきたからこそ、「良いものが、きちんと売れる世の中」を作りたいのです。ぜひ一緒に、心を突き動かすような消費体験を作り、日本を消費から元気にしていきましょう。
- 氏名
- 松村 夏海(まつむら なつみ)
- 社名
- 株式会社Tailor App
- 役職
- 代表取締役社長